水力発電が日本を救う、ダム専門家の主張
去年10月、日本に一時帰国していた私は渓谷の紅葉を楽しむツアーに参加し、たまたま長野県大町市にある東京電力管轄下の高瀬ダムに行った。高瀬ダムは巨大な天然の石を積み上げた高さ176メートルのロックフィルダムで、富山県の黒部ダムにつぐ日本で2番目に大きいダムである。私はそこで大規模揚水発電が行われてきたことを知り、日本の水力発電に関心を持った。最近『水力発電が、日本を救う』というダム専門家の本を読んで、「目から鱗が落ちる」感じを味わった。
観光のため全く偶然に高瀬ダムを訪れた私は、深山の紅葉の素晴らしさに感嘆すると同時に、経済成長期の昭和の日本が作り上げた壮大なダムの景観とダムによって造成された人造湖のエメラルドグリーンの湖水の美しさに魅了された。それ以上に高瀬ダム発電所が上部の高瀬ダムと下部の七倉ダムとの間で、最大128万キロワットを発電する能力のある日本有数の大規模揚水式水力発電所であると知って、オーストリアのように日本も豊かな水をもっとエネルギーに利用できないかと思った。その後出会ったのが、元国土交通省河川局長の竹村公太郎著『水力発電が日本を救う』(東洋経済新報社2016年刊)である。3つのダム建設に携わったという竹村氏は、「将来の日本は、温室効果ガスを全く出さない純国産の再生可能エネルギーに頼るしかない」と見るが、「日本各地に多数現存するダムを効率的に利用すれば、日本は世界でも珍しいエネルギー大国になれる」と長年の知識と経験から主張する。
本のカバーには「今あるダムで年間2兆円超の電力を増やせる」、「発電施設のないダムにも発電機を取り付けるなど既存ダムを徹底利用せよ!— 持続可能な日本のための秘策」、「世界でも稀な『地形』と『気象』でエネルギー大国になれる」といった言葉が所狭しと記され、著者の情熱が伝わってくる。著者の次のような言葉もある。「日本のダムは、ちょっと手を加えるだけで、現在の水力発電の何倍もの潜在力を簡単に引き出せる。この事実を今、日本の人々に伝えることが、数少なくなった『水力のプロ』としての私の義務であると考えています」。
「100年後の日本のために」という序文に続く、第1章のタイトルは、「なぜ、ダムを増やさずに水力発電を二倍にできるのか」というもの。 巨大なダムを作る時代は終わったが、ダムを新設しないでもなぜ水力発電は増やせるかというと、現在の日本の巨大ダムは水を半分しか貯めていず、水力発電の見地から見ると、十分に力を発揮するようになってはいないからだという。近代化の過程で電力不足を早急に解決するため、多くの犠牲を払って作られてきた日本の巨大ダムは、水を利用する「利水」と洪水を防止する「治水」という矛盾した二つの目的を目ざす多目的ダムで、昭和32年(1957年)に施行された「特定多目的ダム法」によって運営されている。水力発電にとっては、ダム湖の水を多く貯めてあるほど有利になるが、日本のダムの多くはこの法律に従い、洪水を予防するため、水は半分ほどしか貯められていない。しかし、この法律は21世紀の現代の気象予報状況や治水対策の現実に合わない時代遅れのものになっている。この半世紀の間の技術革新により、気象衛星やレーダーで天候についての情報を集め、スーパーコンピュータで計算して正確に気象を予測するようになった現在では、洪水に備えてダムの水を半分程度に抑えることは、意味を失っている。現代ではダムを水でいっぱいにしておいても、精密な情報で台風が来ることが予測される数日前に、放水措置を取ればすむ状況になっているという。こうした現実を踏まえ、60年前に作られた「特定多目的ダム法」を改正し、ダムの運用法を変えてダムの水をいっぱいにするだけで水力発電を倍増できるのだそうである。さらには平成9年(1997年)の河川法改正で、これまでの「治水」と「利水」に加えて「環境保全」が河川法の目的に加えられたが、さらにこれに「エネルギーの活用」という目的を加えるべきだと著者は主張する。日本の既存ダムの水力発電の能力を最大限に利用するためには、まず法律の改正が必要だということである。
100年、200年先を見据えた持続可能な水力発電モデルとして著者は、1.既存の巨大ダムの運用の変更、2.古い既存ダムの嵩上げ(かさあげ)による電力増強、3.発電していないダムに発電させる、4.逆調整池ダム建設によるピーク需要への対応といった具体策をあげる。古い既存ダムの嵩上げというのは、すでにある中小のダムを高くすることで、例えば100mのダムをあと10m高くすると、それだけ多くの水が集められるし、水位も10m上がる。水力発電では、ダム湖の水は量が多いほど効率がよくなるし、ダム湖の水位も高い方が良いのが原則で、水の位置エネルギーは、その水量と高さに比例する。そのため100mから110mとわずか10%嵩上げすることで、電力的には、単純計算でも発電量は約70%も増える。さらに、ダムの形は底の方ほど面積が狭く、上の方ほど面積が広い形になっており、ダムの上の方を嵩上げするため、実際には100mのダムを10m嵩上げすると、発電能力はほぼ2倍になるという。低い嵩上げのコストで、ダムをもう一つ作るほどの電力の増加が見込めることになる。逆調整池ダムの建設というのは、揚水発電と同じように、水力発電の、人間が自由に調整できるという特徴を活かして電力需要の変動に対応するもので、既存の水力発電ダムの下流に高さ30m以下の小さなダム(逆調整池ダム)をつくり、電力需要のピーク時に2時間程度上流の水力発電ダムから大きく放水して、ピークの電力需要に応え、放水した水を下でためておくダムのことだという。小規模なものなので建設費も少なく、環境破壊もしないという。
