原発は地球の温暖化防止に貢献しない

ツェルディック 野尻紘子 / 2022年1月30日

昨年は温暖化のために、世界各地で前代未聞の気温の上昇、大規模な山火事、激しい豪雨や洪水など数々の大災害が起きた。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、これ以上の温暖化の悪影響を抑えるためには、温室効果ガス(主に二酸化炭素)の排出 量を減らし、2050年までにカーボンニュートラルになることしかない。つまり、化石燃料の使用をできるだけ早くやめ 、替わりに再生可能エネルギーの利用を高めれば良いのだが、再生可能エネルギーは今のところまだ十分な量が確保できていない。そこで、二酸化炭素の排出量が少ないとされる原子力発電が再び脚光を浴びるようになってきた。ただ、原発は果たして地球の温暖化防止、人類の将来に貢献できるだろうか?

マイクロソフト社の創設者ビル・ゲイツ氏は数年前から、 気候変動のために起こる破滅的な大災害を避けるには ”気候に優しい新しい原発” が必要だと主張し、大量の小型モジュール原子炉(SMR)の建設を推進すると発言している。フランスのマクロン大統領は今年4月に迫った大統領選挙を前に、昨年秋ごろから温暖化対策を名目に原発のルネッサンスを唱え出しており、10月には SMR の開発や核廃棄物処理に関する技術に10億ユーロ(約1300億円)を当て、2030年ごろまでに複数の SMR を建設したいと語っている。 また、欧州連合(EU)は現在、EU が2050年までにカーボンニュートラルを達成するために、原発は地球の温暖化防止に役立つ持続的な技術だと位置づけ、投資家の資本を原発建設に誘導しようとしており、圏内に波紋を投げかけている。

フラウンホーファー太陽光エネルギーシステム研究所のブルーノ・ブルガー教授は、「気候保護のために我々のエネルギーシステムを変えようとするなら、急ぐ必要がある 」と警鐘を鳴らす。地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」は、地球の平均気温の上昇を産業革命前の平均気温に比べてできるだけ1.5度に抑えることが必要だと説いている。そして IPCC が2018年に作成した「1.5度特別報告書」は、世界の二酸化炭素の排出量を2030年までに2010年比で約半分に、2050年には正味ゼロにしなければ、気温の上昇を1.5度に抑えることはできないとしている。脱炭素は非常に急がれるのだ。

ところが、ゲイツ氏やマクロン氏が構想中の出力300 MW 程度の SMR はまだ開発中で、実物は存在しない。例えば、英国の航空機エンジンなどのメーカーであるロールスロイス社は、昨年11月に英国政府と英米仏の民間企業から SMR 開発のために合計4億500万ポンド(約626億5000万円)の資金を得たばかりだ。ジョヨンソン政権は、この二酸化炭素の排出量が少ない小型原子炉を16基建設することを考えていると報道される。しかし、この原子炉を建設するためには、まず最終設計図が完成しなければならない。そして、最終設計図の作成とその審査にかかる時間だけでも4年は必要だという。従って、最初の SMR が完成するのは早くても2030年代初頭だろうといわれる。マクロン大統領がフランス電力公社(EDF) に提供する10億ユーロも、先ずは開発費にまわるのだろう。

右側が、フラマンビル原発で完成が10年も遅れているEPR  ©️Panoramio/Schölla Schwarz (2010年撮影)

マクロン大統領はさらに昨年11月、脱炭素の切り札として「欧州加圧水型原子炉(EPR)」を複数建設するとも発表している。しかし、この原発は巨大な費用がかかり、建設期間も長引くことで知られている。フィンランド西南部のオルキルオト原発に建設された出力1600 MW の EPR は、2005年に着工し、2009年に完成する予定だったが、遅れに遅れ、やっと昨年12月に発電を開始したところで、フル稼働に入るのは今年7月になるという。完成が13年遅れた訳で、総建設費は30億ユーロから100億ユーロ(約1兆3000億円)に膨れ上がっている。また、フランス北西部フラマンビル原発で建設中の1650 MW の EPR の着工は2007年で、2012年の完成を目指していた。しかし、この原子炉の建設工事も遅延を繰り返し、完成は今のところ2023年になる見込みだという。建設費の方も、建設開始当時は33億ユーロと見積もられていたが、現在は127億ユーロ(約1兆6500円)になるとされる。さらに英国南西部のヒンクリー・ポイントC原発で建設されている出力が合計3200 MW の EPR 2基も、2018年に着工したが、2025年に予定されている完成が遅れることは既に発表されている。そして当初、220億ユーロとされた建設費は355億ユーロ(約4兆6150億円)にも膨れる可能性があるという。

