ドイツ・メディアは日本の参議院選挙の結果をどう伝えたか?
「日本の有権者は継続を希望」「日本は軍事化への道を選んだ」「岐路に立つ民主主義」など、ドイツのメディアはさまざまな見出しで今回の参議院選挙での政権与党の勝利を伝えた。7月10日に行われた参議院議員選挙で、安倍首相の率いる自由民主党と連立のパートナーである公明党が圧倒的な勝利をおさめ、憲法改正に必要な3分の2を占めたことについて、その影響を解説する記事がドイツのメディアには多かった。その中で安倍首相の過去を思い出して驚きを示しているのは、デュッセルドルフで発行されている経済新聞「ハンデルスブラット(Handelsblatt)のマルティン・ケリング記者だ。
世界が逆さまになった。以前は日本の首相は毎年といっていいほど交代した。しかし、ヨーロッパやアメリカが現在政治的に不安定な時期を迎えている時に、日本は今回の参議院選挙で政治的安定を守った。しかも、それをもたらしたのが、選りに選って、2007年に最初の首相の職務を366日で放り出し、無能な政治家とみなされた安倍晋三首相なのだ。安倍首相は、今回の選挙でその権力を一段と強固なものにした。
「安倍晋三は日本をさらに改造しようとする」という見出しの記事を書いたのは、フランクフルトで発行されている全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」の東京特派員、パトリック・ヴェルター記者で、選挙結果について5つのQ&Aで論じている。
⒈ 安倍政権の勝利は日本にとって何を意味するか?
安倍政権の連立与党、自由民主党と公明党は今回の選挙で参議院での多数をさらに拡大した。多くの選挙区での野党の共闘作戦は効果をあげなかった。2012年、2度目の首相に就任して以来、衆参両院のすべての選挙に勝利を納めてきた安倍首相は、今回の参議院選挙での勝利を「これまでの自分の政策が有権者に評価され、今後も続けるよう委託された」とみなしている。
2.これで日本は憲法を改正するのか?
安倍首相は開票の夜、改憲についての議論を始める意向を明らかにした。同時に彼は改憲賛成派の中にも、さまざまな意見があることも示唆した。第二次世界大戦に敗北した日本は1946年、戦勝国アメリカから平和的な憲法制定を命じられ、以来1度も改定されていない。右翼保守政党の自由民主党の支持者の多くは、改憲は日本の主権の証として必要だと考えている。だが、2012年に発表された自民党の憲法改正案は、国民の基本的人権と自由を制限するものだと批判されている。連立政権陣営は今回の選挙で参議院議員の3分の2に達したし、衆議院でもすでに改憲派は3分の2を占めている。しかし、憲法改正の前には、国民投票の実施が必要である。
3.日本は平和主義を放棄するのか?
現行の憲法9条には、国際紛争の手段としての戦争と武力の行使を永久に放棄すること、戦力は保持しないと謳われている。しかし、実際には日本は今でもすでにかなりの規模の陸軍、海軍、空軍を、自衛のために限るとしてだが、維持している。安倍政権は昨年、批判の強かった安保法制によって憲法9条の解釈を拡大し、集団的自衛権を行使できるようにした。これによって自民党の改憲要求の1部は事実上すでに実現している。自民党の連立のパートナー、公明党の山口党首は、開票の夜「9条の変更は当面必要ない」と語った。
4.「アベノミクス」の行方は?
安倍首相は、選挙での勝利を金融緩和が中心のアベノミクスが有権者によって信頼されたと受け止め、アベノミクスを加速させる意向を改めて強調した。しかし、これまでのところアベノミクスは、宣伝されるほどの効果をあげず、国内景気は相変わらず低迷したままで、アベノミクスは失敗したという議論がある。安倍首相が、IMF国際通貨基金が勧告する経済の真の構造改革に取り組むかどうかは、不明である。安倍首相が彼の本来の目標である改憲問題を優先した場合には、経済政策がなおざりになる。だが、有権者が経済的に満足しなければ、憲法改正への多数の支持も得られないだろう。
5.日本の選挙ではなぜ原発問題が選挙の争点にならないのか?
