日本の国会解散、総選挙に対するドイツ語圏のメディアの反応

永井 潤子 / 2014年11月30日

朝日新聞は11月22日の紙面で、「解散、各国が関心」という記事を載せ、「TPP(環太平洋経済連携協定)の早期締結が安倍首相の助けになるだろう」などというアメリカの「ワシントン・ポスト」の記事や中国や韓国の反応などを載せた。ヨーロッパでは同社のヨーロッパ総局のあるイギリスの解散の意図を分析する論調と、マイナス成長のイタリアの「アベノミクスに注視」という当たり障りのない反応が取り上げられているだけで、なぜかEU最大の国ドイツの反応はなかった。そこできょうはドイツとドイツ語圏のメディアの反応をお伝えすることにする。

安倍首相は11月18日の記者会見で「消費税の8%から10%への値上げ延期についての民意を問うため、早期解散、年内総選挙を実施する」と発表した。ドイツの代表的な全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)」は、18日、「日本は景気後退に陥った」というタイトルの記事で、日本の経済成長率が第2四半期のマイナス1.9%に続き、第3四半期もプラス成長の予想に反してマイナス0.4%だったことなど日本経済の現状を詳しく説明し、「日本経済が回復する望みは打ち砕かれた」と書いた。同日の経済欄には東京特派員、カールステン・ゲルミス記者の「安倍は失敗した」というタイトルの解説記事も掲載された(「アベノミクスは失敗した」ではないことに注意)。

日本経済についてこれほどの悪い数字を日本では誰も予期していなかった。世界第3の経済大国である日本の経済は、また景気後退期に入った。安倍首相は極端な金融緩和により、経済の回復を図ろうとし、その成果を強調してきたが、さすがに今回は金融緩和だけでは十分でないことを認識したに違いない。アメリカに賞賛されたアベノミクス政策は失敗したと見るのが当然である。

4月の消費税の5%から8%への第1次引き上げによる予想外の購買力の低下、アベノミクスによる人工的な円安政策も期待された効果を上げず、第3四半期も専門家が予想したプラス成長ではなく、マイナス成長だったことなどを理由に安倍首相は2015年10月に予定されていた消費税の8%から10%への引き上げを2017年10月まで18ヶ月延期することを決め た。安倍首相はその経済政策の失敗を隠すため、不人気な消費税の第2次引き上げについて民意を問うという名目のもとに議会解散、総選挙に踏みきり、新たな国民の支持を得ようと試みたのだ。日本の財政赤字は国民総生産の2.5倍という異常なほど多額なものになっており、その財政赤字を是正するためには消費税の更なる引き上げは必要不可欠だと、もともとは考えられていた。安倍首相はこの2年近くの間議会の3分の2の多数で安定政権を保ってきており、野党が無力のため、新しい選挙で多少の支持を減らしても自由民主党の勝利はほぼ確実視されている。安倍首相が総選挙後も日本経済にとって必要な真の改革に取り組まず、これまで通りの政策をとるとしたら、日本にとって致命的である。

FAZのゲルミス記者はこう結論づけている。

FAZは翌日も「日本の首相は議会解散、総選挙を告示した」というタイトルの記事を載せ、アンケートによれば自由民主党の優勢は揺るがないなどと伝えたが、その記事の中に何気なく含まれていた文章に私の眼は釘付けになった。そこには「安倍首相が解散、総選挙を発表した18日の記者会見には、批判的な外国特派員はまたしても招かれなかった」と記されていたのだ。

11月18日、「安倍ショック」というタイトルの記事を載せたのは、ミュンヘンで発行されている全国新聞の「南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)」だ。東京特派員のクリストフ・ナイトハート記者は「アベノミクスがスタートして以来この2年足らずの間、安倍首相は『日本は戻ってくる』」と言い続けてきた。安倍首相は国際会議などで『日本は世界の経済大国に戻ってくる』と繰り返し強調した。しかし、安倍の経済政策の成果はゼロ、日本は実際には、その長期にわたる経済危機の状態にまた戻ってきたのだ」と皮肉な調子で書き始めている。

