集団的自衛権容認の閣議決定に対するドイツの反応
「日本の首相、戦争への道を決定」、「日本、平和主義の掟を覆す」、「平和憲法の解釈変更、日本の軍隊、外国派遣の権利を得る」などなど、ドイツのマスメディアは安倍政権の集団的自衛権容認の閣議決定をさまざまな見出しで伝えた。いずれも今回の閣議決定は、日本が第二次世界大戦後70年近く曲がりなりにも守ってきた平和憲法維持の政策からの大きな転換を意味すると解説している。
「日本は今後自国の安全が直接脅かされない場合でも、アメリカなどの同盟国軍を軍事的に支援できるようになる。火曜日(7月1日)安倍内閣は、軍隊の維持と戦争を禁止している憲法の解釈を新たに変えてこれを閣議決定した」、こう書き出しているのはミュンヘンで発行されている全国紙「南ドイツ新聞」(ジュートドイチェ・ツァイトゥング)の7月2日の記事だ。クリストフ・ナイトハート記者は、これまでの解釈では個別的自衛権のみが認められていたが、安倍首相は連立のパートナー、公明党の反対も押さえ込んで大急ぎでその「個別的自衛権」を「集団的自衛権」に変えたこと、国民の反対の声が強いので憲法の改定という正攻法はとらず“解釈改憲“を行ったことなどを説明している。安倍首相は閣議決定後も国民の反対を恐れて「我が国の平和と安全、国民の繁栄を守るかどうかの問題だ」と強調し、「今後も日本は平和主義を守り、イラク戦争のような戦争に参加することはあり得ない」などとその影響を過小評価する発言をしていることも伝えている。同記者はまた、数千人の抗議デモの参加者の中には安倍首相をヒトラーに見立てたプラカードを持っている人がいたこと、集団的自衛権を認めようとしている安倍政権に抗議して一人の男性が東京でガソリンをかけて焼身自殺をはかったことなども伝えているが、安倍首相のスポークスマンが「焼身自殺をはかった男性の問題は、純粋に警察が取り扱う問題だと語った」と驚きを持って伝えてもいる。
同じ日、「“普通の国“への道?」という見出しの記事を載せたのは、全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」だ。「東アジアおよび東南アジアで政治的な緊張が高まっている時期に日本の安倍首相は国の安全保障政策に関して歴史的な転換への道を開いた。激しい抗議デモが官邸をとりまくなか、安倍政権が行った閣議決定によって日本の兵士たちは今後外国での国連軍などの軍事行動でこれまでより大きな役割を与えられ、自分の国が攻撃されない場合でも同盟国側に立って戦うことができるようになった」。こう書き出したカールステン・ゲルミス記者は、安倍政権は日本が “普通の國”になるために解釈改憲が必要だと説明しており、その際ドイツが例に挙げられていることなども紹介している。同記者は安倍首相の記者会見での発言などを引用して日本政府の立場をかなり詳しく説明しているが、「解釈改憲の閣議決定ももちろん議会の承認が必要だ」という安倍首相の言葉を紹介した後、「しかし、日本の観測筋の間ではこれは形式的なプロセスに過ぎないと見られている」とも書いている。
7月2日の記事では安倍政権の立場を詳しく伝えたゲルミス記者も6月30日の「安倍首相の平和主義からの方向転換」というタイトルの記事では、現行憲法に決められた平和の掟を変えようという政府の努力が日本社会を分裂させているとして、日本国民の間に強い反対があることを伝えている。 第二次世界大戦後日本人が守り続けてきた平和憲法を骨抜きにしようという安倍政権の方針に強く反対し抗議デモに参加するのは、戦争の悲惨さを経験した高齢者や戦後の民主主義教育で育った世代に多いとも述べ、朝日新聞の世論調査では安倍政権の解釈改憲に67%が反対していること、 安倍首相が党首を務める自由民主党の間でも139の地方支部が反対しており、衆議院事務局の発表では、これほど多くの地方支部が中央の政治に反対するのは初めてだということなどが記されている。
