再生可能エネルギー優先法の改正
ドイツ連邦議会は6月27日、「再生可能エネルギー優先法(略称: 再生可能エネルギー法、EEG)」の政府改正案を賛成多数で承認した。EEGの抱える問題点を解決するためガブリエル連邦経済・エネルギー相(社会民主党)が提案した政府の改正法案は、4月8日に閣議決定された後連邦議会で審議されてきた。今回承認されたのは、審議の結果、細部で一部変更された政府案である。第3次メルケル政権(キリスト教民主・社会両同盟と社会民主党の大連立政権)が脱原発実現のために取り組んだ今回の「エネルギー改革」の内容は、さまざまな分野に影響を与えるため各方面の注目を浴び、賛否両論の激しい論議を呼んでいた。連邦議会に続き、7月11日に開かれる連邦参議院も通過すれば、議会が夏休みに入る前に法案が成立し、当初の予定通り今年8月1日付で発効されることがほぼ確実になった。EEGの改革がなぜこれほど急がれるのか、改正法でなにがどう変わることになるのか、これまでの経過を振り返って、問題点を探ってみる。
ドイツでは風力や太陽光による再生可能エネルギーが爆発的に増え続けている。たとえば、昨年、風力発電のプロペラ総数は1145基から20倍以上の2万3645基に増え、その発電能力は33722MWに達した。現在稼働している原子力発電所による発電能力は12696MWにすぎないから、風力の発電能力はすでに原発の3倍近くに達していることになる。特に太陽光発電は近年さらに急激に増え続けており、その結果、今年第一四半期の再生可能エネルギーはドイツにおける電力需要総量の27%に達した(昨年は23%)と「ドイツ全国エネルギー・水利経済連盟(BDEW、Bundesverband der Energie-und Wasserwirtschaft)」は発表している。再生可能エネルギーが増えることは脱原発とエネルギー転換を実現させる上で必要不可欠なことなのだが、その成功自体が新たな問題をもたらしているというのが今のドイツの直面するジレンマである。
というのも再生可能エネルギーはEEGによって20年間有利な固定価格で優先的に購入されることが保証されており、再生可能エネルギー増大のためのコストが賦課金として一般消費者の払う電気代に上乗せされるため、現在は再生可能エネルギーの量が増えると、電気代が少しずつだが上がる仕組みになっている。今年一般電力消費者が負担する賦課金の総額は236億ユーロ(約3兆3040億円)に達し、シュレーダー(社会民主党)政権が再生可能エネルギー普及のためEEGを施行させた2000年に比べ25倍以上の増加になっている。また、電力を1kWh消費するごとに市民や一般企業が支払う賦課金の額も当初の0.20ユーロセント(0.28円)から14年後の今年は6.24ユーロセント(約8.7円)に上がっている。賦課金は電力取引所での電力取引価格とEEGで決められた再生可能電力促進のための割高の固定買い取り価格との差から生じる。問題は現在取引所での電力価格が再生可能エネルギーの増大とともに低下し続けているためその価格差が広がっていることで、価格差が開けば開くほど、賦課金の額は上がることになる。
一方、電力を大量に消費する企業の国際競争力を守るためとして、製造業を中心とする大企業に対してEEGの賦課金を1部免除するという例外措置がとられてきたが、その額が今年は総額51億ユーロ(約7140億円)にのぼるという問題もあり、消費者連盟や野党の批判を浴びてきた。一般の消費者や中小企業はこうした恩恵に浴さず、不公平感は否定できなかった。賦課金の一部免除を受ける大企業の数は現在2098社にのぼり、その中には国際競争とは関係のない企業も含まれているなどの問題点も指摘されていた。欧州委員会は当初こうした賦課金の免除は国内企業に対する不正な補助政策でEUの法律に違反すると反対したが、ガブリエル経済・エネルギー相は「大企業に対する賦課金支払いの免除は、EU内の競争力維持にも貢献する」などと反論、粘り強く交渉を続け、この問題については合意に漕ぎ着けた。こうしたさまざまな問題に対する解決策をガブリエル経済・エネルギー相が、各界の利害関係を考慮した上でまとめたのがこの政府改正案である。
