「信号連立政権」樹立に向けて、本格的な交渉開始

永井 潤子 / 2021年10月19日

ドイツの社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)は、10月15日の金曜日、10月7日以降続けてきた連立政権をめぐる予備交渉を成功裡に終え、本格的な連立交渉に入る意志を明らかにした。3党による予備交渉の結果は、12ページからなる文書にまとめられ、公表された。これにより、SPD(赤)、緑、FDP(黄色)の「信号連立」政権樹立の可能性が一層高まったと見られる。

ドイツでは9月26日に行われた連邦議会選挙後しばらくは、第1党となった中道左派のSPDが第3党の緑の党とリベラルを旗印にする経済界寄りの第4党のFDPと連立を組む「信号連立」か、第2党になった中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU/黒)と緑の党、FDPとの「ジャマイカ連立」(命名はジャマイカの国旗の色による)が成立するか、不透明な状況が続いていた。しかし、10月6日、緑の党とFDPが「信号連立」へ向けての予備交渉を開始すると発表し、小規模で内輪の話し合いを皮切りに、拡大規模で予備交渉が行われていたものだ。

今回の連邦議会選挙で、アンゲラ・メルケル首相の属するCDUと姉妹政党のCSUは、CDUの党首であり、ノルトライン・ヴェストファーレン州首相のアルミン・ラシェット氏を連邦首相候補に闘ったが、歴史的な敗北を喫した。当然、第1党となったSPDの連邦首相候補オーラフ・ショルツ現財務相を首班とする「信号連立政権」が誕生すると思われたが、第2党のラシェット氏が、FDPとCDU・CSUの政策が近い事を理由に「ジャマイカ連立政権」樹立の可能性を主張したため、どっち付かずの不安定な状況が生まれてしまった。その間CDU・CSU内部では、ラシェット氏に対する批判が強まり、陣営内部の権力闘争が再燃したり、潔く敗北を認めて野に下るよう求める意見が強くなったりしていた。目下、CDU・CSUは、党の再建が最大の課題になっている。

その一方で今回キャスティングボートを握る小党の緑の党とFDPの比較的若い指導層4人が、まず最初に内輪の話し合いを行い、おたがいの政策の共通点や相違点を確認すると共に人間的な信頼関係を築くという行動に出て、人びとを驚かせた。緑の党とFDPの指導部は、その後も拡大規模で話し会いを行なった。FDPは、政策上SPD よりCDU・CSUの方が近いと公然と表明していたため、FDPの態度が注目されたが、クリスティアン・リントナー党首もまずSPDと緑の党との予備交渉に入るという提案を受け入れ、10月7日以降予備交渉を続けていたものだ。予備交渉の内容は一切公表されなかったため、10月15日に設定された記者会見は、最大の注目を集めた。

10月15 日金曜日の午後、ベルリンでの記者会見に現れた3党の首脳たち、すなわち、SPDのショルツ連邦首相候補、エスケン共同党首、ヴァルター=ボイヤンス共同党首、緑の党のハーベック共同党首とベアボック共同党首、それにFDPのリントナー党首の6人には、ほっとした雰囲気が漂っていた。彼らは一様に予備交渉の雰囲気は非常に良好で、信頼感に満ちたもので、予備交渉は成功だったと強調し、その間に3党の間の相違点は減り、共通点が拡大したなどと語った。

記者会見で最初に口火を切ったショルツ連邦首相候補は、予備交渉の話し合いの結果をまとめた文書は、今後の国の方向を決めるもので、「ドイツが行なう産業現代化をめぐる100年来最大の改革プロジェクトになる」などと語った。この文書での合意を基に今後の連立交渉が進められることになるが、3党が目指す基本的な目標は、気候変動防止、デジタル化の促進、繁栄の維持、社会的な連帯、人口動態の変化への対応などで、決定的な概念としては「新たな出発、進歩、変化」といった言葉が強調されている。ショルツ氏は、交渉の間に生まれた信頼関係から「これなら3党での新たな出発が可能である」と確信するに至ったとし、「建設的で信頼に満ちた話し合いと協力が、連立政権の樹立で実を結ぶよう希望する」とも述べた。ショルツ氏は、3党による「信号連立政権」をクリスマスまでに樹立させたいという希望を前々から明らかにしている。

