日本の参議院選挙結果についてのドイツの新聞論調

永井 潤子 / 2013年8月11日

7月22日に行なわれた日本の参議院選挙の結果について、翌日のドイツのメディアは、さまざまな見出しでかなり詳しく伝えた。「安倍首相、思い通りの政治が可能に」(ベルリンで発行されている全国新聞、ヴェルト)、「日本はアベノミクスに高い代償を支払う」(ベルリンの日刊新聞、ターゲスシュピーゲル)、「民主的な一党国家への道を歩む日本」(フランクフルトで発行されている全国新聞、フランクフルター・アルゲマイネ)などである。

ドイツの新聞の記事の多くは、去年12月の衆議院選挙での自由民主党の勝利に続いて今回の参議院選挙も予想通り自由民主党と公明党の大勝に終わったこと、その結果、連立与党は衆議院と参議院の双方で過半数を占めるようになり、いわゆる“ねじれ現象”が解消されて、第二次安倍政権はほぼ6年ぶりに安定政権となったことなどをまず伝えた。しかし、こうした形式的にポジティブな面を評価する一方で、日本の今後について多くの問題点、あるいは懸念を指摘する論調が少なくなかった。

「参議院選挙で安倍首相が圧倒的な多数を得てその立場を強化する結果になったのは、有権者が事態を正確に見なかったか、あるいは他のことを、より重要だと考えたかのどちらかである。安倍首相は人気の高い経済政策、アベノミクスを選挙戦の争点にして成功し、事実上日本政府は今後3年間野党なしで政治を行えることになった。しかし、安倍の政策は、実際は多くの点で有権者の希望と相反するものであり、こういう結果になったのは、パラドックスである」。こう書き出しているのは、「ターゲスシュピーゲル」のフェリックス・リル記者だ。同記者は安倍首相が不人気な問題を選挙戦のテーマから外した戦略も成功した理由だと述べ、その例としてエネルギー政策や憲法改訂問題を挙げた。「2011年3月の福島の原発事故以後、反原発のデモは官邸を取り巻き、今でも国民の大多数は原発に反対している。できるだけ多くの原発を再稼働させることを願っている安倍首相は、エネルギー問題を選挙の争点から外した。また、第二次世界大戦中の日本の戦争犯罪を矮小化する発言を繰り返している安倍首相は、平和憲法の改訂問題では国民の多数の支持を得られないと見て、選挙戦では、あえてとりあげなかった」。政府与党の勝利の原因をこう分析したリル記者は「彼の経済政策すら、国民大多数に利益をもたらすかどうか不明であるにも関わらずなぜ日本が安倍晋三を選んだのかという問いは依然として残る。一つの答えは、信頼に値する選択肢がほかにほとんどないということである。また、日本は6年もの間与野党の勢力が拮抗していたため、政治的な決定を下すことができなかった。そのため、多くの有権者が効果的な政治決定に大きな関心を抱いていたことがアンケート調査の結果、明らかになっている。約50%という低い投票率を考えると、この強力な政権が真に強力であり得るかどうか、疑問が残る」と結論づけている。

南ドイツ・ミュンヘンで発行されている全国新聞「ジュートドイチェ・ツァイトゥング」のクリストフ・ナイトハート記者は「安倍氏の使命」というタイトルの記事のなかで次のように書いている。「日本の首相、安倍晋三には一つの使命がある。それは、彼の著書『美しい国へ』に書かれているように、1930年代に東北アジアを支配したような保守的で誇り高き日本を復活させるという使命である。安倍首相は上からの革命だった明治維新からも学び、 “富国強兵”を目標としているが、彼の使命を声高に語ることは危険だということも、この数ヶ月間で理解するようになった。そこでまず15年来のデフレからの脱却を政策の中心に据えた。経済問題で成果を上げた場合にのみ、彼にとって最も重要な課題、すなわち、平和憲法の改定について日本国民の理解が得られると考えるからである」。こう書き出したナイトハート記者は、そのあと大胆な金融政策や大規模な公共投資などからなるアベノミクスと膨大な日本の財政赤字について説明する。「アベノミクスの期待された三本目の矢は、しかし市場や専門家たちを失望させた。それは単に古い計画を見かけだけ新しくしたものにすぎなかったからである。その後第四の矢、第五の矢まで言い出している。だが、口の悪い人たちはアベノミクスをカブキノミクスと呼ぶ。歌舞伎では見かけ、美しい外観が重要だからである」。ナイトハート記者のかなり長い記事は次のような言葉で終わっている。「参議院選挙での勝利の翌日、安倍首相は『デフレからの脱却は歴史的な課題であり、将来の日本のために決断しなければならない』」と語った。彼の言葉によると、今や安倍首相は歴史をつくる可能性のある政治家となったわけだが、彼のこれまでの言動から見ると、結局は歴史を解釈し直そうとしていることを示唆しているように思われる」。

