環境保護に進むバチカン - “化石”に戻る日本?

あきこ / 2015年7月5日

先月、ドイツ南部のエルマウ城で行われた先進7カ国首脳国会議(G7サミット)に関して、その反響やドイツのメディアがどのように報道したのか、このサイトでも詳しく伝えている。とくに、温室効果ガス排出量の大幅削減、「脱炭素化」の実現という目標がG7参加国の首脳によって支持されたことは、特筆に値する。地球環境を守ろうという動きに対して、G7だけではなく、ローマからも強力な支援が世界に向けて宣言された。

 

「ラウダート・シ(主を賛美せよ)」と題された教皇フランシスコの回勅が6月18日に発表された。回勅とは聞きなれない言葉だが、ローマ教皇から全世界のカトリック教会の司教に送られる文書で、カトリック教会では大きな重要性を持つ。教皇フランシスコとしては「ルーメン・フィデイ(信仰の光)」と題する回勅に次ぐ2つ目のものである。バチカン放送局は、「教皇はこの回勅を通して、わたしたちの家である地球が上げている叫びに耳を傾け、皆の共通の家を保全し、責任をもってその美しさを守るために『方向性を変えていく』よう、『環境的回心』を呼びかけている」と伝えている。約200ページに及ぶ回勅の要旨については、バチカン放送局の日本語サイトで読めるので、ここでは省略する。

日本ではカトリック信徒数が少ないためか、大手メディアが取り上げることはなかったようだが、ドイツではこの回勅について様々な角度から大きく取り上げられた。人口約8100万のうち、キリスト教徒が5000万弱、そのうちカトリック教徒が2400万というのがドイツ連邦統計局の数字で、人口の約30%がカトリック教徒ということになる。報道の頻度が高いのも頷ける。ちなみに、世界のカトリック信徒は約12億人、フェースブック利用者とほぼ同数とされている。

ベルリンの日刊新聞「ターゲスシュピーゲル」は、「一層の気候保護を求める教皇フランシスコ」、「バチカンの正面攻撃」と題する2つの記事に加えて、「十戒」に続く「第11番目の戒めを厳かに発表する教皇」という風刺画を載せている。「環境のために闘う回勅」(週刊誌「シュピーゲル」)、「緑になる教皇」(南ドイツ新聞)などなど、カトリックの最高指導者の気候変動に対する強い姿勢が読み取れる記事が発表されている。

全国紙「フランクフルター・ルントシャウ」は、「回勅公表の席に自然科学者が同席したことは、今までのバチカンではなかった。同席したドイツの科学者シェルンフーバー教授(ポツダム気候影響研究所所長、世界気温上昇2℃を主張してきた)とその仲間の科学者たちが長年発し続けてきた環境破壊に対する警告は、この回勅で強力な支援を得た」と書いている。同教授は教皇のアドバイサーとして、1年の歳月を要した回勅の作成に携わってきた。週刊誌「シュピーゲル」オンライン版は、ローマ教皇が回勅作成を決めた時点で、産業界(とくに石油・ガス・石炭関連のエネルギー業界、自動車業界など)、経済界、各国政府からも利益損失を危惧する声が上がったと述べている。

例えば、シカゴにある保守派のシンクタンク「ハートランド研究所(Heartland Institute)」は職員を教皇庁に派遣し、「世界を悪くするだけの屑のような科学者や政治家のために、教皇の偉大な道徳的権威を用いるという過ちを犯さない」ように警告させた。さらに「人間の行為によって気候の危機を逃れることはできない」ことを、教皇に明らかにするよう努力した。

エネルギー企業エクソン社もバチカンに専門家を送りこみ、同社が考える環境保護についてパワーポイントを用いてプレゼンテーションした。カトリック教会内部からも回勅に批判的な声が出た。ワシントンのドナルド・ワーレル大司教は、「環境保護は確かに重要ではあるが、経済的発展を損なうものであってはならない」と述べた。

その一方で、教皇を支援する声も多かったと「シュピーゲル」は指摘する。例えば、潘基文国連事務総長である。彼は、今年12月にパリで開催される気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)の強力な支援として、教皇の回勅に大きな期待を寄せていたという。また、世界中の環境保護団体の期待も大きい。ブラジルの環境保護団体「オブザバトリオ・ド・クライマ」が制作した動画は、地球を破壊しようとする石油・石炭・ガス会社と闘う教皇をスーパーヒーローとして描いている。

ドイツのミュンスターにある「再生可能エネルギーのための国際経済フォーラム」は教皇の回勅を歓迎するドイツの政治家の反響をまとめているが、その中でバルバラ・ヘンドリクス連邦環境大臣は、「回勅は、気候と環境の保護のために積極的に活動する人々に追い風となるだろう。回勅が、気候変動の激しさを矮小化しようとする保守勢力に対して説得力を持つものとなることを期待する。教皇が指摘するように、問題の核心は環境保護と社会の問題は切っても切り離せないことだ」と述べている。

さて、今年の6月はG7の首脳宣言、ローマ教皇の回勅と、環境保護についての強い意志表明が続く一方で、日本にとってショッキングなニュースが流れた。6月上旬、ボンで開催された国連気候変動会議で、日本が3つも「本日の化石賞」を受賞したというのだ。「本日の化石賞」とは、日々の交渉で最も後ろ向きな国の政府に対して世界の環境NGOネットワークが贈る不名誉な賞のことで、今回は、3つの化石賞をすべて日本が単独受賞したという嬉しくないニュースである。日本の温室効果ガス削減の目標値が極めて低い(一見高そうに見えるのは、基準年をずらしているから)、「世界気温上昇2℃未満」というG7の国々による提案を日本が妨害、途上国における石炭火力発電プロジェクトを日本が資金援助、というのが3つの「化石賞」の受賞理由だ。詳しくは Climate Action Network Japan のサイトに記されている。

温室効果ガス削減目標について、日本は基準となる年を2013年に設定し、2030年には2013年比で26%削減という削減目標の数値を出したが、これは他のG7諸国が基準としている1990年比にすれば、18%という低い数値になる。このような「ごまかし」は決してフェアとは言えない。気候変動に対して、先進工業国の日本が「化石」とならないためにも、教皇フランシスの厳しい声に耳を傾けるべきではないだろうか。経済格差が広がる中、多くの貧しい人々の犠牲の上に成り立つ経済成長を求める体制を変えるには、一人一人の人間、とくに豊かさの中にいる人たちが変わらなければならないという教皇のメッセージが、日本も含めたカトリック以外の世界にも広まれば、今、成長しつつある子どもたち、そしてこれから生まれてくる世代にも住みやすい地球環境を残せるだろう。

 

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