ドイツは原発なしでやっていけるだろうか

ツェルディック 野尻紘子 / 2021年11月7日

ドイツは2011年に、フクシマの事故を契機に2022年末までの段階的な脱原発を決定した。そして2020年には、2038年までの 脱石炭火力発電を、今年6月には、2045年までの脱炭素化社会(カーボン・ニュートラル)達成も決めた。ところがこの10月12日に、フランスのマクロン大統領は原発のルネッサンスを提案した。ドイツではそれをきっかけに、エネルギー政策についての議論が高まっている。

ドイツの脱原発決定は、事故の際に発散される、人体に多大な害を与える放射線の拡散を防ぐことと、永遠に危険な、放射性廃棄物の処理問題がまだ解決されていないことに起因する。また脱石炭火力発電は、地球温暖化の原因である温室効果ガス(主に二酸化炭素)の大量の排出を防ぐためだ。ドイツは、地球温暖化を避けるためには、さらに社会生活や生産活動の全ての分野で、二酸化炭素の排出量を実際にゼロにすることが必要だとし、2045年までの脱炭素化社会も決めた。原子力や石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料に取って代わるのは、最終的には再生可能電力だとされる。ただ、ドイツはグリーンな再生可能電力だけでやっていけるだろうか。そしてそもそも、脱原発、脱炭素後に十分な電力が確保できるのだろうか。

脱炭素化社会を達成するためには、生活や生産などのほとんど全ての分野でエネルギー源としてのガソリンやディーゼル、天然ガスや石炭、コークスなどの使用が許されない。そうなると、交通も建物の暖房も電動になり、鉄鋼や化学製品、セメントの生産なども電力でまかなうか、その代わりに水素を使用したりするなどしなければならない。水素は自然界に存在しないから、現在は主に天然ガスなどから作られている。しかしその際には、二酸化炭素が発生する。水素は、再生可能電力を使って普通の水を分解して作り出すこともできる。そうすれば、本当に気候には優しいのだが、その際のエネルギーロスは非常に大きく、現在の技術では、約30%が失われると言われている。

ドイツの電力消費量は、現在年間約580 テラワット時(TWh)だが、この量が将来大きく増えるのは自明のことだ。ただ、第4次メルケル政権の連邦経済・エネルギー相(9月の連邦議会選挙後に、まだ新政権が誕生していないので、現在も暫定的にエネルギー相)は、この7月になってやっと、2030年のドイツの電力需要は約665 TWh になるだろうと発表したばかりだ。この数値に対しては既に化学業界から、「それでは到底足りない」とする声があがっている。「業界が今までと同じように生産を続けるためには、現在ドイツで消費されているのと同量の電力、つまり新たに約580 TWh が必要だ」と指摘しているのだ。

一方、ドイツ政府は、 ドイツが2045年にカーボン・ニュートラルになるためには、二酸化炭素の排出量を2030年までに1990年比で65%削減しなくてはならないと決めている。ドイツ全国再生可能エネルギー連盟(BEE)は、同連盟の発表した「将来のためのシナリオ」の中で「その目標値を達成するためには、(例えば)現在60万台までに普及した電気自動車の台数を2030年までには1300万台にしなければならない。また、現在100万台設置されている暖房用のヒートポンプの台数は2030年までに700万台に増やさなければならない」と 書いている。そして、そのためにだけでも2030年のドイツの電力需要は、現在の総電力需要より約33%も多い745 TWhになるだろうと指摘している。BEEは、その需要を満たすためには、風力発電の発電容量を現在の2倍に、太陽光発電は4倍に増やす必要があると見ている。ということは、2030年の再生可能電力の発電量は、少なくとも575 TWh 、つまり昨年の再生可能電力の発電量であった 250 TWhの倍以上に増えなければならないという。BEEはさらに、2030年の再生可能電力の発電量は総合では約1080 TWh までに増やさなければならないと考えているようだ。

なお、ベルリンにある著名なドイツ経済学研究所(DIW)のクラウディア・ケムフェルト教授も、ドイツの2030年の電力需要を1000 TWh 強としている。また現在、連邦議会選挙後の新しい政権作りの交渉を重ねている社会民主党(SPD)と緑の党、そして自由民主党(FDP)の3党は、予備交渉の結果をまとめた12ページの文章の中で、脱原発後の電力需要を、一時的に新たに建設するガス火力発電で補うとしている。ガス火力発電は、石炭火力発電に比べて、排出する二酸化炭素が比較的少ないのだ。

とにかく、 ドイツでは将来、非常に大量の電力が必要になる。二酸化炭素を排出する化石燃料が使えないとなると、巨大な量の再生可能電力が鉄鋼業界やセメント業界でも必要になる。飛行機はケロシンが使えなくなり、船舶も重油では航海できなくなる。これらの乗り物に重いバッテリーを搭載して運航することはほとんど無理なので、水素を使ったり人口燃料を導入したりする構想もある。しかし、それらの燃料を作る際にも、再生可能電力は必要になる。

ところで、ドイツは現在、国内で消費する石油や天然ガスなどのエネルギーの8割以上を外国から輸入している。そして将来もおそらく、エネルギーの輸入なしでは、生活が営めないし、経済も成り立たない。そのために、太陽光の強いアフリカ大陸や南アメリカ大陸でソーラーパネルを使って再生可能電力を生産し、それで水素を作り出して、船でドイツに運ぶという構想も考えられている。しかし、まだ小規模な実験が行われている段階で、本格的な実現化には至っていない。また、生産を託する相手国の選択もなかなか難しいようだ。