弁舌さわやかで、若者の間で人気のあるFDP のリントナー党首©️FDP

緑の党のベアボック共同党首は、気候変動に配慮した政治という「進歩の連立」を組むという可能性が生まれたなどと語った。また同党のハーベック共同党首は、各党の政策の相違は相違として、予備的な話し合いのダイナミズムから「真の推進力」が生まれたと述べ、「こうしたダイナミックな動きから、大きな事を達成できるのではないかという希望が生まれた」としている。一方、本来は「ジャマイカ連立」を望んでいたFDP のリントナー党首も「予備交渉の話し合いの新しい形式と雰囲気は、これまでのドイツの政治文化とは一線を画すものとなった」と述べた。この3党の中では最も得票率が低かったにも関わらず、予備交渉で最も要求を通したのはFDPだと見られているせいもあって、リントナー党首は「我が国が新しい出発をする可能性が広がった」などとも威勢良く語った。SPDや緑の党が主張していたアウトバーンでの時速130キロ制限や高額所得者への増税などはFDPの反対で、見送られた。SPDは最低賃金を12ユーロ(日本円で約1590円)に引き上げる事や年間40万戸のアパートを建設するなどの方針を認めさせた。緑の党に関連しては、脱石炭を、これまでの目標より8年早めて2030年までに実現する事、国土の2%を陸上風力発電施設にあてがう事、これから建てる公共の建物や産業施設の屋根にソーラーパネルの設置を義務付ける事などが、予備交渉の結果をまとめた文書には謳われている。

今後の本格的な連立交渉の基盤となるこの文書の項目は以下の通り。

  • 現代的な国家とデジタル化への新たな出発
  • 気候保護と社会的、環境保護的市場経済の実現
  • 現代的な労働市場における敬意と機会均等
  • 市民に優しい安定した社会の保証
  • 子供の機会均等、強力な家庭政策、最善の生涯敎育
  • 改革促進と新たな競争力の達成
  • 安価で、持続可能な住宅の建設
  • 現代的な民主主義における自由と安全、平等と多様性
  • 未来を目指した投資と持続性のある国家財政
  • ヨーロッパおよび世界に対するドイツの責任

3党の首脳部は、それぞれの党機関に、「信号連立」に向けて正式な連立交渉を開始することに賛成するよう求めた。SPDは直ちにに承認し、緑の党も17日の日曜日にベルリンで開いた小規模代議員会議で、ほぼ全員一致で、正式の連立交渉開始を承認した。しかし、ある女性党員が、「この文書のどこに真の貧困対策が記されているのか?これを見る限り、私はFDPが選挙で勝利したような印象を受ける」と批判する一幕もあった。FDPの承認は18日に行われた。

こうしたSPD、緑の党、FDPの予備交渉の結果について、賛否両論の反応が起こっているが、最も大きな批判は、様々なプロジェクトの財源をどうするかという重要な点について、文書では詳細に取り上げられていない点だ。もちろんこの問題は、今週から始まる正式な連立交渉の最大の焦点となるものと見られている。

3党の代表が「信号連立政権」樹立に向けて、本格的な連立交渉を開始すると発表したことについて、10月16日のドイツの様々な新聞論調を以下に紹介する。

「“進歩連立“と自ら名乗る政権樹立のための交渉開始は、正しい方向に向かっている」と歓迎しているのは、フランクフルトで発行されている全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」の「ハネムーン」というタイトルの社説だ。

SPD、緑の党、FDPの3政党の代表が、お互いに褒め合い、「共通の精神や相互に尊敬しあって予備的な話し合いを行なった」と熱心に話すのを聞くと、何故これら3党が2021年になってようやく連邦段階でこういう親しい関係になったのか、その理由を尋ねたくなる。これまで考え方の異なる分野でも、予備交渉では短期間の間に理解し合うことができたという。もっとも、これら3党は、この連立のための文書で合意したからといって、血盟関係を結んだわけではない。彼らが主張する「新しい政治文化」が実際にどれだけ耐え得る力があるかは、ハネムーンが終わったあとに判明する。

