ロシアへの過大なエネルギー依存 ー ウクライナ危機で窮地に立たされるドイツ
ロシア軍による激しいウクライナ侵攻が2ヶ月も続いており、まだ終わりが見えてこない。欧州連合、特にドイツは、以前から石炭、原油、天然ガスなどの化石燃料をロシアから大量に輸入しており、今その代金がロシアの重要な軍資金となっていると言われている。そのため、ロシアからの化石燃料の輸入を減らすか、あるいは完全に断ち切るかが大きな政治的な問題になっている。輸入禁止は可能か、完全に禁止した場合にはどのような弊害が起きるのか、ドイツでの議論を中心にお伝えする。
ドイツのロシアからの化石燃料依存度は非常に高く、今年2月の時点では天然ガスの55%、石炭の50%、そして原油の35%をロシアから輸入していた。欧州連合(EU)全体ではロシアからの輸入が天然ガスは38%、石炭が28%、原油が26%となっている。ドイツの依存度が飛び抜けて高い背景には、まず、ドイツからロシアが距離的に比較的に近いことがある。天然ガスや原油をパイプラインを通して得ることが可能なのだ。価格の面でも、割安だったことが影響していたと思われる。また、旧東独地域は東欧圏の一部で、旧ソ連の資源に依存していたという歴史的な経緯もある。そしてさらに旧西独では、後にノーベル平和賞を受賞した社会民主党の党首で連邦首相(任期1969〜1974)だったヴィリー・ブラント氏の唱える「接近による変化」というモットーの下に、旧ソ連、旧東欧圏との取引は世界平和に役立つという 方針が貫かれてきた。このように旧ソ連に対して友好的な態度をとることは、旧東西ドイツが1990年に統一し、ソ連が1991年に崩壊して、その後にロシアが誕生してからも、大きく変わらなかったのだ。
ドイツがロシアから輸入する石炭の輸入量は年間約1800万トンで、約半分は火力発電用で、残り半分は工業用だ。ちなみに、ロシアの石炭で生産されるドイツの電力は総発電量の約9.3%を締めるそうだ。石炭の輸入先は比較的容易に変えることができる。産出国が米国、南アフリカ、オーストラリア、コロンビア、モザンビーク、インドネシアなとど多様だからだ。ただし、これらの国々からの輸入の際には輸送距離が長くなるので、それだけの理由でも価格は割高になると言われる。
EUはロシアがウクライナに侵攻したことに対しての第5番目の制裁として、4月7日に圏内へのロシアからの石炭の輸入禁止を決めた。ロシアのEUへの石炭輸出量は同国の総輸出量の約4分の1に当り、あとの4分の3は主に日本、韓国などのアジア諸国に輸出されているという。なお、2021年のロシアからEUへの石炭輸出額は40億ユーロで、ロシアにとりこの制裁の打撃はあまり大きくないと言われる。ドイツはEUの決定に従って、ロシアからの石炭の輸入を徐々に減らす予定で、ローベルト・ハーベック連邦経済・気候保護相は、「ドイツはロシアからの石炭の輸入をこれから数週の間に半分に減らし、秋までには完全に他国からの輸入に置き換える」と発表している。
ロシアからの原油の輸入を禁止する場合の影響は、石炭の場合よりずっと大きくなる。EUは圏内の石油需要の4分の1をロシアからの輸入に頼っており、ロシアに毎日数億ドルを支払っている。OPEC 加盟国のように、原油を輸出している国は世界に多い。それでも、「もしEU がその需要を短期間内にロシア以外の国からの輸入に切り換えようとするなら、原油価格は世界的に一時期急騰するだろう」と発言するのは、外でもないジャネット・イエレン米財務長官だ。ベルリンにあるドイツ経済学研究所(DIW)の学者たちも、そのようなことになれば、「原油高騰は何年間も続き、消費者を苦しめるだろう」と警告する。一方、ロシアの原油を買いたいとするアジア諸国などは少なくないだろうが、ロシア西部の油田とアジアを繋ぐパイプラインは存在していないので、ロシアはタンカーを新たに手配しなくてはならないことになるとも言われ、この制裁はロシアにとっても厳しいものになるだろうとされる。