「我々はドイツと同じ姿勢だ」という安倍首相の発言に反論しているのは、ベルリンで発行されている新聞「デア・ターゲスシュピーゲル」だ。同紙は7月2日の「人」欄で安倍晋三を取り上げ次のように書いている。「安倍首相は先頃ベルリンを訪問した際、『日本は新たな安全保障政策によって積極的に平和に貢献します。この点我々はドイツと同じ姿勢です』と語った。確かに第二次世界大戦後日独の間には軍事面で抑制的だという共通点があったが、しかし、ドイツはすでに25年前の東西ドイツ統一を期にその姿勢を一部放棄した。そう多くの共通点があるわけではない日本とドイツの間にはしかし、決定的な違いが存在する」。
この「人」欄担当の女性記者、ウルリケ・シェッファー記者は、その違いを次のように説明する。
ドイツは過去何十年にもわたって近隣諸国との和解に積極的に努力してきた。その結果かつての敵国は今日の同盟国になり、彼らがパートナーのドイツに対して、世界においてより大きな責任を引き受けるよう迫った。これに反して日本は、過去の責任を本当の意味で見直しては来なかった。安倍首相自身もナショナリスティックな発言で知られるだけでなく、韓国人や中国人の感情を傷つけることを十分承知しながら日本の戦犯がまつられている靖国神社に参拝した。それに加え、尖閣諸島の領有問題での中国との対立など地域的な緊張関係が高まるなかでの日本の厳格な平和主義からの転換は、近隣諸国からは別の意味に受け取られるだろう。ドイツでは連邦軍の海外への派遣はその都度連邦議会で審議されるが、日本の首相は将来の軍隊派遣についての国会審議は行わず、閣議で決定する意向だといわれる。議会での審議という条件抜きでは個々の軍隊派遣について社会一般の論議が行われるとは思われない。福島原発の事故以来、明らかになった日本の政治家たちと一般国民の間の溝は、今回の安倍政権の決定でますます広がることになるだろう。
今回の安倍政権の決定を前に日本の現行憲法制定の歴史と歴代自由民主党政権の平和憲法に対する姿勢を取り上げた記事もいくつかあったが、前出の「ジュートドイチェ・ツァイトゥング」の7月1日の記事は特に印象に残った。同じくナイトハート記者によるこの記事には、日本占領軍最高司令官だったアメリカのマッカーサー将軍の手記から「戦争は双方を破壊する」という言葉を引用して彼の反戦思想に言及したり、1976年に当時の三木武夫首相が平和憲法の思想に基づき、国防予算を全体の国家予算の1%に制限し、「日本の安全保障は武力でなく外国貿易によって築かなければならない」と語ったりしたことなどが書かれていたからだ。ナイトハート記者はもちろん、憲法の平和条項削除を最初に試みたのは安倍首相の祖父岸信介元首相だったことを記しているが、1990年の湾岸戦争に際してアメリカが日本にも米軍主導の多国籍軍に参加するよう要請した際、当時小沢一郎が人権侵害に対する国連主導の活動に日本が参加することには賛成したが、集団的自衛権は拒否したことなど、日本では一般にあまり知られていないこともいろいろ書いている。
日本国民の間の抗議運動について詳しく伝えているのは、「ディー・ヴェルト」のゾニア・ブラシュケ記者だ。彼女は「安倍首相が押し通した憲法の“新しい解釈”は、ただちに平和主義からの撤退を意味する」と書き、「国会で審議せず、与党の自由民主党と公明党の間でわずか6週間協議しただけで決定した安倍首相のやり方は、日本の民主主義を空洞化するものである」と多くの日本人が反対していることを報じている。同記者はまた日本のマスメディアのあり方、特に最近のNHKの報道を批判している。解釈改憲に反対する官邸をとりまく抗議デモに大勢の人が参加しても、抗議デモについては報道しなかったり、参加者数万人を数千人と伝えたりする政府寄りの報道がまかり通っていると指摘している。
最後に書籍紹介の欄で夏目漱石の作品『こころ』について詳しく紹介したスイスの代表的なドイツ語の新聞「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」の記事で発見した論調をお伝えしておく。女性記者のダニエラ・ダーン記者は、日本の憲法のいわゆる平和条項や最近の日本のナショナリスティックな傾向を説明した後、「軍事的攻撃を禁止している日本の平和憲法は、第二次世界大戦中の日本の攻撃性に対する責任を間接的に認めたものであるため、安倍政権にとっては受け入れられないものであり、時代遅れのものとして解釈改憲をしてでも変えたかったのだ」という見方を示している。