CDUの党首にラシェット氏

永井 潤子 / 2021年1月24日

新党首に選ばれて、挨拶するラシェット氏。9月の連邦議会選挙までは州首相に留まる。©️CDU

ドイツの与党で、保守中道のキリスト教民主同盟(CDU)は、1月16日、デジタル党大会で、ドイツ西部ノルトライン・ヴェストファーレン州首相のアルミン・ラシェット氏を新党首に選出した。昨年2月に辞任を表明していたアネグレート・クランプ=カレンバウアー党首の後任には、同州出身の3人の男性が立候補して、それぞれ党内で選挙戦を展開していたため、その結果が注目されていた。

3人の候補者のうち、連邦議会のキリスト教民主・社会両同盟の元議員団団長で、経済、財政問題に通じた人とみなされるフリードリッヒ・メルツ氏(65歳)は、メルケル首相によって党が左傾化したと批判し、保守党本来の姿に戻すと主張して、経済界や東部ドイツの党員、それに青年部の支持を集め、最も有力視されていた。ラシェット氏(59歳)は、ドイツ最大の州、ノルトライン・ヴェストファーレン州首相としての政治的経験が豊かで、メルケル路線の継承者と見られていたが、コロナ危機にあたっての政策の一部が批判され、最近の世論調査では、人気が低迷していた。3人目の候補者、ノルベルト・レトゲン氏(55歳)は元連邦環境相で、メルケル首相によって解任されるという過去を持つが、最近は連邦議会の外交委員会委員長として存在感を強めていた。党内に確固たる基盤を持たない同氏は、最初は問題外の候補者とみなされていた。しかし、同氏は党の未来は若返りと女性を活用すること、気候温暖化防止など環境問題に力を入れることなどにあると主張し、最近では支持者を増やしてきていた。

党首選出の当日、3人の候補者は、聴衆のいないベルリンの見本市会場で選挙前最後の演説を15分間ずつ行って、それぞれの見解をアピールし、1001人の代議員たちは自宅でその様子を見て、オンラインで投票した。これは党大会初めての試みだった。第1回の投票結果は、メルツ氏が385票、ラシェット氏が5票少ない380票、レトゲン氏は224票だった。過半数を得た候補者がいなかったため上位二人の間で決選投票が行われたが、その結果はラシェット氏が521票、メルツ氏は466票で、ラシェット氏が55票の差で逆転勝利した。55票の差というのは僅差だと言えるかもしれない。決戦投票では、第1回の投票で敗退したレトゲン候補の支持者もラシェット氏に投票したとみられ、レトゲン候補は、新党首に選出されたラシェット氏に全面的な協力を約束した。

壇上に立つ三人の候補者、AKK(左から二番目)と党幹事長(右から二番目)©️CDU

ラシェット州首相が新党首に選ばれたのは、党員の多くが、メルツ氏による保守回帰ではなく、メルケル路線の継続を望んだものとみなされているが、当日のラシェット氏が予想外の心を打つような演説をしたことも影響したとみられている。

アルファベットの順で最初にスピーチしたラシェット氏は、人々の意表をついて父親のことを話し始めた。父親はのちに教師になるまでは、アーヘンの炭鉱の地下深くで、炭鉱夫として長年働いたといい、地下で何よりも重要なのは同僚を信頼することだと日頃から言っていたという。そして「父親は幸運をもたらすものとして自分にこれをくれた」と言って、ラシェット氏はポケットから丸い金属板に813と刻まれたものを取り出した。父親が炭鉱夫として働いていた時の認識票で、いわば身分証明書のようなものである。ラシェット氏に対しては、協調的なタイプで政治家としてのカリスマ性に欠けるという批判があるが、それを十分自覚している氏は、それを逆手に取った形で、「今のCDUにとって必要なのは党内の分断を克服すること」であり、そのためには「チームワークのできる指導者が必要である」と主張した。このあたり、ライバルのメルツ氏を意識した発言だが、「自分は完全な演出ができるタイプではないが、自分はアルミン・ラシェットである。この自分を信頼して欲しい」と大見得を切って、代議員に訴えた。ラシェット氏に続いて演説をしたメルツ氏は、本来は演説の名士であるはずだったが、前回の党首選でアネグレート・クランプ=カレンバウアー(略称AKK)氏に敗れた時と同じように、今回もあまりぱっとした演説ではなかった。