ドイツは今までは電力輸出国で、今年もまだ、そのことに変わりはない。しかし、これから国内の電力消費が大きく伸びることは確実で、脱原発と脱石炭火力発電が完了した後に、電力が不足することも考えられる。その時に、隣国フランスから原発電力を輸入することになるのでは、ドイツの脱原発の意味が全くなくなってしまう。

そのことに気づき、それならば、むしろドイツの脱原発の時期を数年遅らせてはどうかなどと考えるドイツ人が少し増えてきた矢先の10月12日、エマニュエル・マクロン大統領が新たな原発促進の提案をした。また、その直後の22日には、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長がブリュッセルで行われた首脳会議後の記者会見で、原発を、二酸化炭素をほとんど排出せず、再生可能エネルギーと共に持続可能な技術だと位置づけ、「安定的なエネルギーである原発は欧州にとり必要だ」と強調した。同氏はドイツ国籍の政治家で、過去に旧西ドイツ地域で繰り広げられた長い激しい反原発運動を熟知しているはずだ。その彼女が、しかもメルケル首相も居合わせた記者会で、原発をクリーンエネルギーだとしたことに、ショックを受けたドイツ人は決して少なくない。

公の場で、「脱原発と脱石炭火力は順番が逆だった」と初めに言い出したのは、9月の連邦議会選挙の際に、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の首相候補として出馬したノルトライン・ヴェストファーレン州の前州首相アルミン・ラシェット氏だ。同氏が選挙戦で脱原発の期限に関して、もっと詳しく話さなかった理由は、自らが選挙戦の援助を求めていたアンゲラ・メルケル氏を批判するわけにはいかないと考えたからだろうと推測する人もいる。同じく、「脱原発と脱石炭火力の順番が逆だった」と唱えるのは、世界最大規模の総合化学企業であるBASFの ユルゲン・ハムブレヒト前社長だ。同氏は、福島事故の直後にメルケル氏が召集した、ドイツの原発の将来を判断する倫理委員会のメンバーで、今は「原発と石炭火力発電からの同時の撤退は、間違いだ」と語り、電力の安全供給を心配しているという。

ドイツの世論調査機関であるアレンスバッハが、6月初めに原発支援者グループの依頼で行った調査によると、調査対象者の56%が「メルケル氏の脱原発決定は正しかった」、26%は「間違いだった」と答えたという。 しかしこの10月末に世論調査機関であるユーゴヴが「ヴェルト・アム・ゾンターク」紙の依頼で 行った世論調査では、ドイツ人の50%が「計画されている原発の停止は取り消すべきだ」、あるいは「取り消された方が良い」と答えたという。「計画取り消しに反対だ」と答えた人は36%、無回答は14%だった。同調査機関の昨年9月の調査では、まだ約60%が、「原発は計画通り停止されるべきだ」と答えていたという。以上のように世論調査の結果が大きく推移している背景には、今年になって決まった 2045年までのカーボン・ニュートラル達成があると思われる。さらに、この秋に入ってから急に高騰し出した輸入エネルギーの価格がこうした傾向に拍車をかけているようだ。

脱原発がまたテレビのテーマになっている。10月31日のドイツ公共第一テレビの日曜日の記者討論会「プレッセクルップ」に参加したフランス通のフリージャーナリストは、「フランスは再生可能電力の促進が遅れているから、古い原子炉に頼るしかない。しかし原発の稼働期間を40年から50年に延長したことで、安全対策がより重要になり、そのためにお金が掛かるので、フランスの電気料金はこれから次第に高くなるだろう。そしてそれとは逆に、再生可能電力のために安くなるドイツの 電気料金を、フランス人は羨ましく思い、そのうち原発も好まなくなるだろう」と語った。一方、全国紙の「フランクフルター・アルゲマイネ」の記者は、「一時期、天然ガス火力発電を使うことと、過渡期に、市民への経済的負担を軽減するために、実用的に考えて、現在まだ稼働している6基の原発の稼働を15年程度延長しても良いのではないだろうか」という意見だった。週刊新聞「ディ・ツァイト」の記者は、「ドイツでは、原発稼働延長に対する世間の支持は得られないだろう」と語った。そして「原発稼働を延長すれば、二酸化炭素をできるだけ早く削減しなければいけないという圧力がなくなるので、カーボン・ニュートラル達成が遅れる」と警告した。経済新聞「ハンデルスブラット」の記者は「我々には何をしなくてはならないかが分かっっているし、我々はそれができると思う。 再生可能電力には、国土の面積の2%を提供し、発電量を現在の2、3倍に増やさなければならない。そして、ガス火力発電装置が許可手続きのトラブルなどで2030年までに完成しないことなど、あってはならない。原発の稼働延長を、嫌がる原発運営企業に強制することはできない。脱炭素化社会までの道のりは厳しいが、うまく行かないかもしれないという心配はしていない」と述べた。

地球の温暖化の影響が一段と厳しくなっていることは、この夏の世界各地での山火事や熱風、豪雨や洪水に現れている。現在、英国のグラスゴーで開かれている国連の気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)でも、二酸化酸素の削減が最も重要で緊急のテーマになっている。

関連記事:原発に固執するフランス

Comments are closed.