国際女性デー、「Herstory」とドイツの現状

永井 潤子 / 2021年3月7日

ベルリン州では、2019年から3月8日の国際女性デーが、祝日となった。ドイツ16州のうち、国際女性デーが祝日となっているのは、ベルリン州だけである。3回目の今年はベルリン中で「男女平等」に関するさまざまな催しが行われるが、コロナ禍のためオンラインのものが多い。その代表的なものがドイツ歴史博物館で行われる「Herstory」のオンラインガイドだ。

ドイツ歴史博物館は、ベルリンの中心部、ドイツ統一の象徴となったブランデンブルク門から東に伸びる目抜通り、ウンター・デン・リンデン通り沿いにあり、あたりにはフンボルト大学や州立オペラ劇場など、歴史的建造物が立ち並んでいる。同博物館はコロナ規制のため、去年11月から閉館しているが、今年の国際女性デーにオンラインガイドする展示「Hersttory」は、名前から想像できるように、ドイツの歴史を女性の視点から振り返るというもので、当日12時半から行われる。目の不自由な人のための電話による案内は、10時からと15時からの2回行われるという。

「男性たちが歴史を作る」と言ったのは、19世紀のドイツの歴史家で政治家のハインリッヒ・フォン・トライチュケだが、歴史の記述も男性の目で行われている。それを見直そうという試みが、この「Herstory」だ。そして、この展示には、女性と性別に関する歴史というサブタイトルも付けられている。女性の歴史だけではなく、LGBT(Lはレズビアン、女性同性愛者、Gはゲイ、男性同性愛者、Bはバイセクシュアル、両性愛者、Tはトランスジェンダー、性別越境者)の問題にまで踏み込んだ展示だという。

15世紀(1486年)にドイツ西南部、シュパイヤーにあるドミニコ会の修道士、ハインリッヒ・クラーマーによって書かれた『Hexenhammer(魔女のハンマー)』という本ほど、女性にとって悲劇的な影響をもたらした本はないと言われる。この本は17世紀まで29版をを重ね、魔女狩りの根拠となった。各地で魔女裁判が行われ、多くの女性が犠牲になった。こうした暗黒の中世の歴史から、女性たちが選挙権を得るまでの道のりは遠かった。19世紀末以降ドイツの女性たちは選挙権を求める運動を開始したが、その運動は非常に厳しいものだった。ようやく1919年、第一次世界大戦敗北後の11月革命で、女性たちも選挙権を獲得し、女性たちの長年の望みが実現したのだった。その後の民主的な憲法で知られるワイマール共和国での女性たちの動き、ナチの独裁体制下の女性観、さらに時代は下って、第二次世界大戦後40年続いた分断の時代の旧西ドイツと旧東ドイツでの女性の状況や女性観の違い、旧西ドイツでの1960年以降のフェミニズム運動、そして東西ドイツ統一後30年になる現在の状況が示されるという。LGBT に関しては、例えばドイツ帝国(1871年1月18日から1918年11月9日まで存続)時代の同性愛の状況などに光が当てられている。こうした歴史を示すテキストだけではなく、写真やポスター、絵画や彫刻など多数が展示されている。魔女裁判の根拠となった悪名高き本『魔女のハンマー』も原物が展示されているという。「Herstory」は、特に女性にとって、そして性別に関する問題を現代の視点で考える上で、非常に興味深いテーマの展示だと言える。

1912年10月3日、ミュンヘンで開かれた女性投票権会議の出席者たち©️Deutsches Historisches Museum

ところで、現在のドイツの女性の状況はどうだろうか。アンゲラ・メルケル氏が16年もの長い間連邦首相の地位にあるドイツは、女性が大活躍している国のように思う方もいるかもしれない。しかし、そのメルケル首相自身、女性の選挙権獲得100年を記念する2019年の式典で、「ツバメが1羽飛んできたからといって、夏が来たことにはならない」と言って、政治の世界での女性の地位向上が遅々として進まない状況を批判している。「自分はフェミニストではない」と言い続けてきたメルケル首相が、実は男女のパリテート法(選挙に当たって候補者を男女同数にするという候補者均等法)に賛成だということも、この時初めてわかった。メルケル首相は、自分が18年もの長い間党首を務めたキリスト教民主同盟(CDU)で、クオータ性(女性割当制)が実現するどころか、女性の候補者を3分の1にすることが決められただけ(それも強制力がない形で)であることも、この時批判した。メルケル首相のこの発言は、同党での保守的な男性たちの壁が突き破れなかったことを暗に批判したものと受け取られた。メルケル首相は、その直前に、2021年秋までの任期満了までは連邦首相の地位にとどまるが、それ以後は一切の政治的役割から撤退することを明らかにしていた。そのことが、これまで女性問題であまり明確な発言をしてこなかったメルケル首相の態度の変化に影響したとも考えられる。

現在のドイツ連邦議会での女性議員は、709人中223人で、その比率は31,4%である。これは、前期の37,3%から5,9 ポイントも減っている。東西ドイツ統一以来連邦議会での女性議員の比率は伸び続けてきたが、2017年の前回の連邦議会選挙で初めて減り、20年前の比率にまで後退してしまった。これは前回の選挙で、女性がほとんどいない右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進して連邦議会への初進出を果たし、野党第一党の地位を占めたためだった。しかし、女性議員の数が男性より多い政党が二つもある。緑の党と左翼党で、緑の党では男性29人に対して女性は38人で、9人も多い。左翼党では男性32人に対し女性は37人で、この党ではこのほど二人の女性が共同党首に選ばれた。40%のクオータ制を導入している社会民主党(SPD )では、約44%となっている。少ないのは政府与党の保守政党で、メルケル首相の属するCDUとそのバイエルン州を基盤する姉妹政党、キリスト教社会同盟(CSU)は、20,7 %に過ぎない。リベラルを旗印にする小政党、自由民主党(FDP)では24%で、この党では女性たちもクオータ制に反対する。1番女性が少ないのは、AfDで 10,2 %である。

現在の第4次メルケル内閣の閣僚16人のうち、女性は7人、メルケル首相のほかは、法相、防衛相、食料・農林相、家庭・高齢者・女性・青年相、環境・放射線安全相、教育・研究相の6人で、所属政党はCDUとSPDが3人づつとなっている。また、16州のうち、女性の州首相は現在2人だけ、東部ドイツ・メクレンブルク・フォアポンメルン州のマヌエラ・シュヴェーズィヒ氏と西南部のラインラント・プファルツ州のマル・ドライヤー氏の二人で、二人ともSPD に属している。今年2021年はスーパー選挙年で、6州で州議会選挙が行われるほか、9月26日には、4年に1度の連邦議会選挙が実施される。これらの選挙で女性議員が増えるかどうか、注目されるところである。

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