ようやく第4次メルケル政権樹立の見通し

永井 潤子 / 2018年3月11日

難航していたドイツの新政権樹立へのプロセスは、ドイツ社会民主党(SPD)が最後のハードルを超えたことにより、一気に前進した。昨年9月24日の連邦議会選挙から6ヶ月近く経って、ようやく来週、第4次メルケル政権が成立する見通しとなった。最近の動きを振り返る。

3月4日の日曜日、中部ヨーロッパ時間の朝9時、ドイツおよびヨーロッパの政治に関心を持つ多くの人たちの目はベルリンに向けられていた。この時、ベルリンのSPDの本部であるヴィリー・ブラントハウスには世界中の報道陣が集まり、SPDの全党員の投票結果の発表を待っていた。第4次メルケル政権が成立するかどうか、全てはこの投票結果にかかっていたのだ。

メルケル首相が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)とバイエルン州を基盤とするその姉妹政党、キリスト教社会同盟(CSU)、それに国政第2党のSPDの首脳部は、2月7日、引き続きいわゆる大連立を組むことで合意し、177ページ、14章にわたる連立協定を発表した。しかし、これで直ちに新政権樹立とはいかなかった。SPD側は、この連立協定に賛成かどうかを46万人以上にのぼる全党員の郵便投票にかけることにしていたからである。その郵便投票は2月20日から3月2日まで行われた。開票は、全国から集まった120人の党員の手で3月3日の夜から徹夜で行われた。その結果発表が3月4日、午前9時とされていたのだ。

3党の首脳部が新政権樹立の交渉で合意した連立協定は、「国民の誰もが何らかの恩恵を被るものだ」とされ、児童手当の引き上げなど子供への支援や高齢者対策など、そこには社会福祉政策に力を入れるSPDの主張が約70%反映していたと言われた。また、閣僚のうち1番重要視されている財務相をはじめ、外相など6人がSPDの閣僚で占められることになったのも、交渉にあたったSPD首脳部の成果だとみられた。しかし、肝心のSPDの党員の中には、党がメルケル政権に参加している限り、党の退潮傾向は止まらないとして、与党になることに反対し、野党として党の改革に集中するべきだと主張する人が特に党青年部を中心に根強く存在した。党青年部は「10ユーロ(若者の2ヶ月分の党費)を払って党員になり、大連立に反対票を投じよう!」というキャンペーンを展開し、新党員が急激に増えた。その結果、反対票が多数を占めて大連立が否定される可能性が全くないわけではなかったため、緊張感は極度に高まっていた。

約40分遅れで発表された投票結果は、賛成66.02%、反対33.98%というものだった。予想以上に賛成票が多かったにも関わらず、見守る大勢のSPD党員の中からは不思議なことに歓声一つ上がらなかった。それを不思議に思った記者の一人は「党首脳部が指示を出したのか」と尋ねたが、オラフ・ショルツ暫定党首はそれには答えず、「我々の方針は明確になった。次期政権に参加することが決まった。CDU・CSUとの連立協定を認めるかどうかの決定は、簡単ではなかった。しかし、議論を通じて党内の相互理解は深まった」と淡々と答えるにとどまった。ショルツ暫定党首は、6人の閣僚人事についても男女半数ずつになる」と述べただけで、具体的な名前をこの日は明らかにしなかった。

賛成票が約3分の2と予想以上に多かったのは、もし選挙のやり直しということになった場合、SPDの得票率がさらに下がる可能性があるとみられ、それを避けたいという党員の意思が働いたとみられている。最近のアンケート調査によると、SPDの支持率はわずかに16%で、去年の選挙で12%を獲得した右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、票を2−3%伸ばすと予想されている。

「眠れない夜が続いていた」というアンドレア・ナーレス連邦議会議員団団長(次期党首に指名されている女性)は、「こういう結果になって嬉しい。投票結果は、党を分裂させるものではない」と控えめに喜びを語っていた。前党首のマルティン・シュルツ氏も「この投票結果は、ドイツとヨーロッパを前進させ、SPDを強化する」と喜びを表わしていた。これに反して党青年部長のケヴィン・キューネルト氏(28 歳)は、「投票結果には失望している。しかし、これからも党首脳部のやり方を監視し、必要な場合には批判する」と語っていた。

SPDの投票結果で最後のハードルが取り除かれ、第4次メルケル政権樹立への道が開かれたわけで、一番利益を得たのはメルケル首相だとみられている。そのメルケル首相は「SPDが明確な結論を出したことに、おめでとうと言いたい。我が国の繁栄のために今後もSPDと協力することができるのを嬉しく思う」と述べた。フランスのマクロン大統領も「SPDの投票結果は、ヨーロッパにとって非常に良いニュースだ」と歓迎している。いずれにしてもこの投票結果にホッとした一般の人は少なかった。この日私が会ったり、電話で話したりした10人を超える人が全員、「ホッとした」「よかった」と語っていたことが、そのことを証明している。

 

