注目を集めたザクセン・アンハルト州の州議会選挙

永井 潤子 / 2021年6月13日

ザクセン・アンハルト州は、ドイツ統一後東部にできた新5州の一つで、人口約220万人、ドイツの16州のうち、人口では11番目に位置する小さな州である。州都は中世の由緒ある歴史的遺産を持つマクデブルク。このザクセン・アンハルト州で6月6日の日曜日に行われた州議会選挙が、かつてないほど全国的に注目を集めた。

ハレのマルクト広場に立つヘンデル像 ©️BD-LPSA/Klaus-Peter Röder

この州の州都に次ぐ大きな街は、古い伝統を誇る大学都市で、作曲家ヘンデルの生まれ故郷のハレである。州内には、このほか、宗教改革家のマルティン・ルターが、教会の扉に95か条の論題を打ち付けたと言われるヴィッテンベルクや標高1142mのブロッケン山を最高峰とするハルツ山地などがある。有権者180万人ほどのザクセン・アンハルト州の票の行方が今回特に注目されたのは、この州議会選挙で右翼ポピュリズム政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」が、第一党となる可能性があると見られたためである。また、今年9月に行われる連邦議会選挙前の最後の州議会選挙だったため、その結果が連邦議会選挙の行方を占う一つの目安を提供すると思われたからでもある。

ザクセン・アンハルト州では、これまでの10年間、キリスト教民主同盟(CDU)のライナー・ハーゼロフ州首相が、社会民主党(SPD)と緑の党との連立政権を組んできた。今回の州議会選挙の直前に行われた複数の世論調査では、CDUと AfDが接戦になることが予想され、中にはAfD がCDUを差し置いて第一党になると予想したところもあったため、良識ある人たちの危機感が高まっていた。CDUの州議会議員の中にもAfDと協力したいという人が増える中、ハーゼロフ州首相は「AfDとの協力はどんな形にせよありえない」と明確な姿勢を打ち出し、AfDに歩み寄りの姿勢を見せたCDUの内相を解任した経緯があった。そうした状況の中で特に最近ネオナチ的傾向を強め、連邦憲法擁護庁の監視の対象となっているAfDが第一党になるのを防がなければならないという気運が高まり、選挙戦の終盤にはCDUを選ぶかAfDを選ぶかといった二者択一の様相が強まっていた。

投票所の閉まった午後6時、ドイツ公共第一テレビ(ARD)と公共第二テレビ(ZDF)の選挙結果の予想が発表されると、ドイツ全土にホッとした空気が流れた。両テレビ局とも、ハーゼロフ州首相の率いるCDUの勝利を予想したからである。結果的にはAfDが第一党になるどころか、CDUとAfDの接戦という予想も全然当たっていなかったことが判明した。翌日になってから発表された暫定的選挙結果は、CDUがトップで、その得票率は37.1%に達していた。前回より7.3ポイント増というセンセーショナルと言える勝利だった。一方AfDの得票率は20.8 %で、3.5 ポイントも票を減らしている

各党得票率。左が2016年、右が今回の選挙(%)

連立の相手であるSPDの得票率は8.4%で、2.2ポイント減らし、最近世論調査で支持率の上がっていた緑の党も得票率は5.9%に過ぎず、わずか0.7ポイント増やしただけで期待外れに終わった。東ドイツ時代の政権党だった社会主義統一党の流れをくむ左翼党の得票率も11.0%で、この党も5.3ポイント減らし、結果的にはCDUの一人勝ちという結果になった。これはAfDが第一党になるのを阻止するため、他の党の支持者の一部がCDUに票を入れたためとみられているが、ハーゼロフ州首相の個人的な人気が大きな役割を果たしたことも確かである。前回二回の選挙では5%条項に阻まれて州議会に代表を送れなかった自由民主党(FDP)が、前回より2ポイント増やして6.4%を獲得し、州議会再進出を果たしたことも注目された。この結果、新しいザクセン・アンハルト州議会は、6党の代表で構成されることになり、連立政権の組み合わせの可能性は複数になった。ハーゼロフ州首相は「(AfD以外の)民主主義政党の代表と連立の話し合いを開始するが、党中央の意向に惑わされることなく、州独自の立場から連立相手を決めたい」と語っている。

CDUの大差での勝利に胸をなでおろした人たちは、ホッとしたのもつかの間、最近特にネオナチ的な傾向を強めて来ているAfDに投票した人が、それでもなお5人に1人もいることに衝撃を受けた。どういう人がAfDに投票したかというと、一番多いのは30歳から44歳までの年代の人で、30%がAfDに投票している。次に多いのが45歳から59歳までの27%で、18歳から29歳までの若い世代でもAfDに1票を投じた人が20%もいたことが注目される。またAfDを支持する人は女性より男性の方が、10ポイント以上多い。フランクフルトで発行されている全国紙「フランクフルター・アルゲマイネ」は6月8日、「女性と年金生活者がCDUを支持したため、ハーゼロフ州首相がAfDを制することができた」という記事を掲載している。

