ドイツ、2038年までの「脱石炭」を閣議決定

池永 記代美 / 2020年2月23日

現在の工程表では2038年にこのノイラート褐炭火力発電所 など7つの発電所が止まり、脱石炭が実現する©️RWE

1月29日ドイツ連邦政府は、2038年末までに褐炭と石炭による火力発電から撤退することを決めた法律を閣議で承認した。ドイツでは2022年末までに脱原発を行うことが決まっているが、それに続いて「脱石炭」も決めたことになる。

脱石炭については、政府が招聘した「成長、構造改革、雇用」についての委員会、通称「石炭委員会」が昨年1月26日に勧告を出していた。その内容をいかに具体的に実現させていくか、政府は1年かけて電力会社、石炭産業のある地域の代表、労働組合の代表などと話し合いを進めてきたが、1月の中旬にほぼ関係者の間で合意がなされ、今回の法案ができあがった。「石炭員会」が勧告を出した1年前の今頃は、温暖化に対する危機感が高まり、Fridays for Futureの運動が急速に広がりつつある時だったので、勧告の内容は大きな注目を集めた。それに比べて、今回の閣議決定は粛々と行われたという印象を受けた。

脱石炭について、法案では以下のようなことが決まった。

30ある褐炭火力発電所に対しては、それぞれ稼働停止の日が決められた。工程表によると、それは2020年から2022年末までの間に8つの発電所、2025年から2029年末までの間に11の発電所、2034年から2038年末までの間に11の発電所が停止するというように、3段階に分かれている。「石炭委員会」が提案したように、経済的基盤がより安定している西側の発電所が先に停止されていくことになった。また発電を止めることで受ける損害に対して、電力会社は合計43億5000万ユーロ(約5220億円)の賠償金を受け取ることになった。

石炭火力発電については、褐炭火力発電のような明確の工程表はなく、早く停止することを決めた電力会社ほど、多くの賠償金を受けるという仕組みを作っている。具体的には、2020年中に停止する場合は、発電をやめた電力1メガワットにつき、最高16万5000ユーロ(約1980万円)までの賠償金がもらえる。その金額は年々減っていき、2026年には1メガワットにつき最高4万9000ユーロ(約480万円)となる。そして2027年以降の停止に対しては、賠償金は全く出ない。賠償金というインセンティブを利用して、電力会社が自ら早く停止するよう仕向けたわけだ。ところで石炭火力発電の多くは、電力だけでなく建物の暖房に使われる熱も作っている。そのため発電所がすっかり止まってしまっては困るので、燃料を石炭から天然ガスに自主的に変える電力会社に対しては、補助金を出すことも決まった。

また、脱石炭が順調に進んでいるか、2022年、2026年、2029年、2032 年と合計4回調査が行われることになった。調査は電力供給量が足りているか、電気代は上がりすぎていないか、期待通り気候変動対策の効果が出ているかという観点で行われる。そして2026年以降の調査では、2038年ではなく3年前倒しにして、2035年に脱石炭が達成できるかどうか検討されることになった。

「石炭委員会」の訪問時に、炭鉱や発電所の閉鎖に反対するLEAG社(本社はドイツ東部のコットブス市)の従業員©️LEAG

「石炭委員会」が勧告を作る際に苦労したのは、気候を守るための脱石炭を、関連業界で働く人たちの雇用や生活を守りながらどのように進めていくかという点だった。職を失うという不安が、温暖化対策や政府への不満になりかねないからだ。それに関して今回の法案では、脱石炭により2038年までに職を失う58歳以上の人に対して、年金受給が始まるまでの間、最高5年間つなぎ資金の支払いが行われることになった。その費用は連邦政府が3分の2、該当地域の州政府が3分の1負担することになっており、総額は48億ユーロ(約5760億円)になると見積もられている。さらに石炭産業や発電所を失い 経済的な打撃を受ける地域に対して、2038年までの間に、連邦政府が合計400億ユーロ(約4兆8000億円)の経済支援を行うことも決まった。

政府はこの法案を今年の夏までに連邦議会で通過させるつもりだが、この法案に対して「石炭委員会」のメンバーの一部から強い批判の声が上がった。委員会が苦労して作り上げた社会的合意を無視したもので、一番大切な目標である温暖化対策が、企業や地域の利益を守るために犠牲になったというのだ。その理由の一つは、委員会の勧告より発電所の停止時期が遅くなっており、そのため2030年までに勧告より4000万トン二酸化炭素の排出量が多くなっている点だ。もう一つの批判点は、ドイツ西部にあり、完成はしているが一度も動いたことのない石炭火力発電所ダッテルン4を稼働させるとしたことだ。 アルトマイヤー連邦経済相は、「新しい技術を備えていて比較的二酸化炭素の排出量の少ないダッテルン4を稼働させた方が、古い発電所をそのまま稼働させるよりよい。2022年に脱原発することが決まっている中で、電力の安定供給を確保するために下した判断だ」と語っている。しかし脱石炭を決めておきながら、新しい石炭火力発電所を稼働させるのは、目的とは逆行したマイナスのイメージをもたらすことになると言うのが批判する側の理由だ。確かに勧告通り、褐炭採掘のために犠牲になりそうだったハムバッハの森の木は伐採されず森はそのまま残ることになったのに比べて、これは残念なことだと思う。

石炭火力発電に対して2027年以降賠償金が出ないのはおかしい、という電力業界からの批判もある。政府が発電所を停止させることは、所有権の侵害ともみなせるからだ。このような批判があるために、法案がいまのまま連邦議会を通過するかどうかはわからない。しかし微調整はあったとしても、2038年までに脱石炭を実現するという大枠に変更はないはずだ。フラウンホーファー太陽エネルギーシステム研究所が新年早々発表した数字によると、昨年の電力発電源に占める割合は褐炭が19.7%、石炭が9.4%で、合わせると29.1%になる。これだけの発電源を放棄することを宣言したドイツは、エネルギー転換への新たな大きな一歩を踏み出したことになる。

 

 

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