ロシアからの原油の輸入禁止がドイツに適用されると大変厳しいことになる。ドイツは長年来、石油需要の3分の1をロシアの原油で賄ってきたのだ。特に問題が非常に大きいのはドイツ東部、元旧東ドイツ地域で、同地域は1963年以来、ロシアの油田とパイプラインで結ばれており、それだけで同地域の需要の95%をカバーしているからだ。言うならば、東部ドイツは石油の需要に関してはドイツ西南部や北部地域とは隔離されており、離れ孤島のような存在だという。ベルリンの国際空港で航空機に給油されるケロシンや同地域で使用される自動車用ガソリン、暖房用オイルは全てベルリンの東北約 140 km のところにあるシュヴェートの精油所で精製されるロシアの原油を元に しているのだ。原油は採掘地によって質が異なるので、例えば、シュヴェートに他の原産国から原油を持ってきても、そのままでは対応できなという。従って、ロシアからの原油の輸入が停止してしまうと、ドイツは同地域の石油製品の供給網までも完全に新しく構築しなくてはならなくなる。
EUは、ロシアに対する第6番目の制裁の一部として、原油に関しても輸入禁止を考えている。しかし、これにはハンガリーのようにはっきりと反対する国もあるし、ポーランドやバルト3国のように、一刻も早く禁止を望む国もある。ドイツは根本的には輸入禁止に反対ではないが、今すぐではなく、徐々に進めていきたいとしており、ハーベック経済相は、ロシアからの輸入を年中頃までに半減させ、年末までにはほぼ完全に終わらせたいと野心的に語っている。この制裁についての話し合いは、今日のフランス大統領選の結果が出てから本格的になり、決定は早くても5月末以後になるだろうと考えられている。なお、ドイツは法律で、90日分の石油を備蓄することが決められているが、計算上では200日分の蓄えがあるという。
ドイツにとってもEUにとっても最も厳しいのは天然ガスの輸入禁止だ。ロシア産の天然ガスへの依存度が非常に高いからだ。ドイツは 暖房に必要なエネルギーの半分を天然ガスで賄っている。また、天然ガスによる発電量はドイツの総発電量の13%を占めている。さらに天然ガスは熱利用だけでなく、食料品や医薬品、化学肥料などの生産にも用いられるなど、用途の幅が広い。DIWやデュッセルドルフにあるマクロ経済学・景気循環研究所(IMK)の研究者は、もし今すぐロシアからの天然ガスが輸入禁止になると、ドイツの国内総生産は年間4〜6%程度下がり、その反面、物価上昇率は2.3%になるだろうと予測している。DIWのマルセル・フラッチャー所長は、「ドイツは不況に陥り、経済は競争力を失い、失業率が上昇するだろう」と語っている。
ドイツ西部のエッセンに本社を置くEON 社は、ロシアからの天然ガス輸入のパイオニア的存在の電力大手だが、同社のレオンハルト・ビルンバウム社長は、「今直ちに、ロシアからの天然ガスを放棄するのは間違いだ」と言う。そうなると、ドイツのエネルギー供給は不安定になってしまうからだ。そして安定した天然ガスの供給はドイツだけの問題ではなく、EU全体で解決しなければならない問題だとも語る。経済学者の中には、産業界は著しい被害を被ることなく天然ガスの消費を20〜30%程度節約できると発言する人たちもいる。しかし同氏は、それが可能かどうかは分からないとし、不安定要素は大きいと指摘する。
なお、EON 社の前身であるルールガス株式会社は、既に1970年代にソ連からの天然ガスの輸入を始めている。同社は長い間ソ連側と友好的な交渉を積み重ねて信頼を深め、ロシアは1993年に、一度も国外に出たことのないフランス近代絵画の大コレクションをエッセンで展示したり、ルールガス社も、2003年に第二次世界戦争中にドイツ軍が持ち去ってしまい、その後行方不明になっていたサンクトペテルブルクにあるエカテリーナ宮殿内の「琥珀の間」の再現に協力したりしてきた。現時点では考えられないような時代だったのだ。