以下各章のタイトルと主な小見出しを紹介する。具体的な小見出しを見るだけで、本書の内容がある程度窺えるからである。第4章までは、日本がいかに水力という自然エネルギーに恵まれているか、にもかかわらず多くの日本人がそれに気づかず、活用もしていないことを残念がる著者の気持ちが伝わって来る。
第1章「なぜダムを増やさずに水力発電を2倍にできるのか」
巨大ダムを増やす時代ではない
年間2兆円の電力増
日本のダムは水を半分しか貯めていない
多目的ダムの矛盾
もっと水を貯めても危険はないのに……
半世紀前の法律で運用されるダム
近代化では建設、ポスト近代化では運用
河川法は2度変わった
水は誰のもの
第2章「なぜ、日本をエネルギー資源大国と呼べるのか」
日本のダムは油田
グラハム・ベルは日本のエネルギー資源に気づいていた
アジア・モンスーンの北限
雨のエネルギーは太陽から与えられる
山は雨のエネルギーを集める装置
ダムは太陽エネルギーを貯蔵する装置
日本全国がダムの恩恵を受けられる
水力の国に生まれた幸福
第3章「なぜ、日本のダムは200兆円の遺産なのか」
ダムは半永久的に壊れない
ダムが壊れない理由1.コンクリートの鉄筋がない
ダムが壊れない理由2.基盤が岩盤と一体化している
ダムが壊れない理由3.壁の厚さは100m
ダムがない水路式発電
水力発電の使い勝手をよくする逆調整池ダム、
嵩上げは古いダムの有効利用
たった10%の嵩上げで電力が倍になるわけ
嵩上げ工事の実際
水力の発電コストは支払い済み
100年後、200年後にこそ貴重になるダム遺産
中小水力発電の具体的なイメージ
発電に利用されていない砂防ダム
第4章「なぜ、地形を見ればエネルギーの将来がわかるのか」
地理の視点からエネルギーを考える
奈良盆地から京都への遷都はエネルギー不足が原因
家康が江戸に幕府を開いた理由は豊富なエネルギーだった
明治日本の足下に眠っていた石炭
石油は日本を戦争へと駆り立てた
木材も石油も再生可能エネルギーも太陽からくる
第5章、第6章は、将来の水力発電のあるべき形について論じたものだが、将来必ず電力源の多様性を求めざるを得ない時代が来る。その際、太陽光発電、風力発電、バイオマスと並ぶ再生可能エネルギーとして有望なのが、砂防ダム・農業用水路などにおける1000kW以下の小水力発電だという。そして「地産地消」の水力発電の主体は水源地の自治体などが中心になって公共事業として行い、地元の人たちの利益になるべきだという考えに基づき、具体的な提案がなされている。
第5章「なぜ、水源地域が水力発電のオーナーになるべきなのか」
電力源分散化の時代には中小水力発電が有効
都会の人々は水源地域の人々の感情を理解していない
思い出は補償できない
ダム湖を観光資源に
川の権利を巡る法律と心のギャップ
民間企業では合意に時間がかかりすぎる
川で儲けようとすると不公平感が出る
小水力は水源地域自身がやるしかない
「利益は全て水源地域のために」という原則
第6章「どうすれば、水源地域主体の水力発電は成功できるのか」
水源地域のための小水力発電(注: ここでは「水源地域の永続的活性化のための水力発電促進法」という法律を作ることが提案されている)
水力の専門家集団による支援体制
水源地域が行う事業の保証の体制
安定したSPC(スペシャル・パーパス・カンパニー: 特定目的会社)の体制
小水力発電の収支
小水力の買取り価格は優遇されている
議員立法で
理念の明確さと情報開示
OB人材の有効利用とノウハウ継承
終章「未来のエネルギーと水力発電」
この本を読み終わって、「水力発電が日本を救う」という著者の主張に納得した。著者の竹村公太郎氏は現役時代に川治ダム(栃木県利根川水系鬼怒川)、大川ダム(福島県会津若松市大川)、宮ヶ瀬ダム(神奈川県相模川水系中津川)の3つのダムの建設に従事し、最後は国土交通省の河川局長としてダム行政の中心に身を置いてきた。その竹村氏は巨大ダム建設のために水源地域の村の家々を水没させてきたことが心苦しく、今も忘れられないという。第6章の水源地主体の小水力発電を成功させるための具体的な提案には、巨大ダム建設にあたって大きな犠牲を強いてきた水源地の人たちへの著者の償いの気持ちが反映されていて、人間的な共感も覚えた。また、「水力の専門家集団による支援体制」の項を読みながら、私は南西ドイツの小さな町シェーナウの市民の反原発運動が、電力の専門家たちや学者たちの強力な支援を受けて、再生可能エネルギーによる電力のみを供給する電力会社設立に発展したことを思い出していた。エネルギー転換には、根本的な発想の転換が必要である。福島での原発事故にもかかわらず、原発再稼働を押し進める日本政府や経済産業省の官僚たち、そして財界が、「水力発電が日本を救う」ことに気づき、発想の大転換をすることを期待したいが、目下のところは無理のようである。せめて、日本の将来のエネルギー問題、水源地域の過疎化や森林崩壊の問題に真剣に取り組む各地の議員が増えて、水力発電促進の議員立法に尽力してくれることを願わざるを得ない。そして議員を動かす力を持つのは結局有権者である。日本各地の原発反対の市民たちが、オールタナティーブなエネルギーとしての水力発電の重要性に気づき、それぞれの地域で行動を起こし、議員たちに積極的に働きかける必要があるのではないだろうか。
小水力発電導入についての相談、問い合わせは、全国小水力利用推進協議会のホームページ、http://j-water.org/ へ。
灯台下暗し、貴重な情報ありがとうございました。