アベノミクスを最初は信じた日本人もいたが、アベノミクスは結局最初から機能しなかった。安倍首相と日本銀行の金融政策による人工的な円安政策は輸出に依存する大企業には有利だったが、大企業は安倍首相の呼びかけにも関わらず,その利潤を労働者に還元することも新たな投資活動に向けることもしなかった。その一方、円安によるマイナスの影響は輸入エネルギーの高騰だけではなく、野菜や果物、コンピュータの値上りなども招いた。日本の消費者の中で一番お金を持っているのは高齢者層だが、彼らは老後の生活への不安からますます財布のひもを堅く締めるようになった。購買力は上がらず、従って企業は生産を減らし、賃金の安い外国への工場移転などが進んだ。個人消費の落ち込みと企業投資の低迷の二つがが景気後退の主たる原因だが、安倍首相の下で日本銀行は、通貨を安定させるという本来の任務を放棄したため、事態は2年半前より深刻である。自由民主党はまだ野党時代には財政健全化のため2015年10月までにさらに2%の消費税の引き上げが必要だと主張したが、今安倍首相はその引き上げを1年半延期するだけではなく引き上げ中止をも考慮に入れていると見られている。「日本はいつの日か財政健全化を実現させる」という目標も、最後のフィクションだということが明らかになった。

南ドイツ新聞はまた経済欄に「日本の病気」という解説記事を載せ「日本の経済がデフレに陥って回復の望みがないとなれば、世界の他の国にとっても由々しき事態で、ヨーロッパ経済、ユーロの安定と行方に影響を及ぼすだけでなく、反EU派の台頭というヨーロッパの政治状況にも好ましくない影響を与える恐れがある」と憂慮の念を表している。

ベルリンで発行されている全国新聞「ディー・ヴェルト(Die Welt)」も18日 「早期解散、総選挙に逃げ込んだ安倍首相」というタイトルの記事を掲載したが、冒頭から安倍首相の前に「物議をかもしている、問題のある」という意味の形容詞がつけられていたのが、気になった。

最近は景気の後退ばかりでなく沖縄知事選での自由民主党の支援候補の敗北など安倍首相にとって厳しい状況が生まれ、政権に対する風当たりが強くなっていた。にもかかわらず選挙を行えば、自由民主党の勝利はほぼ確実視されている。そのため、安倍首相は時間稼ぎのために総選挙に打って出たという批判がある。しかし、本来安倍首相にとって、もはや時間はないはずだ。日本の労働市場は静止状態、農業は国の補助金に支えられ、法人税は異常に高い。またエネルギー市場に競争原理はほとんど働かない。緊急に解決するべき問題は山積している。すべては待ったなしの問題で、時間の猶予はないはずだ。

同じドイツ語圏のオーストリアのウイーンで発行されている新聞「ディー・プレッセ(Die Presse)」の記事のタイトルは、「日本の経済は福島原発の事故直後と同じように病んでいる」というものだ。

消費者に対するすべての約束、人工的な円安政策も何の役にも立たなかった。世界第3の経済大国の景気は予想に反してまたしても後退し、専門家を驚かせた。日本銀行は10月に更なる大幅な金融緩和政策を発表したばかりで、異常な財政赤字を抱えた日本のそうした政策は、世界の金融市場に、日本には国家財政の健全化を成し遂げる能力に欠けているというシグナルを与えた。安倍政権と日本銀行は、国家が介入しての人工的な円安により輸出に依存する大企業に有利な効果を狙ったが、大企業は円安による利益を消費者に還元することも、投資活動に使うこともしなかった。彼らは株主に高い配当を払ったに過ぎなかった。

そのため、アベノミクスが本来目指した目標とは逆に、一般消費者は円安による石油や食料品など輸入品の価格の値上りに悩むという結果になった。今年6月現在の一般的な物価上昇率は3.6%だったが、食料品の値上りは5.1%にも及んだ。インフレ率は賃金上昇率の9倍にも達している。

スイスで発行されているドイツ語の新聞「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(Neue Zürcher Zeitung)」 は「安倍の計算された賭け」というタイトルの記事を掲載し、「沖縄知事選での敗北、マイナスの経済成長、アベノミクスの効果のなさ、抗議の声の激しかった秘密保護法の実施、原発再稼働など、さまざまな問題を抱えているにも関わらず、野党が無力化している現在の日本の政治状況では、安倍首相の賭けは、成功する見通しである」と予測している。

 

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