「何という違いであろう!」という言葉で書き出しているのは、南ドイツ、バイエルン州の州都ミュンヘンで発行されている全国新聞「ジュートドイッチェ・ツァイトゥング(南ドイツ新聞)」である。

前回、CDU・CSUとSPDが大連立を組むと発表したときには、各党の代表は、何故そうするかという理由、つまり義務感から連立を組むということを説明した。金曜日、SPD、緑の党、FDPの5人の代表がSPDの連邦首相候補、ショルツ現財務相とともに記者会見を行った時に、彼らが発していたのは、新たな出発の喜びであり、連帯感情だった。国を管理するだけではなく、前進させようという赤、緑、黄色の連立政権が実際に樹立されるとしたら、単なる計画上のプロジェクト、機械的な妥協の産物ではないと理解していいのだろうか?選挙戦中には、FDPのリントナー党首は「自分の党が緑の党やSPDと協力できるという幻想は、自分には欠けている」と語っていた。2週間の信頼のおける話し合いで、全てが変わる訳はないと思うのだが(略)。連立を組む意志を表明した3党は、今回の連邦議会で勝利をおさめた党、すなわち得票率を伸ばした党ばかりである。彼らは、それぞれ伝統が違い、見解も異なる3党ながら、予備交渉で親近感を持つに至ったとしているが、3党の勝利の原因は、共通している。それぞれの党が、現状を変えるべく、活発な行動力を示していたわけで、その点で長年唯一の戦略(アンゲラ・メルケル首相の存在)に依存してきたCDU・CSUとは異なっていたのだ。

南ドイツ、レーゲンスブルクで発行されている新聞「ディー・ミッテルバイエリッシェ・ツァイトゥング」は次のように見ている。

予備交渉文書からは次のような原則がうかがえる。「誰もが、自分にとって特別大切な物は少しは得られるが、全てを得ることはできない」という事である。緑の党とSPDは、裕福層への増税やアウトバーンでの130キロの時速制限、それに市民保険を諦めなければならなかった。一方でFDPは、大型の公共投資、電力の値上がりへの補助金などを受け入れなければならなかった。今のところは、まだ未来の「信号連立政権」の大まかな方向が示されているに過ぎない。しかし、現在すでに、3党の交渉パートナーの態度は、内部の対立と真の指導者不在に悩むCDU・CSUを古臭いものに感じさせる。金曜日以来、CDU・CSUとFDPの「ジャマイカ連立」の可能性は、はるかに遠退いた。

「連立交渉に参加する3党は、それぞれ大きなリスクを背負う」と見るのは、南ドイツ、アウグスブルクの新聞「ディー・アウブスブルガー・アルゲマイネ」だ。

話し合いの最初の1週間で妥協が生まれたにしても、真の試練は、実際に連立政権が樹立した後の政治的日常の中での小さな問題で起こるのが常である。SPDは、党首脳部の妥協に対して一般党員がどう反応するかを熟知している筈だし、緑の党やFDPも事情は同じであろう。「信号連立政権」が樹立されるのは、ほぼ間違いないと見られ、後は形式上の問題だと思われるが、この政権は成功するべく運命づけられている。3党の党首たちにとっては最大の挑戦ということになるが、この国にとっては大きなチャンスと言うこともできる。

東部ドイツ、テューリンゲン州のズールで発行されている新聞、「ダス・フライエ・ヴォルト」は、次のように見る。

緑の党とFDPは連邦議会選挙後、かつての政治的対立者に慎重に近づいた結果、お互いの間に予想以上に共通点がある事を確認したようだ。SPDとの3党の連立によって、お互いの類似点が今後さらに増大するかもしれない。時代精神にかなった、こうした連邦政府は、ドイツにおいては長年見られないものだった。

