「EUタクソノミー」 原子力が、緑のエネルギー⁇

池永 記代美 / 2022年1月16日

ドイツでは新年を迎えた瞬間にお祝いの乾杯をする習慣があり、 元旦は寝坊する人が多い。しかし寝ぼけ眼の人も、今年は元旦のニュースを聞いて、しっかり目が覚めたのではないだろうか。 欧州委員会が大晦日の夜遅く、原子力を地球の温暖化対策に役立つ、持続可能な緑のエネルギーとみなすという方針を発表したからだ。

©️European Union 2015

スーパーマーケットで、例えばヨーグルトを買おうとしても、その種類の多さに、どれを買ったらよいのか迷ってしまうことがある。しかし、容器にBioと書かれた六角形のマークを見つけると、安心して買うことができる。有機商品であることを示すこのマークは、 2001年にドイツ連邦消費保護•食糧•農業省(当時)が導入したもので、今ではすっかり定着している。同じように、 ノートや封筒を買う時には、ブルー・エンジェルのラベルが環境に優しい商品であることを保証してくれる。無数の商品が溢れる今の世の中で、こうしたエコ・ラベルは、 環境に配慮した生活をするための道案内役として欠かせない存在だ。

同じようなエコ・ラベルが金融業界でも必要だと、欧州連合(EU) は考えた。そのための具体的な取り組みは2016年に始まった。すでに金融市場には、脱炭素化に取り組む企業を対象にしたファンドや、環境改善事業に要する資金を調達するために発行する債権など、持続可能な商品と謳われるものが多数存在する。しかし、その明確な定義や基準はない。持続可能と宣伝されていても実態がそぐわないグリーン・ウォッシングかもしれないのだ。そこでEUは、 持続可能について独自の判断基準を作成し、どのような経済活動や事業が持続可能なものに当たるかを分類する「EUタクソノミー」という規則を作ることにした。ちなみにタクソノミー (Taxonomy)とは分類法という意味の英語だ。持続可能とみなされたものは、グリーン・リストと呼ばれるリストに掲載され、発表されることになった。

「EUタクソノミー」は、投資家や金融機関が持続可能な投資を行う際の目安になることで、持続可能な経済活動や事業に投資を誘導するのが目的だ。その際、EUが目論んでいるのは、2019年12月に ウルズラ•フォン•デア•ライエンEU委員長が発表した新経済成長戦略「欧州グリーン・ディール」に投資を呼び込むことだ。「欧州グリーン・ディール」は、2050年に人為的な温室効果ガスの排出量を実質ゼロに減らすために、域内の経済•社会活動全体を持続可能なものに改革するという壮大な計画だ。環境•気候保護と経済成長の両立を目指すというその野心的な目標の実現には、研究や技術開発、そしてその実用化に膨大な投資が必要だとみられている。

持続可能についての評価基準を定めたEUの規則は、すでに2020年7月に施行されている。以下の6つの目的の少なくとも一つの項目に貢献し、他の項目を著しく害さないというのが持続可能なものとして分類される条件だ。

  1. 気候変動の緩和 (温室効果ガス排出の削減や防止に役立つ技術、植林など温室効果ガスの減少を促す事業)
  2. 気候変動への適応 (現在または将来の気候への悪影響や、そのリスクの低減や予防に実質的に貢献する活動。教育や文化活動も含まれる)
  3. 水・海洋資源の持続可能な利用と保護
  4. 循環型経済への移行
  5. 環境汚染の防止と緩和
  6. 生物多様性および生態系の保護と回復

 

昨年2021年4月には、「EUタクソノミー」規則の次のステップとして、「気候変動の緩和」と「気候変動への適応」の二つの項目に関して、持続可能とみなされる事業や経済活動のグリーン・リストが発表された。エネルギーの分野では、風力や太陽光など再生可能エネルギーによる発電や発熱の事業が持続可能とされた。その一方で、EU加盟国の間で意見の相違が大きい原子力と天然ガスの扱いについては、年内に方針を出すとして、先延ばしになっていた。その方針が冒頭に書いたように、 年内ギリギリの大晦日の夜、 EU加盟国に伝えられたのだった。

今回発表された「EUタクソノミー」案は、「安定したエネルギーとして原子力が、移行期のエネルギーとして天然ガスが必要」と再三発言していたフォン・デア・ライエンEU 委員長の意向が反映されたものとなった©️European Union 2021