ドイツでは今、ロシアからの天然ガスの輸入を停止する前に、どの程度までガスの消費を節約することができるかということがよく話される。ドイツが輸入している天然ガスはロシアからが55%、ノルウェーからが30%、オランダからが13%で、天然ガスは全てパイプラインを通して送られてきている。そしてそのため、ドイツには液化天然ガス(LNG)受け入れの基地がない。基地の建設に関しては、早速候補地の名前が上がり、建設期間が話題になっているが、そのような基地が完成するには、どんなに早くても2年、通常なら5年かかると言われている。つまり、ガスの供給方法はそう簡単、即急には切り替えられないのだ。
ロシアは3月末に、4月以降の天然ガス購入の代金はユーロやドルではなくルーブルでなければならないと主張した。ルーブルで支払わない場合には、輸出を停止するとも聞こえるような要求で、実際、ロシアがいつまで契約通りにガスを輸出するかは定かでない。例えば、ロシアが昨年中にドイツ国内にいくつかある地下のガス貯蔵施設に十分なガスを供給しなかった事実が、現在のガス価格の高騰につながっている。そんな訳で、ガス節約の準備は必要なのだ。ドイツ全国エネルギー・水利経済連盟(BDEW) は各世帯では15%、事業所などでは10%の天然ガスの節約が可能だなどとしている。室温を1度下げればガスの消費の6%が減らせるともする。ハーベック経済相は、会社員などが出社せずに在宅勤務し、市民が自家用車の代わりに公共交通機関や自転車を利用することでガスの消費が10%減らせるし、冬場にカーテンを締めれば、エネルギーは5%削減できるなどと言っている。EON 社のビルンバウム社長は、ガスの節約に加えてLNGの導入、風力や太陽光発電のさらなる促進、石炭火力発電所の操業期間延長などの必要性をあげている。緑の党に属しているにも関わらず、ハーベック経済相は「現在は気候保護よりも平和と自由の方がより大切だ」とも述べた。
EUは今年の末までにロシアからのガスの輸入の3分2を米国などからのLNGで代替し、2027年までには完全にロシアに頼らないようにすると発表している。ビルンバウム氏は、ドイツがガスの輸入でロシアに依存しなくなるには、3年必要だとしている。
最後に、今年末に決定されているドイツの脱原発に関して、関係者がロシアのウクライナ侵攻に直面してどう考えているかをお知らせする。EON 社はバイエルン州にあるイザール原発をまだ操業しているのだが、ビルンバウム社長は操業延長に関して、「技術的に不可能ではないが、操業停止の準備は進んでおり、収益は多くない」と発言している。 ハーベック経済相は原発の操業を延長するのは、「小難を除こうとしてかえって大難を招くようなものだ」と述べた。
問題点を分かりやすく整理して下さってありがとうございます。
ドイツのエネルギー源のロシアへの依存度が高いのは、ロシアと友好関係を持ち、地球温暖化という大問題に対応していこうという意向があったからなのでしょう。
戦争で武器となったエネルギー源。私達一般市民もエネルギー節約に協力出来る、と言われて良かったです。
地球の為にも、世界の為にも、無駄無く、節約して生活することで、一人一人が貢献する時なのだと思います。
いつも熱心に記事を読んでくださってありがとうございます。ハーベック連邦経済・気候保護相が、エネルギー源のロシアへの依存度を驚くほどの速さで減らすように努力しているようで、嬉しく思っています。
化石燃料を介してのドイツ(欧州)とロシアとの関係の歴史、そして現況を分かりやすく詳しく書いて下さり
有難うございました。よく知らなかったのでとても勉強になりました。今を見据えながらエネルギー政策が進められている事に安心もしました。戦争が長引かず、何とか停戦への模索が始まって欲しいと願っています。
N.Suzuki
13日の地元新聞で「原発を再点火する案がでている」という記事を目にしました。話題になってる原発はバイエルン州ではIsar2とグンドレミンゲンのものだそうです。関連の報告をこれからもよろしくお願いいたします。