ブランデンブルク州の「パリテート法」、憲法違反の判決

永井 潤子 / 2020年11月8日

ベルリンを取り巻く、東部ドイツ・ブランデンブルク州の憲法裁判所は、10月23日、同州議会が昨年1月に成立させた「パリテート(男女候補者均等)法」を、ドイツの憲法である連邦基本法に違反するとの判決を下した。ブランデンブルク州の「パリテート法」は、州議会選挙に当たって比例代表の候補者リストを男女同数にするというもので、ドイツで「パリテート法」を成立させたのは、この州が初めてだった。

 当時、野党だったブランデンブルク州の緑の党が、直接選挙の候補者と比例代表のリストの両方で完全な男女平等の原則に基づいて候補者を立てるという提案をしたが、与党の社会民主党(SPD)と左翼党が反対し、比例代表のリストだけに女性と男性の候補者を交互に載せるという案で妥協が成立した。超党派の女性議員の協力でこの「パリテート法」がブランデンブルク州議会で成立した2019年1月31日は、政治の世界での男女平等を願う女性たちにとって「ドイツの女性史上画期的な日」と受け取られた。この「パリテート法」は、今年6月30日に効力を生じていた。

しかし、その「パリテート法」が、ブランデンブルク州憲法裁判所によって、憲法違反と判定されたことに、多くの女性は失望したり、衝撃を受けたりしている。もちろん当初からこの法案に反対する、女性の少ない政党などからの憲法違反の訴えは予想されたことではあったが、今回この法律を憲法違反だとして訴えたのがネオナチの政党ドイツ国家民主党(NPD)と右翼ポピュリスム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」だったこと、しかも女性を含む裁判官が全員一致で、彼らの主張を認めたことに、特に男女平等を推進しようと努力してきた女性政治家たちは、怒っている。

ブランデンブルク州憲法裁判所がNPDやAfDの訴えを認めたのは、政党の自由を規定した連邦基本法の第21条と選挙の自由を認めた第38条を根拠に、この「パリテート法」が実施されると、各政党の候補者を自由に選び、選挙を自由に行う権利が侵害されると判断したからである。実際問題として、男性が圧倒的に多い政党では、男女同数の候補者を立てることは難しい。その現状を「パリテート法」によって変えようというのが、緑の党をはじめとする女性たちの意図だったが、州憲法裁判所の判断は、結果的に政党の現状に合ったものとなった。ブランデンブルク州憲法裁判所が、「パリテート法」によって男性差別が生じると述べたことにも反発する女性は少なくない。国連や欧州司法裁判所は女性の地位向上に従って男性が優先的な立場を失うのは当然のことと認めているからである。

実はこの判決に先立って今年6月、同じく東部ドイツ・テューリンゲン州の憲法裁判所も同州議会が成立させた「パリテート法」について同様の判決を下していた。やはりAfDなどが訴えたものだが、憲法違反の判決が下された時、男性が圧倒的に多いAfDの中でも特に極右のグループの指導者として知られる同州のビヨルン・ヘッケ氏などが「AfDが民主主義を守った」と大喜びし、「今度は州憲法に『パリテート法』の禁止を入れるべきだ」などと主張していた。そういう場面を見た私は「これは私がこれまで知っていると思ってきたドイツではない」と少々恐ろしくなった。旧西ドイツ時代には、保守政党の中にも女性の地位向上に努力する男性政治家がいたことを思い出したからである。ただし、テューリンゲン州憲法裁判所の判決にあたっては、ブランデンブルク州のように全員一致ではなく、この法律を合法とみなす裁判官もいた。

この2州の他にも「パリテート法」の実施について議論している州は幾つかある。例えば首都ベルリン州やデュッセルドルフを州都とする、人口が最も多いノルトライン・ヴェストファーレン州などだ。連邦議会でもパリテートを目指す女性議員たちの動きが生まれており、現在検討されている連邦議会選挙法の改正にパリテート条項を入れるよう主張する与野党の女性議員は少なくない。2州での憲法裁判所の判決の影響は免れられないと見られる。

今回のブランデンブルク州憲法裁判所の判決の後、この判決を一番厳しく批判したのは、保守のキリスト教民主同盟(CDU)に属するリタ・ジュースムート元連邦議会議長(83歳)だ。1988年から1998年まで10年以上にわたって ドイツ連邦議会議長を務めた彼女は、旧西ドイツ時代から、女性の地位向上に熱心に取り組んできた政治家として知られるが、判決の直後次のように語った。