2000年以来18年にわたってCDU の党首を務めたメルケル首相は、ヘッセン州議会選挙などでの大敗の後、2018年10月29日の記者会見で、「党首を辞任し、連邦首相は2021年秋の任期満了までは務めるが、それ以後は一切政治活動をしない」と宣言した。メルケル党首の後継党首は、2018年12月にハンブルクで開かれた党大会で最終的にAKK氏とメルツ氏の間で争われたが、この時もメルツ氏は僅差で彼女に敗れている。AKK氏は党首就任とともにメルケルの後継首相候補になる可能性もあると見られたが、2020年2月5日、東部ドイツ・チューリンゲン州のCDU支部が、ベルリンの党本部の意思に反して極右のポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」と協力して自由民主党の州首相を実現させたことに関連して、同支部の説得を試みたが、結局失敗した。こうしたことをきっかけに彼女の指導力を疑問視する勢力が増え、2020年2月10日、AKK氏は党首を辞任し、首相候補も辞退すると発表した。彼女が党首を務めた期間は430日と短かったが、次期党首を決める党大会が2度もコロナ危機が原因で延期されたため、辞任を表明してから340日間もの長い間党首を務め続けなければならなかった。

CDUの新党首選出について、ドイツの新聞論調を幾つかお伝えする。

「なぜメルツ氏が2度も党首に選ばれなかったのか?」と書いているのは、フランクフルトで発行されている全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」である。「ラシェットの危ない綱渡り」というタイトルの社説は、「それは代議員の多数が、党内の対立を癒し、和解に導くのに、メルツ氏の対立候補の方が適しているとみなしたからである」と分析する。

代議員の多数は、ラシェット氏の方が、党内をまとめ、メルケル時代が終わった後党員の大多数に受け入れられるような継続と改革との間のバランスを見出してくれると信じたのである。大きな実験に踏み切らないというのは、CDU 本来の性質に適っている。代議員たちは2年前と同じように、政治的にも、人間的にも予測可能だと思われる人物を選んだのだ。しかし、ラシェット氏はこれから大きく成長して、「彼はメルケルの男性版にすぎない」という悪意ある主張を跳ね返さなければならない。

「党大会がほとんど完璧な形で終わるなど、誰が考えただろうか」という言葉で社説を書き始めているのは、バイエルン州の州都ミュンヘンで発行されている全国紙「南ドイツ新聞」である。社説の筆者はしかし、それはCDUの党首にアルミン・ラシェット氏が選ばれたことではなく、初めてのデジタルによる党大会が外国からのハッカーの攻撃にもかかわらず、成功したことを指しているのだという。そしてCDUの党大会が党首にラシェット氏を選んだのは、メルツ候補の”負の功績”が大きいと分析した後、「スーパー選挙年」の始まりに当たって、まずは良いニュースだったと書くが、問題点も指摘する。

CDUは現在世論調査での評価は高い。しかし、党の目標と内容をよく見ると、言葉での主張以上のものは見当たらない。ラシェット氏ももちろん経済の振興を図るつもりだが、どのようにして?また、気候変動の防止は、正確にはどのような方法で実現するつもりなのか?目下はコロナ対策が中心的なテーマであるが、その後に来るこうした重要問題について、内容のある答えに欠けている。また、現在のCDUには以前に比べ傑出した人物が欠けていることにも気付く。

「南ドイツ新聞」は、さらにラシェット氏が「自分の下では、一人々々誰もが重要だ」と語ったことを取り上げ、もし彼が自分の言葉を真剣に捉えるならば、将来連立の相手に対しても、この原則を貫かなければならないことになると指摘する。そして、こうしたラシェット氏を選んだことで、CDUは一つの新たな試みに乗り出すことになったと見る。「スーパー選挙年」に当たって、この試みは多くの人が考える以上に勇気のあるものだが、リスクを伴うものでもあると結論づける。