東部ドイツ出身のハーゼロフ州首相。メルケル首相同様物理学の博士号を持つ。敬虔なカトリック教徒。©️BD-LPSA/Gregor Anthez

ハーゼロフ州首相の勝因の一つは、CDUの党員の中にもAfDとの協力を望む人がいる中、ハッキリとAfDと一線を画す姿勢を打ち出したことだ。それにより他党の支持者の一部もCDUに投票することができたと分析されている。その他、コロナ対策で同じCDU ながらメルケル連邦首相らの打ち出す対策にしばしば反対して、ザクセン・アンハルト州の実情に沿った主張をしたこと、州首相としての2期10年間の実績が評価されたことなどが挙げられる。67歳のハーゼロフ氏は、もともと今回の州議会選挙には立候補せず、政治の世界から引退するつもりだったと言われていた。その彼に翻意を促したのが、メルケル首相とCDUの前党首、アネグレーテ・クランプ=カレンバウアー国防相、そして夫人の3人の女性だったと伝えるメディアもある。当初同氏が後継者とみなしていた州内相とのAfDについての意見の対立も、3度目の立候補を決意するきっかけになったと言われる。

今回のザクセン・アンハルト州議会選挙で、予想以上にみじめな結果になったのは、同州の州政権でCDUと連立を組んできたSPDだった。ベルリンの党本部のワルター=ボーヤン共同代表は、選挙直後に「まず第一に、AfDを制することのできたCDUのハーゼロフ州首相に敬意を表する」と述べていたが、SPDの得票については大いなる失望を隠さなかった。CDUと並んでかつては二大国民政党と言われたSPDはこのところ選挙のたびに支持率を下げ続けているが、ザクセン・アンハルト州でも前回は二桁の支持率を得ていたものが、今回は一桁に転落し、小党のFDPの支持率と大差なくなってしまった。これまでの連立与党としてSPDは成果を上げた面もあるにもかかわらず、すべてはハーゼロフ州首相の属するCDUの功績とみなされてしまったことにも悔しさがにじむ。同じような現象は連邦段階でも見られ、大連立政権でのSPDの功績は、評価されることが少ない。

緑の党も40歳の女性であるアナレーナ・ベアボック共同代表を連邦首相候補にすると発表して以来人気が上昇したため、二桁の得票率を期待する向きもあったが、わずかに票を増やしただけで5.9 %にとどまった。西側の都市中心の裕福な人たちの政党とみなされた緑の党は、もともと東部で支持率を伸ばすことが難しかったが、今回も気候変動対策に力を入れるという同党は、東部で票を集めることができなかった。ロバート・ハーベック共同代表は、「緑の党はもともと変革を求める政党だが、人々は変革を求めてはいないようだ。将来の気候変動対策の必要性について説得することに、成功しなかった」などと語っている。なお、州議会選挙直前に、CDUとAfDが接戦になるという世論調査機関の調査結果が発表されたが、それが当たっていなかったことが判明した。しかし、この調査結果が有権者の投票行動に影響を与え、結果的に世論調査の結果がCDUの勝利に一役買ったことを疑問視する声もある。

ザクセン・アンハルト州議会選挙の結果を受け、9月の連邦議会選挙の見通しが様々に論じられているが、ザクセン・アンハルト州の州議会選挙でのCDUの目覚しい勝利は連邦議会選挙でもCDUに有利に働き、ノルトライン・ヴェストファーレン州首相で同党の連邦首相候補であるアルミン・ラシェット党首が次期連邦首相になる可能性が高まったとする見方が一般的である。ハーゼロフ州首相はCDUとその姉妹政党、キリスト教社会同盟(CSU)との共通の連邦首相候補選出に当たって、CDUのラシェット氏ではなく、CSUの党首でバイエルン州首相のマルクス・ゼーダー氏を公然と支持したことで知られるが、自身の勝利でラシェット氏の連邦首相候補としてのチャンスが高まるという皮肉な結果になっている。

マグデブルクにあるザクセン・アンハルト州の州議会の建物。©️Landtag/Viktoria Kühne

選挙の翌日の6月7日、ドイツ外国人記者会との会見でベルリン自由大学のハーヨ・フンケ教授も「ハーゼロフ州首相が ザクセン・アンハルト州でセンセーショナルな勝利を収めた結果、ラシェット氏の立場が強くなり、連邦議会選挙でもCDUが勝利するだろう」との予想を明らかにした。また「AfDは確かに多くの票を獲得したが、有権者が同党の暴力性に気がついたので、今後支持者がこれ以上増えないのではないか」という見方も示した。同教授はさらに「連邦議会選挙の焦点は、やはり気候変動問題なので、緑の党は、気候保護対策は弱者に新たな負担を強いるのではなく、長期的に見ると社会政策の一つだということを東部の有権者に伝えていけるかどうかがポイントになる」とか「SPDにとっては今回の選挙結果は悲惨だったが、CDUとAfDの戦いになったため仕方がなかった。同党の連邦首相候補オーラフ・ショルツ連邦財務相兼副首相の人気が上がってきているので、彼の人気をSPD全体につなげていけるかどうかが課題となる」などと語った。

なお、6月10に発表されたZDFの「ポリットバロメータ」の世論調査では、やはり、CDU・CSU の支持率が先月より4ポイント増えて28%でトップとなっている。2位の緑の党は22%で、3ポイント減らし、3位のSPDは1ポイント増やして15%となった。AfDは先月同様11%にとどまっている。9月26日に実施される連邦議会選挙まで、余すところ約3ヶ月、途中長い夏休みが入るが、これからもいろいろなことが起こると予想される。

 

 

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