「民主的な一党国家への道」というタイトルの記事で「小党分裂によって野党が弱体化したため、野党が存在しないに等しい状況になったが、事実上の野党は自由民主党内の反安倍派である」と指摘するのは「フランクフルター・アルゲマイネ」のカルステン・ゲルミス記者である。同記者は「日本の最後のチャンス」という記事のなかでも次のように主張する。「政治的基盤が強化された安倍首相だが、彼が本当に強力な指導力を持った政治家かどうか、その真価はこれから問われる。安倍首相は、アベノミクスの実現や構造改革に取り組むと繰り返し語っているが、彼の政策は美しいラベルのみで実態はあまりない。自由民主党内にはさまざまな利益団体が存在し、TPP環太平洋戦略的経済連携協定に対する強力な抵抗勢力が存在する。野党は弱体化したが、事実上の野党は自民党内部の反安倍派だと見ることができる。必要な場合には党内のロビー団体を敵に回してでも政策の実現を図るという真の政治的指導力を発揮する必要があるが、多くの人が安倍首相はTPP問題などにそれほどの関心がないのではないかと危惧している。安倍首相の真の関心事は、歴史を書き換えること、平和憲法の改定や靖国神社参拝などである。もし安倍首相が選挙の勝利で自分の立場が強化されたと感じ、ナショナリスティックな外交政策をとるようなことがあったら、その危険はたぶんアベノミクスに失敗すること以上に大きいだろう。世界のなかで日本が政治的にも経済的にも新しい大国になるのは、近隣諸国との友好関係があって初めて可能で、彼らを敵に回しては不可能である」。「フランクフルター・アルゲマイネ」のゲルミス記者はこう論評している。

こうした新聞論調がドイツの新聞に載った直後の八月初め、麻生副首相の「ナチの戦略に学ぶべきだ」という発言が伝えられ、私はぎょっとした。麻生氏は東京都内のシンポジウムで憲法改正についてナチス政権を例に挙げ「ある日気がついたらワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。あの手口に学んだらどうかね」と語ったという。ワイマール憲法がナチ憲法に変わったという事実認識も間違っているが、この発言は麻生氏が後で弁解し、取り消したように誤解を招いたどころではなく、安倍政権の本心が表れていると受け取られた。ドイツのマスメディアの多くも日本の責任ある政治家の歴史認識について驚きを持って伝えていた。

少しさかのぼると、5月にドイツの週刊新聞「ツァイト」のオンライン記事に載った写真もショックだった。にこやかに笑っている安倍首相が自衛隊の訓練機に載っている写真だったが、その訓練機には731という数字が書かれていた。731というのは第二次世界大戦中細菌兵器を研究、中国人や韓国人の捕虜たちを人体実験に使った731部隊の数字である。「ツァイト」はこのことに抗議する韓国の新聞記事(5月15日付)を取り上げたのだった。そのすぐ後に橋下大阪市長の従軍慰安婦に関する問題発言が続き、国際社会で日本の政治家たちの発言が厳しく批判されたことは記憶に新しい。

 

One Response to 日本の参議院選挙結果についてのドイツの新聞論調

  1. Sachie says:

    今回の選挙は本当に不思議な選挙でした。終わって1ヶ月が過ぎた今でも理解出来ません。
    ドイツに住んでいるので日本のテレビ番組や新聞の全てに目を通す事は出来ませんが、
    巨大政党は今も続いている原発事故、それにまつわる環境問題について口にする事は殆ど無かった様に思いますし、
    大手メディアもアベノミクスだのTPPだのカタカナ横文字を並べるだけで、
    深い所まで論議していなかった様な印象を受けました。
    新しい小さな政党が声を上げても現在の選挙システムでは本当に不利です。
    巨大政党が自分たちに有利なそのシステムを変えるはずも無く、日本の行方が気になるばかりです。