来るだろうか、コロナ予防接種の義務化

ツェルディック 野尻紘子 / 2022年2月27日

世界中の人々が心待ちにしていた新型コロナウイルス感染症に対するワクチンが、驚くほどの速さで2020年11月に完成してから1年以上が経つ。ドイツでは既に昨年7月末から、希望さえすれば誰でもワクチンの接種が受けられるようになった。そして市民のワクチン接種率は夏に50%を超えた。しかしそれ以後は、伸び悩むようになってしまった。そのため、予防接種の義務化が議論されている。予防接種に反対する人が少なくないドイツで、果たして接種が義務になるだろうか。

ドイツでは 2020年12月から国の指導で予防接種が始まり、最初は、誰からワクチンの接種を始めるかが真剣なテーマになった。そして高齢者や医療従事者を優先することが決まった。当初は、誰もが1日も早くワクチンの接種を望んでいるように見受けられた。しかし対象者の年齢が徐々に下がり、誰でもが自由にワクチンの接種を受けられるようになると、今度はそれを希望しない人たち、それに反対の人たちが出てきた。

彼らは、従来なら10年近くもかかると言われるワクチンの開発が僅か1年間で完成したこと、そして新しいワクチンが今までのワクチンとは異なり、ゲノム分子であるリボ核酸(RNA)を通して予防効果を達成するという画期的なものであることに懐疑的なのだ。接種を受けると身体に何かの弊害があるかもしれない、何年も経ってから、体に変化が起こるかもしれないとも考えている。また以前から、予防接種は体を傷つけるものだとして強く反対する人たちが、ドイツには少なからずいる。さらに、パンデミックが始まって以来、コロナウイルスの拡散を防ぐために実施された各種の制限措置が、行動の自由などの基本的権利を奪ったとして不満に思っている人たちや、「新型コロナウイルスは疑わしい権力の陰謀だ」などと主張して毎週デモに参加する人たちの中にも、接種を拒む人たちが多くいる。単に、感覚的に嫌だという人もいる。

政治家たちは最初、「予防接種は自身を守るだけではなく、他人に病気を移すことも妨げる。しかし、接種の義務はない」と言い続けていた。しかしそれでは、ワクチン接種者の数が増えず、医師やウイルス専門家がパンデミックを抑えるために必要だとする80〜85%の集団免疫が得られないことが明らかになった。そこで予防接種義務化の考えが浮上したのだが、ドイツでは昨年9月に連邦議会の選挙があり、ドイツ人の嫌いな予防接種の義務化を選挙のテーマにすることは避けられた。また、選挙後には旧政権に権限がなくなり、選挙後の新政権樹立にも時間がかかった。

社会民主党(SPD)のオーラフ・ショルツ氏の率いる新政権は12月8日に成立した。そして連邦議会はその2日後の10日に、今年3月15日から医療従事者などを対象とする予防接種の義務導入を決定した。当時は、コロナウイルスのデルタ変異株が少し下火になってきていたが、新しい、感染性が非常に強いとされたオミクロン変異株が猛威を振るう直前だった。そこで、病院や老人ホーム、養護施設などで働く人達が、患者やホームの住人に感染させてしまうことは良くないという世間一般のコンセンサスも得られやすかった。その頃、ショルツ新首相は、ワクチンの接種率を年末までに80%に達成させたいと発言したが、それは満たされなかった。1ヶ月延ばした今年1月末にも達成できず、現在(2月25日の時点)やっと75.3%になったところだ。

驚くことだが、ドイツでは医療従事者の間にも予防接種を拒む人たちが意外に多い。100人以上の医療従事者は、接種義務に抗議し訴訟まで起こしたが、連邦憲法裁判所は先ごろ 、予防接種の危険性は非常に低いことを鑑み、それに反して患者や老人の感染を回避し、彼らの健康を守るためのこの法律が定める義務は 厳しすぎないと最終的に判断した。

この予防接種義務が施行さると一番心配なのは、予防接種を受けていない医療従事者が仕事を辞めなければならないことだ。医療従事者は、現在でも既に人手不足だ。そして特に看護師などは支払いがあまり良くないのに仕事は厳しく、長引くパンデミックで負担が大きく、疲労している人が多い。大勢が辞めてしまうと、医療崩壊にもなりかねない。しかしドイツでは現在、幸いにも日々のオミクロンの新規感染者数はピークを超えたし、予防接種を受けているオミクロン感染者は比較的軽症ですみ、重症患者は少ない。

