バイデン候補の勝利に対するドイツの反応

永井 潤子 / 2020年11月22日

今回のアメリカの大統領選挙の結果を、ドイツほど固唾を飲んで見守った国はないのではないか。特にオバマ大統領と個人的に親密な関係を築いた後、この4年間、トランプ大統領と事ごとに対立したメルケル首相は、選挙の行方に気が気でなかったのではないか。そういう気持ちから、私は民主党のジョー・バイデン候補の勝利が明らかになった時点でのドイツの反応を振り返ってみることにした。

「私の最も好ましいパートナー」とオバマ大統領がしばしば口にしたメルケル首相は、選挙戦中沈黙を守っていたが、バイデン候補が過半数の270人の選挙人を確保し、勝利が確実になった11月7日の土曜日の夜、真っ先にバイデン候補と副大統領候補のカメラ・ハリス氏に対するお祝いの言葉を発表した。さらに9日の月曜日にはわざわざ開いた記者会見で改めて、ドイツとアメリカの関係の重要性を強調した。

ジョー・バイデン氏が第46代アメリカ合衆国の大統領に選出されたことに心からお祝いの言葉を述べます。バイデン氏は内政及び外交面で長年の経験のある方で、ドイツやヨーロッパのこともよくご存知です。私は彼との好ましかった会談のことをよく思い出します。また未来の副大統領、カマラ・ハリス氏にも心からのお祝いを申し上げます。移民の両親を持つ彼女が最初の女性としてこの地位につくことは、多くの人を勵し、アメリカの持つ可能性を証明するものです。私はハリス氏と知り合えるのを喜んでいます。

ハリス次期副大統領に対し、女性同士の連帯を示したメルケル首相だが、オバマ政権で副大統領を務めたバイデン氏とは何度も会っている旧知の中で、バイデン氏がベルリンにメルケル首相を訪ねたこともある。記者会見で先ず個人的なお祝いの言葉を述べたメルケル首相は、米独の友好関係について次のように語った。

アメリカとドイツの友好関係は、何十年にもわたって維持されてきました。また、両国では多くの人が個人的な米独間の友情を育んできました。これは私たちにとって共通の財産です。ドイツとアメリカのこうした友好関係は、今後何世代にもわたって保つべきものです。私たちは北大西洋条約機構(NATO)の同盟国同士でもあります。私たちは個人の尊厳や法治国家という価値観を共有し、利害関係も共通しています。アメリカと欧州連合(EU)の一員としてのドイツは、現代の世界が直面する困難な諸問題、例えばコロナ対策、気候温暖化やその影響、テロ対策などのグローバルな課題の解決に肩をならべて努力しなければなりません。また開かれた自由な世界経済の維持も極めて重要です。これは大西洋の両側での人々の繁栄の基盤となるものです。(中略)私たちは、これまでにも増して、自分たちの安全保障と共通の価値観を守るために努力する必要があります。ヨーロッパは既にその道を歩み始めています。

メルケル首相は、自らの敗北を認めようとはしないトランプ大統領の名前には全く触れずに、抑制した言葉でアメリカとドイツの関係の重要性を強調した。彼女は記者会見での発言を次のような言葉で結んだ。

紛争や対立の多い次期に大統領、副大統領に選出されたバイデン氏とハリス氏は大きな責任を引き受ける事になりますが、私は彼らと協力していくことを嬉しく思っております。お二人に(問題解決の)力と成功と神の祝福がもたらされますように。

記者会見を開いて、バイデン氏とハリス氏に祝福の言葉を送ったメルケル首相©️Bundesregierung

一方、フランク=ワルター・シュタインマイヤー大統領は、11月9日ドイツの代表的な全国紙「フランクフルター・アルゲマイネ」に寄稿し、「アメリカの第46代大統領にジョー・バイデン氏が選ばれたことは、ドイツとヨーロッパにとってのチャンスである」と指摘した。シュタインマイヤー大統領はまず冒頭で、「激しい選挙戦とかつて例のないほどの分裂の数年間の後、次期大統領に内定したバイデン氏の最大の課題は、当面内政問題にあるのは疑いないところである。我々はアメリカ国民が未来を目指した理想のもと、社会の融和に成功するよう願うしかない」と書いた後、バイデン氏の勝利がなぜドイツあるいはヨーロッパにとってのチャンスなのかと3つの点を挙げている。

まず第一にバイデン氏の勝利によって、大西洋を超えて我々を深く結びつけるものが再び前面に出てきたことである。1945年の敗北の後、我々ドイツ人に民主主義をもたらしたのはアメリカ人だった。そのドイツとアメリカの共通点は何かと言うと、両国とも今なお民主国家であるということである。そのことが多分他の地域、中国やロシアより両国を結びつける点である。(ノーベル文学賞受賞作家の)トーマス・マンは80年前に「民主主義が全世界で自明の理であるということは、疑わしいものになった」と語っているが、この命題は1940年当時と同様今日の世界にも当てはまる。理性に基づく民主主義はアメリカ人、ドイツ人、ヨーロッパ人、そしてすべての民主主義国の人々の欠かすことのできない人間的特性である。バイデン次期大統領のアメリカとともに非理性的なポピュリズムではない、理性に基づく世界を築くため、新しいチャンスを利用しよう。

