ベルリン国際映画祭『フタバから遠く離れて第二部』 - 舩橋監督に聞く

あきこ / 2015年2月22日
Atushi Funahashi

舩橋淳監督

2012年のベルリン映画祭で「フタバから遠く離れて」が上映されたが、それから3年後の今年、2012年12月から2014年8月、18カ月にわたって撮影された「フタバから遠く離れて第二部」もベルリン映画祭にやって来た。前作から3年、事態はどのように進展したのか、避難を余儀なくされた人々の暮らしはどうなったのか。この映画が描き出す現実は、ベルリンの観客の心を揺さぶった。

舩橋淳監督にインタビューを申し込んだところ、快諾を得た。前日夜、ケルンの日本文化会館で「フタバから遠く離れて第二部」の上映とディスカッションを済ませ、昼過ぎにベルリンに戻って来たばかりという同監督の超過密スケジュールを縫って行ったインタビューのまとめである。

映画では、問題はますます複雑化し、人々の間では混迷の度を増している様子が描かれるが、その原因を舩橋監督は次のように分析する。

人の命を優先せず、被害を最小化したいという経済産業省の思惑が最大の原因だ。国際基準で被ばくの限度は年間1ミリシーベルトとされているのに、福島では20倍の20ミリシーベルトに引き上げられた。チェルノブイリ事故以後、ソ連では5ミリシーベルトに引き上げられたものの、諸外国からの批判を受けて、1991年には自主避難の権利を認め、避難に係る費用を国が負担するようになった。翻って、日本は20ミリシーベルトを引き下げず、自主避難者については費用負担をしていない。賠償金ももらえず、今なお被ばくさせられている人々がいるのが福島の現実だ。すでに103人の子どもが甲状腺ガンにかかっている。

2013年の半ば、「民主党政権の時代に20ミリシーベルトを5ミリシーベルトに下げようという議論が行われたが、そうなると福島市さらには郡山市まで避難区域が広がるため、反対した省庁によってこの議論は押し潰された」というニュースが小さく新聞に載っているのを見て驚いた。こんな大事なニュースを、メディアはなぜ大きく報じないのか。この時、日本のメディアにはニュースバリューを判断する能力がないと思った。

避難指示区域の住民に払われる賠償金は、ダムあるいは道路の建設で住民たちに支払われる立退料の40%しかないという調査結果がある。賠償金が低いのは、避難指示区域の住民たちはいずれ帰るという前提があるからだ。それではいつ帰還できるのか、という質問にはわからないという答えしか返ってこない。つまり、避難指示区域の人たちはとても非人間的な状態に宙づりにされている。政府の公式見解は、事故から最低6年以内は帰れないということになっている。事故から6年後ということは2017年、今年が2015年だが、今から2年後に帰還することは不可能だ。だから2017年になったときに、政府が何というか注目しなければならない。

時間軸方向で被害を見積もることはとても大切だ。帰還がいつになるかわからず、どんどん先延ばしにされているのが今の状況であるのに、目先の被害しか見ていないのではないか。視野狭窄に陥っているようだ。今から30年後、40年後のことを見越して手を打たなければならないのに、手を打つ政治家や官僚がいない。これは水俣病など4大公害訴訟から何も学んでいないということだ。公害訴訟から我々が学んだことは、被害に関する立証責任を被害者に押し付けてはいけないということだった。被害者が疲弊してしまうからだ。ところが、福島の事故に関しても公害訴訟と同様に、立証責任は被害者自身に押し付けられている。映画の中にも登場する80近いおばあさんは書類の山にうんざりして、やる気を失くしていた。周りの人たちが助けて何とか書類を出した。これは“書類による暴力”と言える。

映画を見た観客からは、こんな過酷な状況に置かれながら、なぜ住民たちは声を上げないのかという質問が出たが、この点について舩橋監督は、「デモに行く人もいるが、何よりも毎日の生活を送るのが精いっぱい」と答える。被害者たちは不自由な避難生活の中で疲弊しきって、声を上げる気力もなくしていることは、映画からも伝わってくる。

原子力発電所が事故を起こしてしまえば、どのような事態が起こるのか、福島で事故が起きるまで誰も予想できなかった。事故が起きてしまったにもかかわらず、原発再稼働を進めようとしている政府や電力会社について、舩橋監督は次のように語る。

彼らは、再稼働と福島の事故をできるだけ切り離そうとしている。なぜなら、一緒にすれば矛盾だらけになるからだ。事故が起きたときの電力会社や政府の対応が、福島の実例をもとにしているかをきっちりと見なければならない。原子力規制委員会は、津波や地震対策は万全だというが、ハードの面しか見ていない。しかし、事故が起きたら被害を受けるのは住民である。避難が長期にわたるのは福島を見れば明らかである。必要なのは避難計画だけではなく、長期にわたる避難生活計画、賠償計画、帰還計画といったソフトの面だ。しかし、電力会社は決してこれらの点には触れない。福島の場合、地元と東電の間に交わされた分厚い契約書を見ると、事故が起きた場合については、わずかに「誠意をもって対応する」と書かれているだけだ。人の命に関わることについて、性善説に立ってはだめだ。

「フタバから遠く離れて第二部」では家を奪われたことによって、過去を失っただけではなく将来の見通しが立たなくなった多くの人が登場する。「ナレーションによって一つの結論に導くのではなく、これらの登場人物が事実を語るという手法によって客観性を獲得できた。その結果、教育委員会の推薦を受けたところもあり、日本における上映の機会が広がった」と舩橋監督はいう。日本における原発事故を記録する映画の状況について、同監督は、「線量上限が年間20ミリシーベルト以下のグレイゾーンで生きている人々の記録は絶対に必要だ。実際、鎌仲ひとみ監督の『小さき声のカノン』という映画も作られている。何人かの監督がそれぞれの切り口から、福島を記録に留める活動を行い、日本での上映も行われている。これらの作品が外国でも上映されることを望む」と述べた。監督自身は家を奪われた人たちをテーマに、双葉町の人々の避難生活が続くかぎり、撮り続けていきたいという。「映画が出来上がるかどうかわからないが、2019年、東京オリンピックの前年に第三部の上映を目指したい」という言葉に監督の強い意志を感じた。

 

 

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