前置きが長くなってしまったが、今回EU委員会が作成したタクソノミー案は、原子力と天然ガスを持続可能とみなすというものだった。ただし、それぞれ条件が付いている。例えば原子力に関しては、原発を新設する場合は最新の技術を備え、2045年までに建設許可を得ること、現在稼働中の原発であれば2040年までに稼働延長許可を得ること、また、 遅くとも2050年までに使用できる、高レベルの核廃棄物処理場の運営案を提出しなければならないなどだ。一方、天然ガスに関しては、より多くの温室効果ガスを排出する石炭などの燃料の代替として使用されること、温室効果ガスの排出量が一定の量以下であること(当初は1キロワット時の排出量がCO2に換算して270gまで、2031年以降に建設が許可されるものは通算して平均100gまで)、将来は水素を使った発電に切り替えられるようにすること、などだ。また、脱石炭を行う国でのみ、天然ガスが持続可能だとみなされるという条件も付いている。

ドイツでは残っていた6基の原発のうち3基の発電が、昨年の大晦日に停止された。脱原発に向かってさらに一歩前進したのだ。長い間、脱原発のために闘ってきた市民がそれを祝っていたその時に、こともあろうに、EU委員会は原子力も持続可能という案を発表したのだった。「爆弾が破裂した」、あるいは「頭に冷や水をぶっかけられたよう」と激しい言葉を使った報道ぶりが、ドイツの人たちにこのニュースが大きなショックを与えたことをよく現している。

ドイツの中でこの件に関して最初に意見を求められた政治家の一人は、緑の党の共同代表で、昨年12月に誕生した社会民主党 (SPD)、緑の党、自由民主党(FDP) による連立政権で連邦経済•気候保護相を務めるローベルト•ハーベック氏だった。「大きなリスクを伴う技術である原子力を持続可能とみなすのは間違いだ。核廃棄物が人間や環境に与える長期的影響について、誤った見方をさせてしまう 」と、 同氏はEU委員会の方針を厳しく批判し、これは偽装表示で、原子力を持続可能なエネルギーとみなすことはグリーン・ウォッシングだとまで言い切った。連邦環境・自然保護・原子炉安全・消費者保護相で同じく緑の党に属するシュテフィ・レムケ氏も、大規模な環境災害を起こす可能性があり、大量の高レベル核廃棄物を出すエネルギーが、持続可能であるわけがないと、ハーベック氏に同調した。

ドイツ連邦政府の副首相でもある連邦経済•気候保護相ハーベック氏©️Urban Zintel

連立政権を作り上げたばかりで、その協調ぶりをアピールしてきた与党3党だが、タクソノミーに関しては、原子力が持続可能でないとする点で意見は一致しているが、天然ガスの扱いについては意見が分かれている。天然ガスは脱原発と脱石炭を進めながらエネルギー転換を達成するための移行期の技術で、ドイツにとって必要だという認識は共有しているが、SPDとFDPはそれがグリーンのエネルギーとみなされたことを歓迎したのに対して、緑の党は反対しているのだ。天然ガスはいわば必要悪で、温室効果ガスを排出する天然ガスに、わざわざ持続可能というラベル与えるべきではないと考えるからだ。原子力に対しても、憤りを表さない緑の党と異なり、ショルツ首相 (SPD) は、「タクソノミーは金融市場における枠組み作りでしかない」と、ことを荒立てるのを避けるようなメッセージを発している。ショルツ氏自身が財務相を務めていた前メルケル政権が、すでに原子力や天然ガスをタクソノミーに含めることに同意していたという背景もある。

「今年の抱負は、お酒の量を減らすこと。それが楽に守れるよう、発泡酒とビールはお酒とみなさいことにした」とEU委員会の案を皮肉る連邦議会のリカルダ•ラング議員(緑の党)。

ただし、EUがタクソノミー規則を作成するにあたって設置した、金融、製造業、環境団体、教会などの代表57名からなる諮問委員会は、原子力をタクソノミーのリストに採用すべきでないという考えだったし、天然ガスのために特別なルールを設けることも勧めなかったそうだ。諮問委員会のメンバーの一人でアイルランド国立大学ダブリン校教授のアンドレアス•ホプナー氏(サステナブル•ファイナンス専門)は、諮問委員会の勧告は、今回のEU委員会の案にほとんど反映されていないことをドイツのメディアに明らかにし、タクソノミーの担当が、EUの金融担当の機関からエネルギー委員会に移行し、エネルギー業界のロビー活動に影響を受けたのではないかと推測している。加盟国、そして多くの業界の利害関係が関わるこの問題で、どのようなプロセスで今回の案が出来上がったのか、真相を理解することはほぼ不可能なことかもしれない。