首都ベルリンで発行されている新聞「デア・ターゲスシュピーゲル」は、次のように書く。

数週間前までは、単なる理論上の考えに過ぎないと見られていた事が、今や現実のものとなる可能性が生まれた。当初SPDの連邦首相候補オーラフ・ショルツ氏が実際に連邦首相になるというのはかすかな望みでしかなく、FDPのリントナー党首自身、「そうなるという幻想を自分は持たない」などと述べていた。しかし、SPD、緑の党、FDPは社会的な進歩、デジタル化促進と環境に優しい改革、社会的な結びつきの強化といった目標を実現する見通しとなった。少なくとも、予備交渉の終わりにあたって、そういう方向に向かう希望が生まれた。しかし多分交渉委員たちは、予備交渉文書にうたわれている細かな点で一致したのではないと思われる。とにかく合意したこと自体が重要なのだ。本来考え方の遠く離れた3党が、慎重に信頼関係を築きつつ、速やかに一致点を見いだしたのだ。これらの政治家たちは、学習能力があり、妥協する能力がある事を示した。

予備交渉でのFDPに注目するのは、ドイツ北部、オスナブリュックの新聞「ディー・ノイエ・オスナブリュッカー・ツァイトゥング」だ。

この3党の予備交渉について最初に目立つのは、FDPが多くの得点をしたという事だ。もう1度よく見ても、そのことに変わりはない。経済政策や税制問題についての交渉結果をよく見ると、高額の最低賃金導入を除き、基本的にはFDPの方針が受け入れられていることが確認出来る。このシグナルは重要である。SPDは、そのプログラムと連邦首相の座を確保することになり、最低賃金を12ユーロに引き上げるという公約を実現することができる。緑の党も野心的な気候変動防止策の多くを通すことができた。SPDや緑の党がFDPの要求に譲歩したことは、社会全体へのシグナルと読むことができる。それはFDPとの「ジャマイカ連合」を望んだCDU・CSUの支持者へのシグナルと言うことも出来る。変化を求める人たちが、そのために批判されたり、屈辱を受けたりするべきではないというシグナルが隠されているのだ。

ドイツ北西部、ノルトライン・ヴェストファーレン州のエルデで発行されているローカル新聞「ディー・グロッケ」の見方は厳しい。

ようやく公表された文書からも、3党が、それぞれ不快なことを甘受しなければならなかったことが読みとれる。低所得層の減税は、高額所得層の税負担増大を避けるため、実現されなかったのだろうか?FDPのための、ちょっとした前菜は、SPDと緑の党にとっては、重い食事となる。一方、最低賃金の12ユーロへの引き上げなどSPDや緑の党の人たちにとって美味しいものは、FDPの支持者にとっては胃痛のもとである。こうした不快な点のリストは長く続き、一つ一つの点に危険が隠されている。その結果連立交渉が失敗する恐れが今なお存在する。

「緑の党の主張は全体として弱くなっている」と指摘しているのは、ベルリンのオールタナティヴな全国新聞「ディー・ターゲス・ツァイトゥング(die taz)」だ。

CO2の価格の値上げや高くなるエネルギー代への補助金など緑の党の主張の多くが、予備交渉文書には記されていない。交渉は、左寄りになったSPDとリントナーのFDPの路線に向かっている。緑の党は、連立交渉で不利な立場に追い込まれないように注意する必要がある。気候変動防止策が義務付けられないような「信号連立政権」には、あまり価値がない。

関連記事:連邦議会選挙、気候問題に関する各党の公約は?/選挙は終ったが、当分決まりそうにない連邦首相

 

 

 

 

One Response to 「信号連立政権」樹立に向けて、本格的な交渉開始

  1. ツイーリンスキ 洋子 says:

    ドイツの新政権が目指す”産業現代化をめぐる100年来最大の改革プロジェクト”を実現するには新しい政治の力が必要、同時に違う視点を持った3党のハーモニーも重要な要素ということでしょうかね。そこからドイツ政治の躍動を感じ取れます。 それにはドイツ国民、特に若い世代の政治、社会の変化を後押しする力が背景にあるのでしょうか? 日本は政治、社会の変化を希望しない、今の体制のままで良いとする社会の空気、特に若者世代に顕著に表れているような気がします。 永井さんの解説を読んでいると予想されるドイツの変化はワクワク感があって”いいな―ッ”っと思います。 首相と政権の顔ぶれ変えたでけで中身は何も変わっていないし、変化の兆しもあまり感じられない日本の政治状況と比べるとですが。次回のテーマを楽しみにしています。