今年5月8日、ドイツはヨーロッパでの第二次世界大戦終結75周年の記念日を迎えた。ドイツ16州のうちベルリン州だけは、これを記念して、この日を臨時の祝祭日とした。本来は第二次世界大戦で敵国として戦い、今では友好国となった国々やナチスドイツが多大の被害を与えた国々の代表、そしてそれらの国々の若者も含めて何千人もの人を招いて、75年前の戦争の終結とその後の平和を祝う記念式典を開く予定だった。首相官邸から旧帝国議会の建物(現在の連邦議会)までの間の広場では、一般のドイツ人も交えて戦争と平和に関する思索的な歴史の授業が大々的に繰り広げられることになっていた。しかし、予期しなかったコロナ危機のため全く違った形になった。
ノイエ・ヴァッへの前で行われたシュタインマイヤー大統領の演説(中継したphoenixの画面から)
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新型コロナウイルスの拡散を防ぐために実施された規制措置が、ドイツの憲法である基本法にうたわれている行動の自由や集会の自由などの基本的権利を制限するとして、それに反対する人たちのデモが数週間来続いている。ここにきて、そのデモに極右や「新型コロナウイルスは疑わしい権力の陰謀だ」などと主張する人たちが大勢便乗参加し、規律を乱したり暴れたりして問題を起こしている。更に、行動を束縛されて不満に思ったり苛立ったり、あるいは自分の将来を心配したりする市民もそれに加わり、各地の大都市の広場で抗議運動を展開している。これが大きな社会問題に発展する可能性は少なくない。
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ほぼ6週間ぶりにカフェやレストランがオープン。再開を待ちかねていた人たちで賑わった。
5月6日、メルケル首相とドイツ全国16州の首相との間で、今後のコロナ措置の緩和について話し合う電話会議が行われた。赤いジャケットに身を包んだメルケル首相はその結果を伝えるために開かれた記者会見で、「私たちはパンデミックの最初の局面を乗り切ったといえます」と語った。みんなが心待ちにしていた嬉しい言葉だった。
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注目されたコロナ危機下で初めてのメルケル首相の施政方針演説©️Bundestag/Achim Melde
メルケル首相は4月23日ドイツ連邦議会で、コロナ危機下で初の施政方針演説を行い、「コロナ危機はまだ初期の段階で、終わりは見えていない」と述べ、早期に規制緩和する事の危険について警告した。 続きを読む»
コロナウイルスの感染拡大を防ぐため第一弾、第二弾と措置が徐々に厳しくなっていったために、ドイツでは3月中旬頃から、映画に行ったり、友達と会ったりという日常生活のささやかな楽しみが、奪われていった。食料品店やスーパー、薬局などのごく限られた店以外は閉まったため、買い物に出かける楽しみもなくなった。しかしそんなことは些細なことで、休業を強いられた人や職を失ってしまった人もいる。もっと辛いことに、ドイツだけでもコロナウイルスのせいで、すでに5000人以上もの人が亡くなった。その一方で、4月15日、コロナ措置の一部が緩和されることが発表された。コロナ危機が始まってから、出口の見えない暗くて長いトンネルの中にいるような気分で毎日を過ごしていた私たちにとって、久しぶりの明るいニュースだった。
営業再開したブティックの店頭で見かけた、私たちの気持ちを代弁してくれるTシャツ。
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ドイツで、新型コロナウイルスの感染者数を抑えるために、ロックダウンが始まったのは、3月半ばだった。学校や幼稚園が閉鎖されたのもその頃で、イースターの祝日(今年は4月12/13日)より4週間も前のことだったが、学校のイースター休みを前倒しにして、しかも延長したような形のこの閉鎖に、反対する人はいなかった。ドイツの教育行政は本来なら州の管轄で、いつもなら全16州で足並みが揃うわけではないし、連邦政府が細かいことに口を出すこともできない。しかし、今回は前代未聞の学校の閉鎖が始まった後で、連邦政府と州政府が話し合いで、閉鎖をまず4月19日まで続けることに合意し、また、イースター祝日明けの15日に再び話し合いを設け、 次の段階について大まかな方針をまとめることになっていた。その話し合いで、学校は早くても4月20日から、段階的にしか始まらないこと、幼稚園は多分8月にならないと再開しないことなどが明らかになった。過去5週間、特に小さい子供たちの面倒を見てきた親たちが悲鳴をあげたり、デジタル授業についていけない子供たちを心配したりする教育学者や倫理学者は少なくない。
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