改正案の目標数値としては再生可能電力を2025年までに全電力生産量の40〜45%、2035年までには55〜60%、2050年には80%にすることがあげられている。改正案の骨子は、1.促進する再生可能電力の新規発電容量を限定する。2.電力の固定買い取り価格を下げる。3.大量発電者には将来固定価格の代わりに発電者自身が電力を市場で売却することを義務づけ、送電網への負担を軽減するなどだった。
1.については、太陽光発電と陸の風力発電の新規促進容量は年間2500MWまでに、バイオマスの場合は100MWまでに制限され、その範囲を超えた場合には固定買い取り価格が下げられる。洋上風力発電だけは例外で、2020年までは合計で6.5GW、2030年までは15GWの促進が計画されている。強い風が常時吹く環境にある洋上風力は常時発電が可能で、さらに促進の必要があると見なされているためだ。ちなみに業界団体が発表した2013年に新設された各種発電容量は.太陽光発電装置3300MW、陸上風力発電装置2900MW、洋上風力発電装置200MW、バイオマス発電装置250MWとなっている。バイオマスに関しては主に有機ゴミからなる電力のみを促進することになる。
2.については現在1kWh当たり平均17ユーロセント(約23円)の再生可能電力の固定買い取り価格を2015年までには平均12ユーロセント(約16円)に抑える。
改正案が閣議決定された翌日の記者会見でガブリエル経済・エネルギー相は「この改革案によってエネルギー革命は新たなスタートを切る。我々は再生可能エネルギーを今後も拡大するだけではなく、再生可能エネルギーをめぐる問題の透明性と安定性を高めていく」と意気軒昂だったが、記者たちの質問は、大企業に対する優遇措置と一般消費者が相対的に重い負担を抱えるという問題に集中した。賦課金を1部免除される大企業の数は、現在の2098社から1600社〜1700社程度に減らすことが改正案には盛られているが、優遇措置を受けられなくなる企業が負担するのは賦課金の15%に過ぎず、賦課金の負担は企業収益の4%までという上限が設けられているため、企業に免除される賦課金の総額は今年の約51億ユーロという額からあまり減らない見通しだ(2015年度は総額50億ユーロと試算されている)。
ガブリエル経済・エネルギー相は今年1月の段階では、産業界から取り立てるEEGの賦課金を増やす考えだったが、ドイツ産業連盟 (BDI)やドイツ商工会議連合 (DIHK)などが、その厳しい案に対して「製造業など大企業への賦課金免除が減らされ、電力コストが上がるなら企業は生産拠点を海外へ移さざるを得なくなる」などとして強く反対したため、経済相としては妥協せざるを得なかったと見られている。記者会見でのガブリエル経済・エネルギー担当相は「今回の改革案は産業界寄りだ」という記者たちの批判に対し、「一般家庭の電力賦課金を年に30ユーロ(約4200円)ほど減らすことによって何百万という失業者が出る可能性がある。大企業への譲歩ではなく、多数の職場を確保するために必要な措置だ」としきりに弁明していたが、あまり説得力があるとは思われなかった。こうした改正案を消費者連盟や環境団体、野党の緑の党、左翼党などは「消費者に対する裏切りだ」と批判している。
「大企業や電力会社、あるいは連邦政府の『EEGの為に電気代が上がる』という主張は正しくない。安価な再生可能エネルギーが増えているにも関わらず、電気料金が上がる原因はEEGではなく、大手企業を守るという経済システム全体にある」という批判もある。ライプチヒでの電力取引市場で取引されている電力の価格は、取引量が増えているため下がっているが、この市場で値段の下がった電力を購入できるのは大手企業や大手エネルギー会社だけで、一般消費者はここでの電力を買うことはできない。「大手企業はEEGの賦課金1部免除と市場での安い電力購入という二重の利権を得ている」という考えから、例えばミュンヘンの環境研究所は「電力価格の嘘」というキャンペーンを開始した。
