フクシマ汚染水の海洋放出、ドイツ・メディアの報道

池永 記代美 / 2023年9月30日

世界中から注目される中、8月24日、東京電力は福島第一原発から出た汚染水の海洋放出を始めた。その1ヶ月後の9月25日、ウィーンで開かれた国際原子力機関 (IAEA) 総会では、汚染水海洋放出について中国が改めて抗議を行うなど、この問題を巡ってはまだまだ議論が続きそうだ。ところで、今年の4月に脱原発を達成したドイツのメディアは、汚染水の海洋放出をどのように伝えたのだろうか?少し時間が経ってしまったが、報告しておきたい。

2011年3月に起きたフクシマの事故後、東京電力は溶け落ちた核燃料を冷やすために原子炉に水を注入してきた。さらにそこに流れ込み、汚染されてしまった地下水や雨水も加えると、毎日90トンの汚染水が発生していた。東京電力は、多核種除去設備(ALPS)を使いセシウムなど「大半の放射性物質を取り除く処理」を施してから、その汚染水を原発の敷地近くに次々に設置したタンクに保管してきたが、2023年春頃になれば場所不足などの理由で、何らかの形で汚染水の処分が必要になることがわかっていた。汚染水の処分方法として、石油備蓄に使うより大型で頑丈なタンクに貯蔵する方法や、固形化して地下に埋める方法なども考えられたが、日本政府は2021年、海洋放出による処理方法をとることを決定した。

8月24日、東京電力は汚染水の海洋放出を開始したが、その時点で汚染水の量は137万トン、汚染水を貯蔵するタンクの数は1000基を超えていた。海洋放出は、その2日前の8月22日に行われた閣議決定に基づいて行われたのだが、それに先立ち岸田文雄首相はアメリカで行われたジョー・バイデン大統領、韓国の尹錫悦大統領との3者会談で海洋放出について両国の理解を求め、帰国後はすぐに福島第一原発を視察した。それに続けて漁業関係者との面会を行うなどして、今回の決定が首相主導で行われたことをアピールした。

ALPSでは全ての放射性物質を取り除くことはできず、トリチウムやストロンチウム90などが含まれたままだという。しかし、日本のメディアではトリチウム以外の放射性物質は全て除去されるかのように伝えられ、人々の関心はトリチウムの安全性に集まった。トリチウムに関して東京電力は、濃度が1リットルにつき1500ベクレル未満になるよう、タンクの水を薄めて海に放出することを決めた。ちなみに日本では排水中のトリチウムの安全基準は1リットルにつき6万ベクレルなので、1500ベクレルはその40分の1となる。しかし、いくら薄めても大量のトリチウムが海に流れ込むわけで、それが海の生態系や人間の健康に悪い影響を与えないとは、まだ誰も証明できないという。そのため、漁業関係者や環境団体、そして周辺諸国から汚染水の海洋放出について強い抗議の声が上がっていたが、それを押し切っての海洋放出となった。

ドイツでは、汚染水放出の日が決まった8月22日ごろから、この件に関する報道が始まったが、フクシマ事故について非常に詳しい報道を行った時と比べると、関心は随分低く、批判的な視点もあまりみられなかった。

ドイツ公共第一テレビARDのニュース番組「Tagesschau」(2023年8月22日) は、「日本は国際基準を守っており人間や環境への影響は無視してよい程度だという理由で、IAEAも汚染水放出を認めた」と、放射性物質の問題についてはさらりと触れただけで、報道の重点は中国からの批判に置いていた。

中国外務省の報道官は、「中国は日本に対し、誤った決定を正すよう求める。そして中国は海洋環境、食の安全、公衆衛生を守るために必要なあらゆる措置をとる」と述べた。(略)また、香港特別行政区政府は、日本の10地域からの水産物の輸入を直ちに禁止すると発表した。同政府のジョン・リー行政長官はインターネット上で、「私は強い異議を表明する」と発表した。彼は、日本がフクシマの汚染水を排出しようとする動きを「無責任」と呼び、自国の問題を他国に転嫁することになると述べた。

実際に中国は海洋放出の始まった8月24日、日本産の海産物の輸入を停止した。中国は日本にとって最大の食料品輸出国であったため、その経済的影響が心配されるが、中国と日本の関係を困難にする要素が一つ増えてしまったことも、大変残念である。

ミュンヘン発行の全国紙 「Süddeutsche Zeitung (南ドイツ新聞)」( 2023年8月22日) は日頃は批判的なことで知られているが、「放出される汚染水は安全である」という東京電力や日本政府の主張はそのまま受け入れている。そして中国側からの批判を、二重規範だと指摘した。

それでも(地元の)漁業組合は原発の水に不安を抱いている。漁師たちは売上げが下がることを恐れている。このような事態に対処するには、リスクの大きさについてきちんと啓蒙するしかない。日本への批判は、例えば中国からのものがあるが、それは安っぽいものだ。中国の原子力発電所は、世界の他の多くの発電所と同様に、放射線で汚染された水を、毎年海に放出している。しかもその量は、今回フクシマから放出される予定のものより多い。それなのにその汚染水は、中国の漁師たちには何の悪影響ももたらしていないのだ。