昨年12月に医療従事者などを対象にした予防接種の義務導入が決まった頃から 、一般市民にも予防接種の義務を導入するべきだとの考えが広まってきている。コロナウイルスによるパンデミックを抑え込むには集団免疫の達成が不可欠なのだ。しかし、一般市民にも予防接種を義務付けることは、医療従事者を対象とするより更に難しい。連立新政権の中でも意見が一致していないのだ。そこで政府は、政府案は作らず、連邦議会に法案の作成を委ねることにした。 また、予防接種を打つかどうかは個人の良心の問題なので、議員たちも採決の際には、党議の拘束なしに、彼らの良心に従って投票することになった。

現在までに、5つの法案が提出されている。

1)SPD、緑の党、自由民主党(FDP)の3党で成立している連立政権の中の7人の議員からの共同法案。対象年齢は18歳以上。3度予防接種を受けていること。あるいは2度接種を受けており、感染から回復していること。法律は今年10月1日に施行され、有効期間は2023年末まで。

2)FDP議員が中心の法案。全ての18歳以上の市民は、今年9月15日までに予防接種証明か感染回復証明、または個人的に医師の相談を受けた証明を得ていなければならない。その上、次のコロナ波が発生すると分かった時には、50歳以上の市民に、必要に応じて、間に合うように新たな予防接種の義務を導入することができる。

3)別のFDP議員グループの法案。予防接種の義務化に反対する。どの政党も以前には予防接種の義務化を否定していたのだから、それを守り通すべきだ。

4)「ドイツのための選択肢(AfD)」の法案。予防接種の義務化導入に反対する。

5)キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の法案。この法案は「予防接種メカニズム」と命名され、政府が作成する予防接種の義務に関する法律を議会が事前に採択しておき、政府は2週間ごとにパンデミックの状況を報告する。そして新しいウイルスの変異株が発生した際などに、用意してあるその法律を施行する。その際、50歳あるいは60歳以上の市民、ライフラインを支える人たちや、学校・幼稚園・警察関係者などに予防接種の義務が生じる。

現在までに議会で決まっていることは、法案が3月17日に連邦議会で第一読会にかけられることで、第二、第三読会は4月第1週に行われる可能性が大きい。連邦議会での採決が速やかに進めば、法案は4月8日の連邦参議院で可決され、その直後に施行されるだろうという。

なお、義務というのは、誰しもがそれを守らなくてはいけないのだが、予防接種の場合、それを強制することはできないというのが一般的な理解になっている。そのために、接種を拒否する人たちには幾らかの罰金が課せられることになる。しかし、誰がワクチン未接種かということを調べることはプライバシーの侵害に繋がり、問題がある。また、誰がその確認をするかも、まだ決まっていない。

ドイツでは、非常に難しい社会問題を決める際には、よく常設のドイツ倫理委員会に意見を問う。倫理委員会のメンバーは26人で、彼らは社会を代表する識者たちだ。予防接種の義務化ということも、非常に難しい問題だ。倫理委員会のアレーナ・ビュックス会長は、外国人記者たちとの会見で、予防接種の義務化の目的は、それがなければ医療システムが本当に危険な状態に陥るので、そのことを避けるためのものでなければならないと言った。過去の例はどうだっただろうか、倫理的・法的実態はどうであろうか、その義務は実現可能だろうかなどと考える必要があると説明する。そしてその義務を遂行するためには、それを支える対策 が必要だと話す。例えば、理解を示さない人たちを個人的に招待して、理解が行き届くように助言する必要がある。そして導入する義務は、それ自体が釣り合いの取れたものでなくてはならないと語る。

これから予防接種の義務化が導入されても、それはオミクロン変異株にはもう関係がない。やって来るかも来ないかもまだわからない、新しい感染のための予防接種になるのだ。少なくとも、現在までに分かっていることは、2度のワクチン接種を受けて、さらにブースターも受けた人の大半は、オミクロン変異株に感染しても、 病気が軽くて済んでいるという事実だ。

 

 

 

Comments are closed.