脱原発を決定したドイツの今

ツェルディック 野尻紘子 / 2021年3月14日

福島第一原発で最大規模の原発事故が起きた2011年3月11日は、ドイツにとっても節目になった。それまでは、進んだ高度の技術を持つ国にとり原発は制御可能と思われていたのだが、この事故は高度技術先進国である日本で起きたからだ。メルケル首相は事故直後に、国内の全ての原発の安全点検と古い原発7基の一時稼働停止を命じた。そして連邦議会は6月30日に、連邦参議院は7月8日に、2022年までの段階的な脱原発を決めた。ドイツの脱原発の現状はどうなっているのだろうか。

福島第一原発事故直後にドイツ全国で行われたデモのポースター。「FUKUSHIMA MAHNT (フクシマは警告する)」という言葉は今も生きている。

 

 

2011年に合計17基あったドイツの原発のうち、3月15日から稼働を一時停止していた7基と、福島の事故があった時には故障のために稼働を停止していた1基、合わせて8基は、その後稼働が再開されることはなかった。残りの9基は決定通り2015年、2017年、2019年にそれぞれ1基ずつが停止された。そして今年末と来年末には3基ずつ、つまり6基の原発が停止され、ドイツの「原発時代」は遅くとも2022年12月31日に終止符を打つことになる。

ドイツでは、原発停止後の廃炉、解体及び廃棄物処理に関する責任を決める法律も2016年12月15日に連邦議会で、16日に連邦参議院で可決され成立している。「核廃棄物処理の責任に関する新秩序法」で、それによると原発停止後の廃炉および解体、核廃棄物を特別容器に格納して将来的にも密封する作業は、原発を運営する電力会社大手4社の責任になる。4社はそのために以前から廃炉処理の準備金として積み立てていた178億ユーロ(約2兆3140億円)をその作業に当てる。

また、この法律で 核廃棄物貯蔵の責任は政府に移転した。政府は核廃棄物の中間および最終貯蔵場の場所を探し、その建設、運営のために基金を新設する。そして4社は、この基金に総額235億ユーロ(約3兆550億円)を払い込む。この内の174億ユーロ(約2兆2620円)は4社が準備金として整えていた金額で、残りの62億ユーロ(約8060億円)は、費用が見積もりよりさらにかさむ場合の “リスク付加金” だ。払い込まれた金額が将来的に不足する場合には、ドイツ政府が出費することも決まっている。

電力大手4社は、すでに停止した廃炉の解体や廃棄物の処理を始めている。また、ドイツは「核のゴミ」を外国に委ねずに、国内で貯蔵することを決めているので、政府は2017年5月に「最終貯蔵場選定法」も改定し、3段階を経て候補地を絞り込み、2031年までに最終的に設置場所を決定し、2050年には貯蔵を開始するという工程を作っている。そして、その1段階目の中間報告として、連邦政府最終貯蔵協会は昨年9月28日に、純粋に地質学的に調べて、最終貯蔵所の候補地としての条件を満たす地域が全国に90カ所あると発表した。

また、この3月に入ってから、ドイツ政府と電力大手4社は、原発の稼働期間短縮などに対する賠償金に関しての合意を達成した。これには次のような背景がある。ドイツでは、実は社会民主党と緑の党の連立だったシュレーダー政権(1998ー2005)が既に2002年に、電力大手との話し合いで「合意した一定の量の電力が発電された後には、電力大手が原子炉の稼働を停止する」という「脱原発の合意」に至っていた。しかし、キリスト教民主・社会同盟と自由民主党の連立となった第二次メルケル政権は2010年10月に、この取り決めを覆し、原発17基の稼働期間を平均で12年間延長することを決めていた。ところが、メルケル首相は福島の原発事故の後に、この僅か8ヶ月前の決定を再び覆したのだ。