「エネルギー転換の実現は国民的課題であるため、再生可能エネルギーへの転換費用はすべての人が公平に負担しなければならない」という考えから当初思い切った改革を計画していたガブリエル経済・エネルギー相だったが、産業界だけではなく各州の州首相の圧力などで改正案はかなり後退したものになったといわれる。例えば閣議決定された改正案では「陸上風力発電の発電容量を2500MWに限定する」という上限が設けられてはいるが、風力発電を重視する北ドイツ諸州の要望を受け入れ、「古い風力発電装置を新しい効率のいいものに変える(リパワリングする)場合には、その分は新規発電容量には含まれない」という例外規定が加えられたという。
さらに自家発電についてもガブリエル経済・エネルギー相は産業界や連立のパートナーに譲歩した。現在個人や企業の自家発電による電力について賦課金はいっさい課されていない。自分でつくった電力を自分で使うと安上がりになるため、多くの人や企業が自家発電を増やしつつある。しかし、自家発電が増えると、残りの自家発電の可能性を持たない人たちがその分余計沢山再生可能電力促進のための賦課金を負担しなければならなくなるという非常に不公平な状況が生まれる。それを避けるため、ガブリエル経済・エネルギー相は、自家発電をする人たちにも賦課金を一部負担するよう求めた。しかし、今回の改正案でEEG賦課金を課せられるのはこの法案発効以後に新設される大規模自家発電に対してのみで、すでに稼働している自家発電装置については引き続き賦課金の負担は免除されることになった。自家発電に対する賦課金導入は初めてだが、個人が屋根の上に太陽光パネルをつけて自家発電する場合など10KW以下の小規模発電には今後も賦課金は掛けられない。8月1日以降に設置される大規模自家発電装置についての賦課金の負担は段階的に引き上げられ、2017年以降は最高40%まで制限される。これはアルトマイヤー元環境相(キリスト教民主同盟)らの意向を受けて大連立政権内部で合意が生まれたものだ。
連邦議会での採決の直前になって欧州委員会のアルムニア競争政策担当委員から新たな要求が出され、ガブリエル経済・エネルギー相との間で激しいやり取りが交わされるという一幕もあった。一つは「外国からの輸出電力にも賦課金を免除するべきだ」というもので、もう一つは「既成の自家発電装置に賦課金が掛けられないのは公平の原則に反する」というものだった。これに対してガブリエル経済・エネルギー相は「何ヶ月にもわたる交渉の間EU側は輸出電力の課税問題などについては一言も触れなかった」と反論し、「EUはEEGを潰し、ドイツの脱原発を失敗させようとしている。ドイツは決してそのようなEUの要求には屈しない」と強い言葉で非難した。
さらにフィンランドの風力発電会社のスウェーデンに対する訴えを受けたEU司法裁判所(リスボン条約発効後欧州司法裁判所が改称、所在地ルクセンブルク)がドイツのEEGにも決定的に不利な影響を及ぼす判決を下すのではないかと憂慮されていたが、7月2日に下された判決は、各国の再生可能エネルギー促進の権利を認めるもので、ドイツ政府をはじめ、産業界、再生可能エネルギー関係者や推進派の市民たちはほっと安堵の胸を撫で下ろした。欧州憲法違反という判決が下されたとしたら、ドイツの脱原発政策は窮地に追い込まれる恐れがあったのだ。
7月3日付のベルリンの日刊新聞ベルリーナー・ツァイトゥングは、連邦議会を通過したEEG改正案の法制上の矛盾点を7月11日の連邦参議院の審議までに是正する努力が法案関係者の間で今なお続けられていると伝えていた。そうまでして改正法の8月1日発効が急がれるのは、大企業に対する賦課金優遇措置の申請が毎年秋に行われるためで、その期限に間に合わせる必要があるからだという。いずれにしても今回のEEG改革は「ミニ改革」で、今後情勢に応じて更なる改革が必要になると考えられている。
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