賞味期限切れの食品を売る店が人気!
牛乳やヨーグルトを買う時、賞味期限を確認して、できるだけその日付が先の商品を買うのが私の習慣だ。その方が新鮮だし、長く置いておけるからだ。もうすぐ賞味期限が切れる商品が手前に置いてあっても、申し訳ないと思いつつ、奥にあるもっと新しい商品を選んでしまう。私だけではなく多くの消費者が、このように賞味期限を気にして買い物をしているのではないだろうか。ところがベルリンに昨年、こうした消費者の常識を覆すような店が登場した。賞味期限切れの食品を売る、いわばアウトレット食品の店だ。そして、それが人気を呼んでいる。
SIRPLUSというこの店は地元の新聞やテレビでも話題になり、今年の7月には第二号店をベルリン南西部の賑やかな通りに出した。一号店より大きく品揃いがよいと聞き、その店に行ってみると、本当に賞味期限切れの食品が堂々と売られていた。例えばドイツ人が朝食に好んで食べるミューズリーにはPOP広告が付いていて、「MHD(賞味期限の略) : 2018年4月1日」と、賞味期限が半年近く前に過ぎてしまったことをわざわざ知らせていた。コーヒー豆に至っては、一年以上前の2017年11月に賞味期限が切れていた。 瓶詰めのジャム、トマトソースの缶詰、パスタ、それにビールやポテトチップスなども各種あったが、パスタやトマトソースなどは、確かに賞味期限が気にならない商品かもしれない。賞味期限が切れているだけに、この店の商品の値段は普通の食料品店の半分から約3分の1だ。例えば前述のコーヒーは1キロで7.5ユーロ(約960円)しかしない。ところで、どんなに安くても、乳製品や肉製品を買うのは、私なら躊躇してしまうだろう。しかしこここには冷蔵コーナーもあり、ヨーグルトなどの乳製品や薄くスライスされたハム、サンドイッチ、調理済みのハンバーグなどが並んでいた。 お客さんたちは商品を手に取り、裏返して説明書きを読んだり色を眺めたりして、品定めをしていた。
このアウトレット食品の店、SIRPLUSの創業者ラファエル•フェルマーさん(35歳)は、かつてこのサイトでも紹介したように20代後半から30代前半までの5年半、消費社会を批判するために “金銭ストライキ”と称して、お金を使わない生活をした。その間、食料は売れ残りを小売店から寄付してもらったり、スーパーのゴミ箱を夜中にこっそり漁ったりして得ていたそうだ。その時に、まだ食べられる食料品が大量に捨てられていることを知り、食料品の無駄をなくすために何ができるか考え始めたそうだ。
ドイツ連邦食糧•農業省によると、ドイツの家庭では年に合計440万トン、一人頭にすると毎日150g、つまりハンバーグ2個分に値する量の食料品が捨てられているそうだ(2018年4月)。世界自然保護基金(WWF)ドイツ支部の同じく今年4月の発表によると、生産や流通の過程で捨てられるものも併せると、その量はなんと年に1800万トンになるという。こうした現状に対してフェルマーさんが注目したのは、賞味期限だった。賞味期限が切れた商品も、安全に食べられる。ところが多くの消費者はそれを知らずに、それらの商品を買わない。そのため普通の食料品店やスーパーは、賞味期限が近づいた商品を棚から選り分け、処分してしまう。そしてそれにより、多くの食品が廃棄されてしまっている。
「賞味期限」とは、開封せず一定の方法の下で保存すれば商品の品質が落ちないことを保証する期限のことだ。一方「消費期限」とは、開封せず一定の方法の下で保存すれば安全に食べられる期限を意味する。その違いをしっかり消費者に理解してもらえば、賞味期限切れの商品を売ることがビジネスとしても成り立つのではないかー。そう考えたフェルマーさんは、大手の有機スーパーや卸売り店と、処分されるはずだった商品を安く買い取る契約を結び、それを 販売するSIRPLUSを設立した。一号店が開いてからこの一年あまりの間に、SIRPLUSは合計1000トンの食品を「救った」たそうだ。
SIRPLUSは小売店でもあるが、私の目には、消費者教育の場のようにも映った。店の中には、賞味期限と消費期限の違いを説明する貼紙が貼られていたり、ドイツで毎分1台のトラック分の食料品が廃棄されていることが、レジ近くの黒板に説明されていたりするからだ。そしてこうしたフェルマーさんのメッセージは、店の客にはきちんと届いているようだった。例えば赤ちゃんを抱いて買い物をしていた30代前半の男性は、「この店は安いのも魅力ですが、賞味期限はメーカーの都合でつけているのだから、それに消費者が振り回されることはないと思います。賞味期限を無視したこの店の考え方は素晴らしいと思います」と語ってくれた。商品の安全性はどうなのだろうかという不安に対して、別の女性客からは、「私の家にも、いつ買ったのかわからないような賞味期限切れの食品がたくさんありますが、捨てずに食べるようにしています。賞味期限が切れた商品を買うのも、家で切れてしまうのも、結果は同じことです。それに、賞味期限が切れていなくても、食べる前に、カビが生えていないかとか、匂いがおかしくないかとか、自分でいつも確認しますから、心配していません」という返事が戻ってきた。
ドイツでは国を挙げて食料品の無駄をなくすことに取り組んでおり、具体的には2030年までに廃棄食品の量を2015年の半分に減らすことを目標にしている。今年3月に調印された現政権の連立協定では、そのための一つの柱として、賞味期限の見直しを明記している。本来は商品の安全を保証し、消費者を保護する観点から生まれた賞味期限だが、食品の大量放棄を招いてしまったわけで、一つの政策がどんな副作用を招くかを予想するのは難しいことがよくわかる。それに対して、フェルマーさんの発したシンプルな言葉が強く耳に残っている。「自分の目と、鼻と、舌を信じてください。食べられるかどうか、色を見て、匂いを嗅いで、舌で舐めてみてください。人間がずっとやってきたことです」。