女性と男性が同等の機会を持っていないことは社会のすべての層で明らかであり、政治の世界においても例外ではない。ブランデンブルク州とテューリンゲン州の憲法裁判所の判決は、こうした観点から見て、納得できるものではない。連邦基本法の第21条と第38条の政党の自由に関する条項を、基本的人権の男女平等に関する連邦基本法第3条第2項より優先させるということは、あってはならないことである。2州の憲法裁判所の判決は、男女同権の実現を義務付けた第3条第2項の重要性を見誤った判決である。

連邦基本法第3条第2項には、長年、「男女は平等の権利を有する」としか書かれていなかった。しかし、東西ドイツの統一が実現した後の1994年に超党派の女性議員の努力で、「国家は、男女の平等が実際に実現するように促進し、現在ある不平等の除去に向けて努力する」という文言が付け加えられた。基本的人権を決めた連邦基本法の第1条から第19条までは、ナチの独裁政権に対する歴史的な反省から生まれたもので、最も重要な条項とされ、憲法改正に当たっても、この部分の根本的な変更はできないことになっている。州憲法裁判所の判決は、この重要な条項を無視したものだとジュースムート元連邦議会議長は指摘し、次のように主張する。

自由意志で男女平等を実現するという政策だけでは、十分でないことがこれまでに判明している。政党の中には、女性の地位が30年前と同じというところもある。それどころか議会の女性の比率は再び減り始めている。進歩ではなく退歩である。このような状態は議会制民主主義にとって、到底受け入れられるものではない。男女平等を実現するため、立法機関にどのような可能性があるか、はっきりさせなければならない。各州の憲法裁判所ではなく、カールスルーエの連邦憲法裁判所が、一段高い見地からの総合的な判断を下すべきである。

ジュースムート元連邦議会議長は、元連邦憲法裁判所の裁判官だった女性法律家二人と問題解決に向けての提案をまとめ、近く発表する予定だという。

最近ドイツの政治に関心のある女性たちの間では、女性が選挙権を獲得してから100年以上経つのに、女性の政治家が依然として少ないことに苛立ちが高まっていた。特に2017年の連邦議会選挙の結果、これまで伸び続けてきた女性議員の比率が前回の37.3%から31.2%に減って、20年前の状況にまで逆戻りしたことに衝撃を受けていた。もともと女性議員の比率が高かった東部各州で、党員のほとんどが男性の政党AfDの台頭とともに、女性の政治家が減る傾向にあるという。「男性たちの自由意志によっては、政治上の男女平等は永久に実現されない」と業を煮やした女性たちが頼みにするのは、クオータ制(女性割り当て制)とパリテート法だ。しかし、現在ドイツ連邦議会に議席を持つ政党のうち、クオータ制を導入しているのは、緑の党と左翼党(ともに50%の割当制)、SPD(40%の割当制)だけで、緑の党と左翼党は女性議員の方が多い。長年メルケル首相が党首を務めてきたCDUとバイエルン州を基盤とするその姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU)は「30%を目指す」という緩やかな努力目標だけ、リベラリズムを標榜する自由民主党(FDP)とAfDは、パリテート法ばかりかクオータ制にも反対している。ちなみにドイツの有権者のうち51.5%が女性で、男性より少し多い。

「パリテート法」に関する二つの州憲法裁判所の判決に対し、メルケル首相がもっと政治的指導力を発揮して欲しいと期待する女性たちやメディアの主張もある。長年自らを「フェミニストではない」と主張してきたメルケル首相だったが、昨年ドイツの女性が参政権を得てから100年の祝典で、「ツバメが一羽飛んできたからといって夏が来たことにはならない」と語って、「首相が女性だからといって男女平等が実現したわけではない」ことを強調した。この時始めてメルケル首相が本当は男女同数のパリテート法に賛成だということも分かった。しかし、長年CDUの党首を務めたメルケル首相でさえ、保守的な男性たちの反対にあってCDU内のクオータ制を実現することはできなかった。来年2021年の任期満了とともに、すべての政治活動をやめると宣言しているメルケル首相が、男女平等の実現になんらかの政治的遺産を残すことができるのだろうか。私にはあまり期待できないように思われる。なお、ヨーロッパでは、フランス、ベルギー、ポルトガル、スペイン、ギリシャ、アイルランド、ポーランド、スロヴェニアがパリテート法を決めている。

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