アウトバーンはとても安全!?

ツェルディック 野尻紘子 / 2019年2月24日

ドイツには「カバレット」と呼ばれる寄席がある。政治的なテーマなどを面白おかしく、あるいは辛辣に扱い、聞いていると笑いが止まらないこともある。先日、ディーター・ヌアーというカバレティストが、テレビの寄席でアウトバーンの速度制限をテーマにした。その直前に、ドイツ政府が将来の交通政策の指針をまとめるために召集した委員会が、「二酸化炭素の排出量を減らすために、アウトバーンでの速度制限を提案する」という内部ペーパーの一部が、公になったことが理由だ。

ドイツ人は車が大好きだ。「自由市民のための自由な(速度制限のない)走行!」はこの国のモットーで、速度制限のないアウトバーンはドイツ人の誇りのようになっている。ところが、政府委員会は、アウトバーンでの走行に時速130 kmの速度制限を提案しているのだ。そこでこのテーマは、委員会の案が発覚して以来、連邦運輸相も交えた感情的な議論になっている。

ヌアー氏は、速度制限の導入はまず、安全のためなのだろうと言う。しかし、アウトバーンの時速制限の敷かれていない区域で、高速度の走行のために実際に死亡する人は意外に少なく、ドイツ全国保険業界は、その数を年間80人と推定している。だからヌアー氏は、「アウトバーンで速度制限など導入して、時速80 kmとか100 kmになったら、退屈で居眠りしてしまい、中央分離帯に乗り上げてしまう人が出てきて、死亡者が年間数百人に増える」と警戒する。「先ごろアウトバーン24号線で速度制限が導入されて、事故が半減したと言われるが、それは当たり前だ。カーブを切り損なう人が減ったのだから。危ないところには、以前から速度制限がある。だから他には必要ない」というのが同氏の意見だ。

ドイツの全自動車走行キロ数の3分の1はアウトバーンだが、そこで交通事故にあって死亡する人は、全ての交通事故死亡者の13%にすぎない。それに反して、全自動車走行キロ数の約40%を占める町と町を結ぶ幹線道路や連邦遠距離道路での死者は約56%にも達するという。「だから、死亡者数を減らすためには、幹線道路などを全てアウトバーンにすればいい」がヌアー氏の提案だ。走行距離10億 kmあたりの死亡者数は、アウトバーンが1.6人、幹線道路などでは5.3人だという。同氏によると自転車が16人、オートバイが27人だそうで、とにかくアウトバーンほど安全な道路はないという。従ってヌアー氏の考えは、「アウトバーンでの全面的な速度制限というのは、決して交通安全のためにはならない。これは単なるシンボル的なディスカッションにすぎない」というものだ。

ヌアー氏はこんなことも言う。「中国でポルシェを買う人は、時速300 kmで飛ばしたいからではない。それがしたければ、彼らはドイツに来る」。「アウトバーンに時速制限がないのは、世界中でドイツだけではない。もう一つある。それは北朝鮮だ」。

アウトバーンで車の時速制限が敷かれた場合に減るだろうと推定されるドイツの二酸化炭素の排出量は、総排出量の0.5%にしかならないそうだ。ヌアー氏はその意味でも、速度制限の効果は、ほぼゼロに等しいと主張する。そして二酸化炭素を本当に削減したいなら、車の渋滞を回避するための努力をしたり、夜間11時過ぎに無駄な信号を切ったりした方が、  遥かに効果があると提案した。同氏は「夜遅く仕事のあとで家に帰るときぐらい、誰も走っていない道でスピードが出したい」とも付け加えた。

ヌアー氏の国の政策に関する感想をまとめると次のようになる。「国は国民を守りたいのだろうが、国は我々をがんじがらめにするようなことを考え出す。例えば、昔はコレステロールが問題になったが、今は誰も騒がない。今問題になっているのは、砂糖の害だ。僕は、105歳にならなくてもいい。1年早く死んでもいいから、たまにはチョコレートが腹いっぱい食べたい。僕はコレステロールと砂糖、酸化窒素以上に、赤信号のために生きている時間を失っている」。

なお、ドイツ連邦統計局によると、現在ドイツのアウトバーンは往復で2万6000 kmある。全ドイツ自動車クラブによると、その内の約30%で常時、あるいは道路が雨で濡れている際のみなどの一時的な速度制限が敷かれている。これに工事現場付近の速度制限が加わる。

政府委員会の名前は「未来のモビリティーに関するナショナル・プラットフォーム」で、正式な報告書は3月に出る予定だ。アウトバーンでの速度制限の他に、ガソリンとディーゼルの値上げ、登録される電気自動車の割合などが盛り込まれるようだ。

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