石炭火力発電からの撤退をめぐるドイツの事情
地球温暖化を抑制するため、地球の平均気温の上昇を、産業革命以前との比較で1.5〜2度に抑えるということを決めた2015年の「パリ協定」は、異例のスピードで昨年末に発効した。以来、脱炭素化の動きがクローズアップされ、主な温室効果ガス発生源である石炭火力発電に対する風当たりが強くなっている。しかし、環境問題の先進国を自負してきたドイツには、石炭火力発電からの早期撤退を決められない事情がある。
11月6日から17日までフィジーを議長国にドイツのボンで開かれた国連気候変動枠組条約第23回締約国会議(COP23)は、「パリ協定」に基づき、2020年以降の温室効果ガス削減目標を世界的規模で達成するための具体的なルール作りが目標だった。しかし、石炭火力発電からの撤退などをめぐり、各国の意見が対立し、議論はあまり進展しなかったと言われる。そのCOP 23の閉会間際に、カナダとイギリス両国のイニシアティブで、2030年までに石炭火力発電から全面的に撤退することを宣言した国々と地方政府が、石炭廃絶実現のための国際的な連合組織を発足させた。発足にあたって発表された声明は「地球上で使われる電力の約40%が、石炭火力発電によるもので、石炭火力発電によって大量のCO2が排出される。多くの国が石炭火力発電から撤退することによって、地球温暖化ガスを大幅に減らすことができる。また、大気汚染を防ぐことも期待できる」と述べている。
この連合に参加した国はカナダ、イギリスをはじめ、フランス、イタリア、ベルギーなど、ポーランドやチェコを除くヨーロッパの近隣諸国、それにフィジーやニュージーランドなど20ヶ国だが、参加国の中にドイツの名前はない。この連合に参加した国々を見ると、原子力発電に大幅に依存するフランスをはじめ、水力発電などが主で、もともと火力発電の比重が少ない国が多い。これらの国々に加え、アメリカのオレゴン州やカナダのバンクーバー州など7つの地方政府が参加している。同連合は、2018年にポーランドのカトヴィッツで開かれるCOP 24までに参加者数を50以上に増やす計画で、企業などにも働きかけて石炭廃絶に向けて協力するという。
連合の提唱国はドイツの参加も望んだが、COP23でドイツ政府を代表したヘンドリックス環境相(第4次メルケル政権がまだ誕生していないため、前内閣での環境相が暫定的に任務を続行している)は、「自分が結論を出して次期政権の負担になるのは好ましくない」と慎重な態度を示した。ベルリンで当時行われていた自由民主党や緑の党との連立予備交渉の場を数時間離れてボンに来たメルケル首相も「ドイツのような豊かな国でも、石炭火力発電からの早期撤退をしにくい事情がある」というようなことを述べただけで、とんぼ返りでベルリンに戻ってしまった。実はベルリンでの「連立政権樹立のための政党間の話し合い」でも、火力発電からの早期撤退を求める緑の党とそれに反対する自由民主党(FDP)やキリスト教民主同盟/社会同盟(CDU/CSU)との間で意見の相違が存在したのだ。
ドイツが石炭火力発電から早期撤退できない主な理由というのは、ドイツで発電に多く使われている褐炭の生産地が東部ドイツ各地や西部ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州などにあるためである。ドイツの火力発電の約40%が未だに石炭と褐炭(石炭より質が悪い)に依存しているが、国内に大量に埋蔵されている褐炭は露天掘りのため、事故なども起こりにくく安全で、採掘費用も安くつく。2022年までに原発から段階的に撤退することを決めているドイツでは、再生可能エネルギーによる発電が全体の約3分の1ほどに伸びてはいるものの、電力の安定した供給には当面安価な褐炭が欠かせないという考え方が、これまでは一般的だった。それに加えて早期に火力発電から撤退することは、褐炭の露天掘りで働く大勢の労働者の失業を意味する。したがって雇用の場を維持しなければならない地元の政治家たちの間では、すぐには褐炭の採掘をやめられないという意見が強い。
例えば、ノルトライン・ヴェストファーレン州では、最近、ボンの西北、ハムバッハ露天抗の拡張に抗議する環境保護団体、ドイツ環境自然保護同盟(BUND)が露天抗拡大のため近くの森の木を伐採 するのをストップするよう同州の上級行政裁判所に仮処分申請したのが認められたばかり。しかし、同州政府(CDU/FDPの連立政権)も最大野党である社会民主党(SPD)も「風力や太陽光などの再生可能エネルギーは、自然条件に左右されやすいため、電力の安定供給維持には褐炭の採掘が当面必要である」との姿勢を崩しておらず、目下妥協の道が探られている。
COP23の開催期間中、ボンの地元のノルトライン・ヴェストファーレン州は特に会議参加者たちのために18コースにわたる訪問プロジェクトを提供していた。その中には再生可能エネルギーを効果的に利用したドルトムントのサッカースタジアムなどの見学のほかデュッセルドルフとアーヘンの間にあるガルツヴァイラー褐炭採掘場とそれに隣接したベッドブルクの広大な風力発電パークの見学コースも含まれていた。ここを訪れた会議参加者たちは、同州のエネルギー問題の過去、現在、未来を一望することができたという。褐炭採掘現場の責任者は訪問者に対し、「ここにはまだ500年分の褐炭が眠っています。ですからCO2排出問題が起こらなければ、褐炭採掘事業は今後も続けられたはずでした。しかし、 脱炭素化の流れから、いつかは閉鎖される不安を感じています」と語っていた。一方、広大な褐炭採掘場の周辺にぐるりと風力発電機を備えた人口2万1000人のベッドブルクのゾルバッハ町長は「褐炭採掘による利益はエネルギー会社を潤す方が大きく、地元にはあまり還元されません。今では褐炭採掘よりも風力発電による利益の方が大きいのが実情です。こうした現実を考えると、褐炭採掘を中止することに、あまり大きな不安を感じる必要もないのではないかという気がします」と語っていた。
ドイツは2020年までに気候温暖化ガスを1990年に比較して40%減らすという野心的な目標を立てているが、現在のところ32%しか減らせていない。現在のような状態が続けば、40%の目標が達せられないだろうと専門家の多くは予測している。しかし、緑の党などは「今すぐ石炭火力発電を廃止すれば、まだ目標達成は可能だ」と主張している。緊急事態には思い切った対策が必要だという認識も高まっており、国内の褐炭採掘の維持と石炭火力発電廃止の国際的な傾向との狭間でジレンマに悩んでいるというのが、ドイツの現状といえる。
なお、COP23では、世界の潮流に逆らって次々に火力発電所の新設計画が立てられている日本に、批判と奇異の念が集まったと聞く。