ドイツ中西部マインツで発行されている地方紙「ALLGEMEINE ZEITUNG」( 2023年8月22日) は、さらに積極的に、汚染水を海洋放出するという方法はよく練られたものだと評価した。しかし、原発に依存すべきでないと釘を刺しているのが印象的だ。

福島では、トリチウムを除くすべての放射性同位元素がろ過されるという。セシウムやストロンチウムほど危険ではないトリチウムの限界値が、世界保健機関 (WHO) の飲料水の限界値を下回るように、水は希釈される。何にでも当てはまることだが、ここでも信頼は大切であり、管理はさらに大切である。全体の工程を注意深く監視しなければならない。しかし忘れていけないことは、この問題が、原子力発電がエネルギー供給の解決策であってはならないことを明確にしていることだ。

ベルリンの日刊紙「Tagesspiegel」(2023年8月30日) は、岸田首相が福島で捕れた海の幸を食べるキャンペーンビデオを紹介した。

日本政府はインターネット動画で、破壊された福島原子力発電所周辺で捕れた魚を積極的に買うよう推進している。ソーシャルネットワークで公開された映像では、岸田文雄首相が3人の閣僚とともに福島原発周辺で捕れた魚介類などを食べている姿が紹介されている。そして岸田首相はカメラ目線で、「三陸常磐ものを始めとした、安全でおいしい日本の魚をぜひ食べて、応援してほしい」と視聴者に直接呼びかけている。

首相や閣僚によるこうしたパフォーマンスは、ドイツではまずないことなので、このビデオはドイツのメディアにとって、少し奇異なものに映ったに違いない。それにしても、こうしたキャンペーン・ビデオに、どれほど効果があるのだろうか。

ドイツの公共国際放送「Deutsche Welle」(2023年8月23日) は、科学記者がQ&A方式で、海洋放出に関する事実を伝えることに努めていた。フェイク・ニュースが出回るようになったため、このようにファクトを伝える記事がドイツでは増えているが、今回、なぜこのような記事を掲載することにしたかの説明が冒頭に書かれていて、それが興味深い。

フクシマの汚染された冷却水の処理に関して客観的に議論することは難しい。それは、数々の不祥事や不透明な情報政策のせいで、人々が東京電力を信用していないからだ。また、原子力産業と密接に絡む日本政府や担当官庁に対する人々の信用も非常に低い。

記事の内容は、今回東京電力が海洋放出に踏み切ったのは、汚染水の収容能力が限界に達したからである。海に放出される汚染水は国際的な安全基準を守っており、IAEAも許可している。それに世界各地で何年も前から、同じような汚染水の海洋放出は行われている、といったものだ。海洋放出という処理については、「トリチウムが体内に入っても、細胞に残ることなく、すぐ排出される」、「最善の方法」とする専門家たちの意見を引用した。

全体的に、海洋放出を肯定的に捉えている報道が多いのが意外だが、今回の海洋放出に対する不安は、科学的説明だけでは払拭できないと指摘したのが、報道週刊誌「Der Spiegel」(2023年8月24日)の「ベクレルでは測れない不安」というタイトルのヴィーランド・ヴァーグナー記者の記事だ。今回の海洋放出は、日本の原発ロビーの計画通りに進められたもので、ヴァーグナー記者はその一つの例を言葉遣いの中に見出している。

何年もの間、日本のお上は国民や世界中の人々に、物議を醸すこの措置に賛同してもらおうと努力してきた。最初のステップは、使用する言葉を変えることだった。「汚染水」ではなく、「処理水」という「政治的に正しい言葉」を政府やメディアは使うようになった。

そして、海に放出される汚染水は、実際には安全なのかもしれないとしつつ、事故で被害にあった人たちや今もその被害の影響を受けて苦しんでいる人たちにとって、海洋放出は容易に受け入れられるものではないことを伝えている。

結局のところ、問題になっているのは、放射能汚染水の希釈レベルだけではないのだ。被災した漁業者、環境保護活動家、そして福島の多くの地元民は、ベクレルでは測れない不安に悩まされているのだ。多くの人々は、遠く離れた東京の政府や強力な原子力産業に対する信頼を失っている。そして彼らにはそれなりの理由がある。かつて日本政府は、「漁師たちの了解なしに、放水しない」と約束したからだ。

今回、岸田首相は福島魚連の了解を得ずに、汚染水の海洋放出に踏み切った。8月24日に始まった第1回目の海洋放出は9月11日に終了し、合計7788トンの汚染水が海に放出された。第2回目の海洋放出も、10月5日に始まることが決まった。このようにしてこれから30年間、海洋放出が続くことになるのだが、フクシマの事故で最も苦しんだ人たちとの約束を破ったことを、岸田首相はどう捉えているのだろうか。

 

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