バーデン・ヴュルテンベルク州の州都シュトゥットガルトで発行されている新聞「シュトゥットガルター・ツァイトゥング」は、新党首の直面する課題について具体的に指摘する。

アルミン・ラシェット氏は、CDUが未来に対応できる政党であることを証明しなければならないという課題を背負ったことになる。そのために何が必要かということは、ノルベルト・レトゲン候補が示している。すなわち党の若返りと女性の数を増やさなければならないということである。新しい党首も、それを無視することはできない。また、メルツ候補の敗退によって、CDUのなかで広い支持者を持つメルツ陣営が消え去ったわけでは、決してない。こうした状況では「分断ではなく和解」が党内でも今後の一致したモットーとならなければならない。

東部ドイツのザクセン・アンハルト州の州都マグデブルクで発行されている新聞、「フォルクスシュティメ」は、党首戦で敗れたメルツ氏のその後の態度を批判している。

2回の党首選の敗者であるメルツ氏は、今回の敗北の後党内での高い地位を要求した。彼は敗北したにもかかわらず、現政権の閣僚のポストを要求したのだ。この事実は、彼が真面目で信頼できる政治家でないことを自ら証明した。

これは、党首戦に勝利したラシェット氏がメルツ氏に対して、党内融和のために党の幹部に入って協力するよう求めたのをメルツ氏が断り、代わりに現政権で、メルケル首相に近いアルトマイヤー経済相のポストを要求したことを指している。このニュースは人々を唖然とさせたが、メルケル首相は政府スポークスマンを通じて、内閣改造する気は全然無いと答えて、直ちにその要求を拒否している。このことを知った多くの人は、メルツ氏が国民政党であるCDUの党首にふさわしい人物ではなかったと改めて思ったに違いない。

なお、CDUの党則はオンライン投票を正式な選挙とみなしていなかったため、ラシェット氏に対して、再度郵便投票が行われ、1月22日にその結果が発表されたが、氏は80%を超える代議員の支持を得て、当選が確認された。

私自身は2011年3月に福島原発事故が起こった時に連邦環境相だったレトゲン氏に共感を抱いていて、ラシェット氏のことをあまりよく知らないで敬遠していた面があり、慌てて少し調べてみた。それで初めてラシェット氏がベルギーからの移民の子孫で、祖父の代にベルギーに接するアーヘンの町に来たということを知った。アーヘンゆかりのカール大帝の血筋を注ぐ人だという説もある。フランス語を自由に使いこなし、フランス通であり、フランス政界とのつながりも強いという。子供の時から教会の合唱団で歌い、教会関係の仕事をずっと続けてきた敬虔なクリスチャンであること、大学で法律を学んだ後ジャーナリストの仕事をしていて、一時は教会関係の出版社の編集長をしていたことなども知った。そういえばレトゲン氏がノルトライン・ヴェストファーレン州の選挙をCDUのトップ候補で闘って敗退した後、ラシェット氏は同州選挙で勝利を収め、社会民主党の牙城だった同州で、自由民主党との連立政権を成立させるという選挙戦での強さも持っているようだ。

党首選にメルケル首相は介入しなかったが、自分の路線に近いラシェット氏を応援していたと見られている。©️Land NRW/Ralph Sondermann

私は彼を過小評価していたことを認めざるを得ない。そういえばメルケル首相も当初は過小評価された人だった。メルケル首相と同じように、はじめは過小評価されたけれど、実は有能な政治家であるのかも知れない。今後のラシェット氏の活動に注目していきたいと思う。ラシェット氏の最初の試練は、3月に行われる二つの州議会選挙で好成績をあげなければならないということだ。その直後に、秋の連邦議会選挙での首相候補が決定されることになっている。目下のところは、CDUの姉妹政党、キリスト教社会同盟(CSU)の党首で、バイエルン州首相のマルクス・ゼーダー氏の世論調査での人気が高いが、両者とも州首相として今はコロナ対策に追われており、どちらもコロナ対策で失敗を犯す可能性がある。このゼーダー氏を破って連邦首相候補に選出されるかどうかが、ラシェット氏の将来を決めることになる。

 

 

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