CO2排出ゼロに挑むびっくり箱「レイチェル」

やま / 2015年6月14日
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「レイチェル」のHPは数々の問いから始まる

「我々は気候変動の影響を体験する最初の世代であり、それに対して何かができる最後の世代でもある」というオバマ大統領の言葉を行動に移した例でネットはあふれています。今回、紹介したいのは、「Jack in the Box(びっくり箱)」というケルンで生まれた団体のプロジェクトです。どこにでも置けて、エネルギーも水も自給自足で補えて、下水利用100%、CO2排出ゼロ、しかも手ごろで、だれにでも建てられる、びっくりするような住宅です。

簡単に移動できる

簡単に移動できる

私がこの団体について知ったのは、「将来性財団(Futur Zwei, Stiftung Zukunftsfähigkeit)」の創立者であるハーラルド・ヴェルツァー教授のホームページからです。このプロジェクトに関する記事に「関係の箱(Beziehungskiste)」という変わった題名が付けられていました。口語である「Beziehungskiste」という言葉は、複雑にもつれあったパートナー間の人間関係を表します。「Kiste(キステ)」とは和紙や桐でできた上品な箱ではなく、板で作られたおおきめの木箱で、古くなって少々傷がついても気にならない丈夫なものです。

電気は自給自足

電気は自給自足

この記事には「箱」に関係を持つ人物が4人紹介されています。一人目は団体「Jack in the Box」をつくった、いつも明るいラース・ランゲさん、40歳です。褐炭露天掘り地帯のそばで育った彼は15歳のときから環境保護活動に熱心だったそうです。かれこれ6年間、大学で哲学を勉強して修士なしで“卒業”。その後エコ電気会社に勤めますが、2年後にやめ、他の長期失業者といっしょに団体「Jack in the Box」を作り、「1ユーロ・ジョッバー」として生活しています。ドイツでは長期失業者の雇用促進のために、社会保障の掛け金と税金が免除されてアルバイトができるシステムがあり、失業手当を受けながら一定時間働く人のことを「1ユーロ・ジョッバー」と呼んでいます。彼らは廃物となったコンテナを幾つも改造して展示会室や集会所、自転車車庫などに利用してきました。デザイナーやアーティスト、都市開発関係者とともにリメイクした家具の展示会などもここで行なわれています。大きな箱のようなコンテナが変身するので「Jack in the Box(びっくり箱)」という団体の名前がついたのでしょう。この「関係の箱」の“二人目”がジャックです。

冬は調理しながら暖房

冬は調理しながら暖房

ある日、「コンテナと自給自足のネットワーク」という卒業論文を友達が見せたときに、「住まいの箱」のアイデアが生まれました。コンテナと言えば、ランゲさんが働いているこの団体独特のビジネスです。多種多様にアップサイクルできるコンテナですが、全体が鉄でできているために断熱や暖房などは複雑で、「住宅として使うのはエコではないな」とランゲさんは思いました。現在、住宅など建築物に関わるエネルギーの消費量は、ドイツの全消費量の40%を占め、温室効果ガス排出の原因となっています。「それでは、我々の団体が建築デザインコンペを行い、『1モジュールのエコ住宅』の設計案を募集してみたらどうだろうか」とランゲさんは考えました。この住宅の目標は、前例がないほど安価であること、エネルギーは自給自足で、移動可能で組み合わせ可能、箱のように積み重ねることができ、家族構成により増やしたり、減らしたりできることなどです。

温水も自給自足

温水も自給自足

コンペの課題をまとめている時に、ランゲさんはアメリカの生物学者であったレイチェル・カーソンのことを思わずにはいられませんでした。彼女が3人目の「箱」関係者です。1962年に出版された彼女の著書『沈黙の春(Silent Spring)』により、世界各国で環境運動は始まったのでした。「環境を汚染せずに、移動の自由と暮らす権利が誰にでも与えられる社会への第一歩がこのプロジェクトで実現できれば。そして、このプロジェクトこそ彼女の名前を持つべきだ」と彼は思いました。1単位の広さが24㎡(約7.3坪)、数段積み重ねることができて、建材はすべて再生資源であるエコ住宅「レイチェル」の建設費を1万から2万5000ユーロ(約139万~348万円)以下に抑えることがコンペの条件でした。土地を購入したり、借りたりするために無駄な負担がかからないように、敷地としては市の空き地を利用することが考えられました。「レイチェル」は自由自在に増やしたり減らしたりできます。住む人の数が増えれば積み重ね、減れば解体できます。

地下には食料倉庫と水溜めがある

地下には食料倉庫と水溜めを

建築デザインコンペに優勝したのはスイスのアマチュア職人、フルドライヒ・フークさんです。彼が「関係の箱」の4人目です。彼の提案した「レイチェル」は木の箱です。構造は地元の木材を使ったパネルです。パネルは普通のトラックで簡単に運べる大きさで、断熱には古新聞や木屑を利用します。箱の南側のファサードには3層ガラスの木製サッシが採用されます。屋上では温水と電力が得られるだけではなく、野菜などが育ちます。蓄電のためにはリチウムイオン電池が設置され、電力の自給自足が可能になります。家の照明は省エネのLEDでまかないます。

外壁は「野菜カーテン」を

外壁は「野菜カーテン」を

電力だけではなく雨水も下水も集め、野菜の栽培に利用します。ホットプレート付きのペレットオーブンは冬の調理と暖房用で、夏期間の調理には、庭の有機廃棄物を燃やして無煙でバイオ炭(燻炭)ができるストーブ(Pyrolyse-Ofen)の使用が提案されています。フークさんがコンペに提出した作品は図面ではなく、数々の簡単なスケッチとその説明でした。建築コンペの場合、普通、名前を伏せて図面を提出し、優勝作品が審査委員会により選ばれ、ほぼその図面のとおりに施工されます。「レイチェル」の優勝作品は、図面ではなく提案カタログでした。次のステップは、このカタログを基にして、それぞれの条件にあった「レイチェル」を実現することです。インターネットの社会ではすでに当たり前になっているオープンソースという考えに基づいた建築プロジェクトです。

以上で「箱」に関係する人物が4人揃いました。「これからは『関係の箱』という言葉にまったく新しい意味が出てくるのでは」と「レイチェル」についての記事は終わっています。

関連記事
“Beziehungskisten”, Ute Scheub,  http://www.futurzwei.org/#670-jack-in-the-box-teil2
「レイチェル」オフィシャルサイト、http://rachelarchitektur.de

スケッチはフークさんの提案カタログから、そして下記の写真は「レイチェル」の実現例です。

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