EUを揺さぶる大きな問題、ドイツに来る難民80万人

ツェルディック 野尻紘子 / 2015年9月6日

ヨーロッパが今、極めて深刻な問題に直面している。シリアなどの内戦地域からの難民やアフリカなどの独裁国からの亡命者、より良い生活を求めてバルカン半島などから脱出して来る人たちが、 欧州連合(EU)に押し寄せて来ているからだ。その数は膨大で、しかも彼らが望む目的地は西ヨーロッパ。中でもドイツに来たいという人たちは最も多く、ドイツ連邦内務省は、約80万人が今年中にドイツに到着するだろうと見込んでいる。

地中海では、毎日のように定員以上の難民を乗せた中小の古びた船やゴムボートが、中近東やアフリカからEUに向けて北上している。航海が難航しEUの海上保安船などに救済される船は多い。救済が間に合わなくて死亡する人たちも少なくない。無事に地中海に浮かぶイタリアやギリシャの島に辿り着けば、難民は一応EU圏内に入ったことになる。しかし目的は裕福な西北ヨーロッパに到着して、そこで、本来は政治的亡命者のために用意されている庇護を求めることだ。シリアやイラクから陸続きのトルコ、ブルガリア、セルビアなどを経由して、EU圏内であるハンガリーに到着するルートも大勢の人たちが利用している。飛行機を利用して、直接庇護を求める国に着く難民もいる。

EU圏に到着した難民をどう扱うかということは、EUの決めたダブリン協定に記載されている。EU圏内に到着した難民は、その到着した 国でまず国籍、身分などを明らかにし、その国の受け入れ手続きを済ませる。そして亡命したい者は、その旨をその国に申請する。彼らは、亡命の理由が認められ、滞在許可が出るまで、その国に留まる。亡命が認められない場合は、やってきた国に戻される、というものだ。

このダブリン協定では確かに、中近東やアフリカ大陸から最短距離で到着できる地中海の対岸にある国、つまりイタリアやギリシャに難民が集中し、不公平が生じている。またこのところ、中近東やアフガニスタンからでさえも地続きのハンガリーに、不当に大勢の難民が押し寄せて来ている。

このことを配慮したEU委員会はこの6月に一度、イタリアとギリシャに到着した難民約4万人をEU圏内に公平に分配しようと提案した。しかしこれは、元東欧圏のチェコやポーランド、バルト3国、また英国が猛反対して、実現しなかった。

イタリアやギリシャ、ハンガリーがダブリン協定に違反して、難民がEU圏内の他国へ移動することを阻止しないことは明らかだ。イタリアに到着した難民が、列車の切符を買って鉄道で北上しアルプスを越えたり、ギリシャに到着した難民が、鉄道やバスを利用してさらにEU圏外であるマケドニアやセルビアを通過したりして ハンガリーに到達しているのだ。 そしてハンガリーに到着した難民は、列車でオーストリアへ、あるいはオーストリアを通過してドイツに到着している。特にこの8月末の一晩に、ハンガリーからオーストリアを通過してドイツ南部に到着した難民約1000人は、ハンガリーでは登録さえもされていなかったことが、大きく批判されている。

ただ、EU圏に到着し、自分は難民だと庇護を求める人たちの中に、祖国での生活難を逃れて脱出して来ている人たち、EU圏で働きたいと望んでいる人たちが大勢含まれていることは非常に大きな問題だ。例えば、ハンガリーに入って来る人たちの大半は、コゾボやアルバニアなどのバルカン諸国の住民だと言われる。そしてハンガリーはこういう人たちの波を遮断するために8月末、セルビアとの国境間に175kmにわたる有刺鉄線の柵を完成させた。これに対しては、「シリアに隣接するトルコ、ヨルダン、レバノンなどは、EUより遥かに多くの何百万人もの難民を受け入れている。この柵は難民が避難することを妨げる人道に反する行為で、許されない」とする声が他のEU国から上がっている。

ドイツの場合、政治的亡命者のために用意されている庇護権というのは、基本法第16a条に以下のように簡潔に記されている:「 政治的な迫害を受ける者は擁護権を享受する(Politisch Verfolgte genießen Asylrecht)」。ナチス政府が、政権批判者や反対者を政治犯などとして投獄したり死刑に処したりしたこと、また、ユダヤ人をユダヤ人であるがためのみに絶滅しようとしたことへの反省と、逃亡を試みたそういう人たちを受け入れて彼らの命を救ってくれた国々への感謝の気持ちを反映してできた条項だ。

この庇護権を行使し、ドイツに保護を申請した人たちは、過去にも1992年に約43万8000人を数えたりしているが、一時は2008年の2万8000人とかなり減っていた。しかし昨年は20万人強、今年は6月末までに既に17万9000人に達している。そしてこの数が今年1年間では80万人になるかもしれないとされるのだ。

ドイツでの大きな問題も、申請者のうち、本当に庇護を必要とする人の割合が非常に少ないことだ。ドイツ南部のバイエルン州に今年前半に庇護を申請した人の中で、 庇護されるべきであると認定されたのは何と僅か0.2%の人たちだけだった。67.7%の人たちの申請は却下された。残りの32.1%の人たちは、内戦地域などから来ている難民たちで、この法律が指すところの庇護される資格のある人たちではないが、保護されるべきだとしてドイツに長期滞在が許されている。

ということは、ドイツは祖国で政治的迫害や社会的差別を受けている人たちを受け入れる。現在シリアから逃亡して来る人たちも、ほぼ完全にドイツに長期滞在できる。彼らの命がシリアでは危険に晒されているからだ。しかし例えば、コソボとかアルバニアからドイツに来る人たちは、祖国で政治的に迫害されているわけではない。彼らの生命に危険があるわけでもない。 彼らが、将来性のない祖国を後にして、裕福な西欧で自分たちの人生を切り開きたいことへの理解はあるが、それは庇護や保護の対象にはならない。

このことは、はっきりしているのだが、それでもドイツに「庇護」を求める人たちは後を絶たない。その理由は、そうしてやって来る人たちへのドイツの待遇がとても良いからだ。第一に、助けを求めて来た人たち一人一人の言うことを丁寧に聞き、その信憑性を丁寧に調べるのにドイツは平均5〜6ヶ月もかけている。EU圏内には、それを僅か48時間以内に判断する国もあるという。次に、調査が続く間は、彼らに衣食住が保障される。その際、初めの3ヶ月は収容施設の滞在が強いられるが、その後は別のアパートに移り住むことなども許される。 また、子供を含む一人一人に 国内の失業手当、家族手当相当の生活費が手渡される。これは脱出して来た国で正規雇用者が受け取る賃金よりずっと多いケースも多々あり、難民にとって大変魅力的な事実となっている。更に、ドイツでは現在、国民の大多数が、「難民を快く迎え入れてあげよう」と言っていることがある。難民などへの攻撃や収容施設への放火などの事件も各地で起きているが、これは決してドイツ国民の大半が支持するところではない。

ドイツが難民に対しなぜこれほど寛容なのかについては、次回に報告する。また、EU全体が、この大きな問題にどう対処して行くかについても、追ってお知らせする予定である。

 

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