メルケル首相、脱原発の決定を弁護
気候変動対策が緊急の課題になるにつれ、ドイツ内外の政治家や経済界の代表などから、「2011年のフクシマの事故をきっかけにドイツが段階的な脱原発を決めたのは間違っていたのではないか」、あるいは「脱原発と脱火力発電の順序が逆の方が良かったのではないか」などという議論が起こってきている。そんな中でドイツのアンゲラ・メルケル連邦首相(新政権樹立までの暫定首相、キリスト教民主同盟/CDU)は、国際的な通信社ロイターとのインタビューで「10年前の脱原発の決定は間違ってはいなかった」と改めて表明した。
11月17日に発表されたロイター通信とのインタビューで、「気候変動防止が緊急の課題となる中で、脱原発を早々と決めたのは、やはり間違いではなかったでしょうか?少なくとも、原子力を過渡的な技術として利用する期間を延ばした方が良かったのではないでしょうか」という記者の質問に、メルケル首相は次のように答えている。
いいえ、そうとは思いません。私たちが今、脱石炭と脱原発を並行して行ってエネルギー転換を実現しようというのは、確かに野心的で、挑戦的な課題と言えるかもしれません。しかし、私たちがその課題を実現するために正しく行動するならば、我が国のその努力は報われるだろうというのも、また事実です。もっとも、フランスでは、国がエネルギー企業に参加しているという点で事情は全く異なりますが。原発に対する民間の投資意欲は、世界的に限定的なものになっています。原発の建設には、しばしば費用の高騰と建設期間の延長が伴いますから。例えばデンマークやオーストリアも私たちと同じく反原発の道を歩んでいます。また、放射性の核のゴミを長期にわたって貯蔵する問題も解決してはいません。それに原発による電力の価格は、洋上風力発電による電力の価格より、安くなるはずはありません。
こうした発言からは、メルケル首相が原子力に対し、新たに世界的な関心が高まることを疑問視していることが伺える。
既報の通り、欧州連合(EU)内部では、「2050年までにカーボン・ニュートラルを実現するためには、温室効果ガスの二酸化炭素を少ししか出さない原子力と天然ガスを持続可能な過渡的エネルギーとして認める」という問題をめぐって意見が対立している。フランスのマクロン大統領は来年の大統領選挙を前に「原子力ルネッサンス」を唱え、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長も、「EUの持続可能な経済活動のタクソノミー基準のリスト」(通称グリーン・リスト)に原子力と天然ガスを加える法案を準備していると伝えられる。
これに対し、ドイツ、オーストリア、デンマーク、ルクセンブルク、ポルトガルの5カ国は、反対の声明を出しているが、フランス、東欧諸国などの賛成派が多数を占めていると言われる。メルケル首相が、フォン・デア・ライエン委員長の意向に同意したと伝えられた事にショックを受けた人は少なくなかった。11月15日、こうした流れに危機感を持った、主にヨーロッパを中心に活動する129のNGO(非政府組織)が、間も無くドイツの新連立内閣の首相に就任すると思われるオーラフ・ショルツ氏(社会民主党/SPD)に、原子力を持続可能なクリーン・エネルギーと認めないよう求める公開書簡、Please save the Green Deal: Take action to prevent nuclear energy and fossil gas from being labelled as greenを送った。
「こうしたEU内の動きに対し、メルケル首相は抵抗を諦めたと伝えられますが」というロイター通信の記者の問いに、メルケル首相は「ドイツは抵抗を諦めてはいません。しかし、欧州委員長の提案を阻止するためには、EU加盟27カ国のうち、20ヶ国が反対しなければなりません。これは非常に高いハードルで、それが可能な状況ではないと思われます」と答えている。同首相はさらに次のようにも述べている。
フォン・デア・ライエン委員長も、ドイツでは原子力エネルギーは、風力や太陽エネルギーと同等のグリーンなエネルギーではないというのが超党派の意見だということを知っているはずです。しかしながら、原子力は例えばフランスにとっては、過渡的なエネルギーとして必要です。また我々にとっては天然ガスは、(カーボン・ニュートラルを実現するための)過渡的なエネルギーとして必要だと言わなければなりません。さらに欧州委員会は、気候保護の全体的な戦略 ”Fit for 55“ にとって、原子力と天然ガスが必要だと認識している筈です。こういう状況の中で、意見が対立しているからといって、良くない雰囲気を作り出すのは避けようと思うのではないでしょうか。
ドイツにとって、なぜ天然ガスが必要かというと、「天然ガス発電所をカーボン・ニュートラルを実現するための戦略的リザーブ(予備力)としてキープする制度」を設けたためだ。ドイツでは来年、2022年末に脱原発が実現する。その上2038年までの脱石炭火力発電が決まっており、それが前倒しになることも考えられる。その結果、風力や太陽など自然エネルギーによる発電だけが頼りになった場合、自然条件に作用される再生可能エネルギーによる発電量の変動に対応しなければならない。ガス火力発電は比較的迅速に発電量を調整できる。また、天然ガスは、石炭に比べて二酸化炭素の排出量が少ない。そのためドイツは、十分な蓄電能力を確保するまでの過渡的な措置として、天然ガスによる発電所をキープする制度を設けることを決め、すでに2020年10月に天然ガス発電所5基を予備力として確保した。これらの発電所は、普段は発電せず、必要な時にだけ発電する。その維持に必要な資金は、発電所を持つ電力会社に給付される。そのための資金は、すべて電気料金に加算される。再生可能エネルギーが増加するにつけ、こうした予備の天然ガス発電所が必要になる。もちろん十分な再生可能電力が作られ、十分な蓄電能力が生まれれば、こうしたリザーブとしての天然ガス発電所は必要なくなるが、当分そういう状況が生まれる見通しはない。
ロイター通信のメルケル首相とのインタビューは、技術革新や科学研究などについて、彼女のドイツの首相としての16年間を振り返る、かなり長いもので、原子力の問題はその一部に過ぎなかった。ロイターの記者に「もっと突っ込んで聞いて欲しかった」と言いたい気がしないでもないが、それでもメルケル首相の真意を少し引き出してくれたことに感謝したい。
「メルケル首相が原子力と天然ガスをクリーンエネルギーのリストに加えることに同意した」というニュースにショックを受け、フクシマの事故をきっかけに脱原発を決めたメルケル首相に裏切られたような思いを抱いた私は、それについて記事も書いた。だが、ロイター通信とのこのインタビューの内容を知って、彼女の複雑な心境が少しわかったような気がした。メルケル首相は究極のところ、自分が下した脱原発の決定は正しかった、一時的に原子力賛成派がEU 内で増えても、そう簡単に世界の民間投資が原子力関連事業に流れるわけではなく、気候変動対策に原子力がそれほど役立つとは本心では思っていないのではないか、そう思うと、すこし安心する。しかし、実際にはどうなるのだろうか。
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