なお、このヒンクリー・ポイントCの EPRは、英国政府が建設契約で、EDFをトップとする事業者らに、発電される電力を35年間、1kWh当たり0.925 ポンド(現在のレートにすると約14.31 円) で買い上げることを保証した。その上、インフレの際には、この金額にさらにインフレ上昇率を加算することまで決めており、話題になった。ちなみに、ドイツでは太陽光で発電する電力の買取価格は現在、規模により異なるが、1kWh当たり5 〜 6 ユーロセント(約6.5 〜 7.8円)程度だ。原子力発電が経済的でないことは、EPR の建設費の発展を見るだけでも分かる。「それなのに英国政府が原発に固執することは、軍事的にしか説明できない。核兵器用のプルトニウムを絶やさないためだろう」と2016年の建設契約当時に、ベルリンの日刊紙「デア・ターゲスシュピーゲル」はコメントしていた。

そもそも、SMR に期待をかける人たちは、 厳しくなった安全基準などのために現在建設中の原発があまりにも高価になったので、小型の原発を大量生産すれば建設費が安くなると考えたようだ。建設期間が短く、操業も大型の原発より安全だと主張しているのだが、核のゴミは原発の規模が小さくても、数が増えれば量的には減らない。 また安全面でも、事故の際に個々の SMR が放出する危険な放射性物質の量は少ないだろうが、原子炉の数が多くなれば、事故発生数も増えるはずだ。さらに、数千というような SMR が多くの地域に散らばって存在することになれば、テロの標的になる可能性はより高くなるし、核の拡散防止もより困難になる。ベルリン工科大学のクリスチャン・フォン・ヒルシュハウゼン教授は「SMR の大量生産が可能になる見通しは全く立っていない。英国やフランスが SMR の開発に経費を惜しまないのは、放射能技術の確保が目的なのだろう。大規模原発を小規模原発に置き換えたとしても、採算の合わないことは同じで、意味がない」と結論づけている。

エネルギー経済の専門家で IPCC の報告書の執筆者の一人であるルール大学ボーフムのアンドレアス・レッシェル教授は、「原発はつい数年前まで、もう古い技術だと言われていた。それが、稼働の際の二酸化炭素排出量が少ないので、また脚光を浴び出したのだ。原発には多大な資金が必要で、国家の援助なしには原子炉の建設など考えられない」と語っている。そして、SMR には実体の伴わない希望と期待がかかっているだけだとも言う。「もし、マクロン大統領が望んでいるように2030年に多数の SMR が発電しているとしたら、それはむしろ驚きに近い。専門家の間では、SMR の市場導入は2030年代に入ってからだとされる。それに対して、再生可能エネルギーは既に確実なものになっているし、発電経費は安くなっている。そして、2030年までには再生可能電力のための蓄電池装置も既に一般化しているだろう」と予測する。

最後に、ウランの採掘や、ウラン鉱石から純粋なウランを取り出し、燃料棒を製造することにも多大な危険が伴い、大量のエネルギーが必要になることを記したい。また、放射性廃棄物を処理し、高レベルの核のゴミを百万年もの長い間、安全に保管することはどれほど大変か、そしてそのために投資しなくてはならない資金とエネルギーがどれほど多額、多量になるのかは、誰にもわかっていないことを付け加えたい。以上、全てのことを考えると、原発が、地球温暖化に貢献できるとは、どうしても思えない。

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