EU委員会が発表した方針に対して、ドイツでは様々な議論が激しく行われているが、EU加盟国や持続可能な金融に関するEUの諮問機関などは1 月21日までにそれぞれの見解を伝えることになっている。それらの意見を検討した上で、EU委員会は「EUタクソノミー」規則を採択する予定だ。「EUタクソノミー」はEU委員会に立法が委託された委託法令という形を取っているため、EU理事会やEU議会で審議されたり採択されたりしない。理事会や議会は一定の期間内に異議を唱えることができるが、そのためにはEU加盟国27カ国の人口65%以上を擁する最低72%の加盟国 (=20カ国) の反対か、欧州議会で353名の議員、つまり過半数の議員の反対が必要だ。

ドイツのレムケ連邦環境相は原子力についてドイツ政府はノーと言うと明言したが、天然ガスについてどのように意見を調整していくのかまだ定かではなく、このタクソノミー問題は、ドイツの新政権にとって最初の試練になるだろうと言われている。EU加盟国を見回すと、原子力をタクソミーに含めるなら法的手段に出ることも厭わないというオーストリアのような強硬な姿勢の国もあるが、原子力に関してドイツと考えを共にするのは、他にはデンマーク、ルクセンブルク、ポルトガルと少数派だ。それに対して原発大国フランスは、いまだに石炭への依存度が高いポーランド、チェコなど東欧諸国なども味方につけ、EU委員会の方針を歓迎している。オーストリアのお隣の国チェコのペトル・フィアラ首相は、同国の国家予算にとっても産業にとっても、EU委員会の案は必要であり、この案が採択されるよう全力を尽くすと語っている。要するに、現在の原子力依存度や、これから温室効果ガスを減らして行くために、どのようなデザインを描いているのかによって、EU内で陣営がまっぷたつに分かれたのだが、日頃は人権や移民政策などを巡って対立する国同士が一致団結するなど、奇妙な同盟関係が生まれている。

さて、それではもしEU委員会の案がそのまま採択された場合、どんな問題が起きるのだろうか?最も危惧されるのが、本来、本当に持続可能なエネルギーやそれに関する研究に使われるべき資金が、原子力の研究や原発建設などに使われてしまう恐れがあることだ。EUではエネルギー政策は各国が主権を持っており、どのようにカーボン・ニュートラルを達成するかは、その国の自由だ。だからと言って、原子力や天然ガスをグリーンとみなす必要はないのではないだろうか?この点について、緑の党の意見が正しいように思われる。また、ハーベック氏の言うように、原子力にグリーンのラベルを貼るというごまかしの表示をすることで、「EUタクソノミー」自体の信頼が損なわれることも懸念される。

この点に関して、ドイツでは最も親原発路線を掲げてきたFDPの党首で現政権では連邦財務相を務めるクリスティアン・リントナー氏は、「どこに原発事業を行いたいという企業があるだろうか?どの民間投資家が原発に投資しようと考えるだろうか?原発の保険を引き受ける保険会社がどこにあるだろうか?国が責任を取らなければ、原発はやっていけないのだ。 市場経済の観点から見て、原発には無理があるのだ」と語っている。民間の投資家たちが、リントナー氏のように賢明な判断をすることを望みたい。

関連記事:EU内の原子力をめぐる対立 マクロン大統領とメルケル首相の「アトミック•ディール」? / メルケル首相、脱原発の決定を弁護

2 Responses to 「EUタクソノミー」 原子力が、緑のエネルギー⁇

  1. マリ says:

    今まで聞いた事の無かった言葉がニュースで頻繁に使われていますけれど、意味が分からなくて当惑していました。前置きから分かりやすく解説して下さってありがとうございました。
    今何が問題になっているのか少し検討がつきました。

  2. 池永 記代美 says:

    少し退屈な記事ですが、お読みいただき、感想を寄せてくださってありがとうございます。タクソノミーについては、ドイツが脱原発の道を進んでいるからといって喜んではいられないと危機感を持ちました。また、脱原発は政治だけが行うのではなく、経済も金融も、つまり社会全体で進めていかないと意味がないということにも気がつきました。ドイツの資本家が、他の国で原子力に投資をしているようでは、本当の脱原発ではないですから。