選挙前のアンケートでは、有権者は原発問題を重要視していなかった。有権者の主な関心は経済問題にあった。しかし、それは原発再稼働を進めようとする安倍政権の方針に抵抗がないことを意味するわけではない。参議院選挙と同じ日に行われた鹿児島県知事の選挙では、原発反対を唱える野党陣営の三反園訓氏(58歳、元テレビ解説者)が当選した。5年前の福島原発事故以後再稼働された2基の原発は同県内にある。
このように日本が直面する5つの問題を取り上げたフランクフルター・アルゲマイネのヴェルター記者は参院選挙の2日後、「ポケモンと安倍晋三の共通点」というタイトルの記事も書き、両者は共に日本の株価を押し上げたと指摘している。
「安倍首相にとって改革実現の歴史的なチャンス」というタイトルの解説で、安倍政権の明確な勝利に憂慮の念を表明しているのは、公共国際放送、ドイチェ・ヴェレだ。
日本では、時の刻み方が(他の国とは)違っている。アベノミクスに対する不満や原発再稼働に反対する声が国民の間に強いにもかかわらず、日本の有権者は今回の選挙で「継続」を選んだ。その結果安倍連立政権は、明確な多数を獲得した。特に30歳以下の若者たちが安倍政権に支持票を投じた。抗議票は少なく、事前のアンケート調査では好調と見られた共産党は伸び悩んだ。投票率は過去4番目に低く、有権者の政治的無関心が目立った。だが、リスクに挑戦することを嫌う日本人の今回の決定は、予想外の結果をもたらす。日本の国粋主義者たちが国会で多数を得たことで、彼らが現行の平和憲法を彼らの思い通りに修正する歴史的なチャンスを得る結果になったのだ。多くの有権者にはその危険が明確に意識されていなかったようだが、それは主要メディアがそれについて報道しないことにもよる。例えば、日本の公共放送NHKは、その指導層が安倍政権寄りで、今回の選挙結果がもたらすそうした影響について選挙前に明確に伝えなかった。今回の選挙の持つ特別な意味を報道し、注意を促したのは、朝日新聞など少数のリベラルな新聞だけであった。
「日本の現行憲法は、世界中で最善のもの」という、平和憲法の制定に関わったベアーテ・シロタさんの言葉を引用しているのは、ミュンヘンで発行されている全国新聞、南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)のクリストフ・ナイトハート記者だ。有名なユダヤ人ピアニストの娘としてウイーンに生まれたシロタさんは、両親が日本に亡命したため日本で育ったが、第二次世界大戦中はアメリカのカレッジで勉強していたため日本に残った両親とは離れ離れになった。彼女は両親を探すため、戦後いち早くGHQ(連合国総司令部)の一員として東京に戻った。連合国軍最高司令官のマッカーサーは、日本を民主化するために新憲法を作るよう求めたが、日本側が作ってきた草案は、旧憲法と内容がほとんど変わらない非民主的なものだった。しびれを切らしたマッカーサーは1946年2月初め、GHQの特別チームに民主的な憲法草案を英語で7日以内に作るよう命じたという。チームの中で女性は彼女一人、日本女性の地位の低さを肌で感じていたシロタさんは男女平等や家庭の民主的なあり方に関する条項を盛り込むことに尽力した。シロタさんは1990年半ばまで秘密を守ってきたが、のちに自叙伝で「当時22歳の自分が人権や女性の権利に関する条項の草案を作った」ことを明らかにした。そのベアーテ・シロタさんは、2008年に南ドイツ新聞とのインタビューで次のように語っている。
私たちの中で憲法草案を書く準備ができている人は誰もいませんでした。マッカーサーは草案作成にあたって3つの条件をつけました。1.天皇の国家元首としての地位を維持すること、2.陸軍、海軍、空軍を保持することは許されないこと、3.封建的な制度を廃止することの3つでした。それ以前にマッカーサーは、旧憲法で国家宗教とされ、戦争中に重要な役割を果たした神道を無力化していました。私が実際に書いた3条項の草案より重要だったのは、リベラルで民主的な世界の憲法の例を図書館から集めるという私のアイディアでした。私たちは憲法草案を書いたというより、世界の民主的な憲法の例を集めて、この憲法草案の中に民主的な理念を集約させたのです。ですから、日本の憲法は、最も民主的な良い憲法だと言えます。日本政府はこの憲法草案の日本語訳について議論し、最終的に受け入れ、民主的なプロセスを経て合法化したのです。
シロタ氏の言葉を引用して日本国憲法制定の経緯を詳しく紹介したナイトハート記者の記事は、改憲派の長年の動きも伝えている。
この「最善の憲法」を安倍晋三首相は根本から変えようとしており、今回の参議院選挙の結果、実現の可能性が生まれたように思われる。日本の右翼は外国人によって「押し付けられた」憲法は国民の恥だと考えている。1958年から1960年まで首相を勤めた岸信介氏は、1930年代に日本の植民地、満州で重要な地位にあり、戦争中は軍需相を勤め、戦後東京裁判でA級戦犯容疑に問われたが、釈放された。政界に復帰した岸元首相は初めからこの新憲法を受け入れず、自主憲法の制定を強力に主張した。改憲の試みは結局成功しなかったが、1955年、岸氏らによって結成された自由民主党は、成立以来憲法改正を党の目標に掲げている。孫である安倍首相は岸元首相を尊敬しており、祖父の果たせなかった憲法改正の夢の実現を自らの悲願としている。
現行の日本国憲法に関わる人物を詳しく紹介したナイトハート記者の記事には、「使命感を抱く孫」という見出しがつけられている。
日本のマスコミは今回の参院選の結果を奥歯に物が挟まったような物言いしかしていません。それでドイツはどう報じているのか知りたいと思っていたところでした。ありがたとうございます。
ドイツのジャーナリズムのエッセンスを日本で発信できないものかと思います。私は現在、看護専門学校で、憲法や9条、安保法制、集団的自衛権などの問題を学生に伝えています。彼女、彼らは、真実が伝えられれば、それを理解しようとし、真実を求め、正当な判断をすることができます。このことは、今までの経験からして、すべての生徒や学生に言えることだと断言できます。日本の教育の責任もありますが、やマスコミ、ジャーナリズムが真実を伝えていないことが大きな原因だと思います。