3月9日、SPDは閣僚6人の名前を正式に発表した。前日には、最近の世論調査で国民に1番人気がある政治家であるジグマール・ガブリエル外相、ベテランのバルバラ・ヘンドリックス環境相(女性)が、次期政権には属さないことが明らかになっていた。閣僚入りが決まった6人は、9日朝、次期党首に指名されているナーレス氏と共に記者会見に現れたが、ナーレス氏を含む7人のうち女性が4人で、男性が3人、女性優位が視覚的にも印象付けられた。女性閣僚の名前はシュルツ暫定党首が、男性閣僚の名前は女性のナーレス氏が発表したのも新しいことだった。

暫定党首のオラフ・シュルツ氏(現ハンブルク市長、59歳)は財務相兼副首相に、注目された外相にはハイコ・マース氏(現法相、51歳)が横滑りする。マース氏の後任として法相に就任するのは、現家庭・女性・青年相のカタリーナ・バーレイ氏(法律専門家、女性、49歳)である。SPDの閣僚人事で、もう一つ注目されたのは、東部ドイツ出身の政治家が閣僚入りするかどうかだったが、白羽の矢が当たったのは39歳の女性、ベルリン・ノイケルン地区の区長、フランチスカ・ギファイ氏だった。東部ブランデンブルク州、オーダー河畔のフランクフルト出身の同氏は、ベルリン市の中でも移民の背景を持つ人が多く、問題が最も多い地区の区長に就任以来、「出身を問わずここに住む全区民のために問題解決を図っていく」ことをモットーに、明瞭な発言と実行力、人間的な魅力で注目されてきた。その彼女が新内閣の家庭・女性・青年相に抜擢されたのだ。SPDが重視する労働・社会相には、元党幹事長のフーベルトゥス・ハイル氏(45歳)が、また環境相にはノルトライン・ヴェストファーレン(NWR)州出身のスヴェンヤ・シュルツェ氏(中央政界では名前が知られていないが、州政府での経験豊かな女性、49歳、前任のヘンドリックス環境相と同じNWR州出身)が就任することになった。平均年齢48.6歳で、SPDは3党のうちで最も若返りを実現させた。

SPDのこの閣僚人事について、ミュンヘンで発発行されている全国紙、南ドイツ新聞は、「抜きん出た大物政治家が一人もいないチームワーク中心の閣僚人事」と論評していた。

アンゲラ・メルケル首相(63歳)が党首を務めるCDUはすでに閣僚名簿を発表しており、首相を含む7人のうち4人が女性となっている。CDUが重視する経済・エネルギー相には、首相府の元長官で、その後暫定財務相を務めたペーター・アルトマイヤー氏(59歳)が就任し、後任の首相府長官には、ヘルゲ・ブラウン氏(45歳、一般にはあまり名前を知られていないが、メルケル首相の側近のひとり)が就任する。メルケル首相は、強硬なメルケル批判派として知られた37歳のイエンス・シュパーン氏を保健相に抜擢して注目された。女性ではウルズラ・フォン・デア・ライエン氏(59歳)が国防相に留任するほか、新たにユリア・クレェックナー氏(45歳)が農業相に、アンナ・カルリツェック氏(46歳)が教育相に就任する。「60歳以下の閣僚を増やす」というメルケル首相の言葉通り、40代の閣僚が増えることになったが、CDUの閣僚の平均年齢は50.5歳で、 SPDの閣僚の若返りには及ばなかった。

閣僚の平均年齢が最も高かったのは、CSUの50.8歳で、党首のホルスト・ゼーホーファー氏(68歳)は、これまでCDUの管轄だった治安問題を担当する重要な内相に就任するが、次期政権では、これまでの内務省にふるさと部門が新設され、さらに建設部門も加わるスーパー内務省となる。ゼーホーファー氏は、バイエルン首相の地位を後任に譲り、連邦政府の閣僚入りするが、メルケル首相の難民政策に強力に反対してきた同氏の実力が問われることになる。CSUの閣僚3人のうち、後二人は経済協力・開発相に留任のゲルト・ミュラー氏(62歳)と新しく運輸相に就任するアンドレアス・ショイアー氏(43歳)だが、全員が男性であることは、この党の保守性を浮き彫りにした。新政権は閣僚の若返りと女性閣僚が増えること(16人中7人が女性)のほか、新しい顔ぶれが増えたことも特徴で、16人中10人が新顔である。

こうした3党の閣僚名簿が出揃ったところでいよいよ3月14日、連邦議会で連邦首相選挙が行われる運びとなったが、メルケル首相が多数の支持を得て連邦首相に四選されることは、確実視されている。新政権樹立まで約6ヶ月、これほど長い時間を必要としたのはドイツ連邦共和国成立以来初めてだが、その長い不安定な時期にようやく終止符が打たれる見通しとなった。新政権には内外の数多くの難しい問題が待ち受けている。メルケル首相は新たな任期、4年を全うする意向を明らかにしているが、3党の連立協定には2年後に連立を見直す可能性もうたわれている。

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