この新しい決定に対して、電力大手は 残る稼働期間のために行った新しい投資が無意味になり、稼働期間中に電力供給の対価として入るはずの収入がなくなるとして賠償金を請求する訴訟を起こした。そして連邦憲法裁判所は最終的に2016年に 、賠償金の請求は妥当だという判決を下していた。しかしその後、ドイツ政府と電力大手との話し合いはなかなかまとまらなかったが、フクシマ10年を迎える直前の3月5日にやっと、政府が電力大手4社に合計で24億ユーロ(約3120億円)支払うことで合意に至ったのだ。それと引き換えに、電力大手は係争中のいくつかの訴訟を取り下げる。

以上のように、ドイツの脱原発は着々と進んでいると言える。なぜなら、ドイツの脱原発への意志は堅固で、大多数の市民と、そして電力大手も原発の再稼働を望んでいないからだ。

しかしそれでも、ドイツに原発の再稼働を望む人たちが誰もいないと言うのは言い過ぎだろう。その数は少しずつ増えているようにも見受けられる。その背景にはまず、目に見えてくるようになった地球温暖化の影響がある。溶け出す氷河や世界各地の干ばつ、山火事のニュースは増えている。そしてこのような温暖化の影響を避けるためには、「地球の気温を、産業革命前の気温と比較して1.5度以上上昇させない」という2015年のパリ協定の取決めを実現させる必要性が高まっている。例えば、気候変動に関する政府間パネルは、気温の上昇を1.5度に抑えるためには、現在世界中で排出される二酸化炭素の量を、2030年までに2010年の排出量の半分に削減しなければならないとしている。原発にこだわる人たちのもう一つの理由は、ドイツが2038年までに脱石炭火力発電も決定したので、そのために安定した電力の供給が保たれないのではないかという心配があることだ。

とにかく、二酸化炭素などの温暖化ガスの排出は、世界規模で削減される必要がある。そこで、これは世界的な傾向なのだがドイツでも、原発は環境に優しいのではないだろうかと考える人たちが少しずつ増えているようだ。例えば、ビル・ゲイツ氏などは、新しく登場した小型原子炉を推奨する。従来の原発に比べて建設期間が短く、費用も安く、より安全だとも宣伝されるが、実際には規模が小さいだけで、従来の大型原発と同じ欠点を持っている。連邦議会の環境委員会委員長である緑の党のシルビア・コッティング=ウール議員は、「原発が環境に優しいなどと言うことはできない」ときっぱり話す。「まず燃料になるウランの採掘、燃料棒の生産には多量のエネルギーが必要で、その際には多量の二酸化炭素が排出される。しかもドイツなどでは健康の害になるウランの採掘はもう行わられておらず、現在そういう作業は発展途上国などのみで行われている。また、人体や生態に危険を与える放射性廃棄物の貯蔵場はどこにも存在せず、その建設にも莫大なエネルギーが必要になることは明らかだ」と述べている。

現在、世界の33カ国で、443基の原子炉が稼働している。 この中にはドイツの隣国であるフランスの56基の原子炉も含まれる。フランスの原子力安全局はこの2月25日、同国の原子炉の稼働期間を最長40年から50年に延長すると発表した。この事実はドイツにとって脅威だ。原発は、古ければ古いほど、故障の可能性が高くなるからだ。フランスは現在、電力需要の70%を原発に頼っているが、以前には2035年までに再生可能電力を増やし、原発の割合を50%に下げると発表していた。しかし、再生可能電力がなかな増えないので、今回の決断に達したようだ。稼働期間延長の対象になる原発は、主に1980年代に稼働を開始した32基だが、中には既に40年以上稼働している原発もあり、原子力安全局は一連の修理を延長の条件としているという。老朽化した原発はドイツの隣国ベルギーなどでもまだ稼働している。ドイツのスヴェンニャ・シュルツェ連邦環境相は、フランスの原発の稼働期間延長を「間違った判断」と批判し、国境を超えるような影響のある決定には、隣国との意見調整があるべきだと語った。

世界で現在建設中の原子炉は50基に達するという。ポーランドのようにまだ原発を持たない国も導入を考えている。福島の原発処理はまだ収束していない。世界中に存在する、100万年間も危険な放射能を出し続ける大量の核廃棄物の貯蔵問題は、まだ世界のどこでも解決していない。福島の事故は忘れられてしまったのだろうか。人類は福島からの教訓をくみ取らないのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

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