第二に世界で最も強大な国であるアメリカが近視眼的な自国の利益を、他国への配慮なしに押し通そうという時代は終わったのである。同盟国重視の政策に戻るアメリカとともにグローバルな課題、例えばコロナ対策や気候変動に関するパリ協定を通じての協力、NATOを通じての安全保障問題での協力が可能になった。

第三にバイデン次期大統領が、EU加盟のヨーロッパとの関係復活を表明していることである。しかし、バイデン氏が大統領になっても、アメリカにとってヨーロッパが昔ほど重要ではなくなることは確かである。アメリカにとっての重要性は、今後アジアに軸足が移ると思われるが、経済的に強力なヨーロッパは、アメリカにとってやはり魅力的なパートナーである筈だ。従ってヨーロッパを安定した強固なものにするために全力を尽くすことが、ドイツには要請される。

シュタインマイヤー大統領は、こうした3つの点からアメリカとヨーロッパの間に新しいチャンスが芽生えたと結論づけている。

バイデン候補の勝利が明らかになったのは、中部ヨーロッパ時間の11月7日土曜日の夜で、日曜日には休刊する新聞が多いため、週明けの11月9日月曜日のドイツの各新聞のさまざまな論調を以下に紹介する。

「アメリカの大統領選挙については、多くの疑問と悪意のある論評が聞かれたが、にもかかわらず、バイデン候補の勝利は、何よりもアメリカの民主主義の勝利であり、この国の民主主義が機能していることの表れである」、こう書いたのはドイツ西北部、ニーダーザクセン州のオルデンブルクで発行されている新聞「ノルト・ヴェスト・ツァイトゥング」で、さらに次のように続ける。

アメリカの国民は大統領を選ぶ権利と同時に一旦選んだ大統領を落選させる権利を持っている。ドナルド・トランプ氏は、その資金力と法的手段を使っての脅し、現役の大統領としての権力、不正な選挙だという大掛かりなプロパガンダにもかかわらず、国民の”辞任要求”を防ぐことはできなかった。

「次期大統領の裁量の範囲が限られている」ことに注意を促しているのは、ドイツ西南部、バーデン・ヴュルテンベルク州のカールスルーエで発行されている新聞「ディー・バーディッシェン・ナーハリヒテン」である。

1月に予定されているジョージア州での上院の2議席をめぐる決選投票で、もし民主党の候補が勝たなかった場合、バイデン氏は大統領に就任しても依然として共和党が多数を占める上院と対峙しなければならない。そうなると、バイデン氏は意志に反して政治的なライバルと協力しなければならなくなる。バイデン氏はもともと政治的な経験に富んでおり、政治には妥協も必要なことを知っている。そういう事情を考えると、彼は古い秩序に戻ることはできるかもしれないが、新しい岸辺への突破口にはなれないと思われる。

ベルリンで発行されているオールタナティブな全国新聞「ディー・ターゲスツァイトゥング」は「副大統領にカマラ・ハリス氏が就任することは、文字通り二重の意味で一里塚を記すことになる」と歓迎している。

彼女はアメリカで二番目に高い地位につく最初の女性であると同時に最初の非白人である。この事実は長年政治の上層部で代表することが少なかったすべての少数派の層に対して、シグナルを発する効果がある。カマラ・ハリス氏は、進歩的な副大統領として、また、大統領を励まし、補佐する副大統領として歴史に残るに違いない。そのためにはしかし、この国の運命的な不平等の構造的な原因を取り除く包括的な政策が必要である。

同じくベルリンで発行されている日刊新聞「デア・ターゲスシュピーゲル」は、「これまでの人生で、多くの”女性初”を経験してきたカマラ・ハリス氏は、さらにガラスの天井を突き破る可能性がある」と書く。

チャーミングでエレガント、そして主張を通す頑固さ。インド人の母とジャマイカ出身の父との間に生まれた彼女は、すべての女性、そして特に移民の家族にとって、新しい世界を開いた希望の星である。この新しい世界で彼らは、アメリカでは何にでも、副大統領にでもなれることを知った。さらには大統領になるのも不可能ではない。カマラ・ハリス氏は、最も人気のある将来の大統領候補とみなされている。

南ドイツのレーゲンスブルクで発行されている新聞「ディー・ミッテルバイエリッシュ・ツァイトゥング」は、「バイデン候補の勝利によってアメリカの外交政策に新たな動きが生まれる」と期待する。

バイデン候補が、当選の暁にはアメリカが国際的なプロジェクトや国際協定に戻ると宣言していることに勇気付けられる。もちろん気候変動防止のパリ協定に形式的に復活しただけでは、何もなされたことにはならないが。

「ヨーロッパ人に強い自覚を持って積極的に行動するよう促しているのは、フランクフルトで発行されている全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」だ。

バイデン次期大統領が必要とするのは、風が吹けばすぐ倒れてしまうような相手ではなく、堅固なパートナーだ。世界が直面する課題を解決するために、アメリカは強力なパートナーを必要としているが、ヨーロッパがそれに当たる。逆にヨーロッパは安定したアメリカを必要としている。バイデン氏が次期大統領に選ばれたことで、希望が生まれた。同時に我々に新たな課題も生まれ、それから目を背けることはできない。民主主義者が協力して“西側”の価値を強固なものにするチャンスを、我々は利用しようではないか。

「フランクフルター・アルゲマイネ」の論調は、シュタインマイヤー大統領の主張とほぼ一致する。

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