飢餓は、政治的な暴力

やま / 2016年1月10日

buch_1a牛肉の大量生産が環境汚染及び温室効果ガス排出の原因となっていますが、市場経済システムにおいては更に貧困や飢餓の原因につながるというマルティン・カパロス氏の話に興味を持ちました。マルティン・カパロス氏はアルゼンチン出身の作家で、数年にわたり、世界10カ国を旅して、10億人の人々が、なぜ飢餓に苦しんでいるのかを分析し『飢餓(El Hambre)』にまとめました。今回、ドイツ語の翻訳が出版されたのにあたって、ドイツの公共ラジオ局(ドイチュランドフンク、DLF)は同氏にインタビューしました。

DLFの番組は放送後、ウェブサイトを通じて、テキストを読んだり聴いたりすることができます。聞き手はラテンアメリカ専門の評論家、ペーター・B・シューマン氏。以下抜粋

経済・政治システムにより飢餓は生じるのでしょうか?

牛肉1kgを生産するのに10kgの穀物が必要です。10kgの穀物を収穫した人には、売るに当たり、二通りの取引が考えられます。1kgずつ10人の消費者に売るか、10kgを畜産企業に売るかです。企業は10kgの穀物から、一人の“金持ち”のために1kgの牛肉を生産し、高額な利益を得ます。このように需要と供給が一致して、自由経済の原則に基づき、多くの農産物の取引が成立しています。世界中の農産物の取引はシカゴにある取引所で行われています。大手の企業は市場での取引が絶えないように農産物の生産量を上げていきます。食べ物は地元の需要には回らず、市場で価格を高騰させるための商品として取引されます。

世界人口の増加と食べ物の不足が飢餓の原因ではないのでしょうか?

現在、世界人口70億人の人たちが十分に食べられるだけの食糧が生産されています。実際、その量は需要量を上回っているでしょう。しかし、この食糧の大半は世界人口の3分の1以下に当たる20億人が消費しています。その一方、およそ10億人の人々が飢餓に苦しんでいると推測されています。食べ物は十分にありますが、平等に分配されていないのが現状です。

飢餓が最も深刻な地域とは?

インドでしょう。インド国内では2億~2億5000万人の人々が飢餓に苦しんでいます。それでも大量の食糧が国外に輸出されています。インドの農業経済は市場で利益を上げることを重視して、貧しい国民の食生活についてはあまり関心がないようです。

特にインドのヒンズー教は残酷だと思いました。「お前がいま飢餓に苦しんでいるのは、カルマの法則だ。前の人生に何か悪いことをしたからこそ、今の人生でそれを償わなければいけない」と、飢餓の原因は自分個人にあるという教えです。

最も残酷な飢餓状態とは?

一番残酷な飢餓とは、今日とは限らず、明日もあさっても食べる物がない絶望的な状態です。この本を書くに当り、私は自己実験をしてみようと考えました。8日間何も食べなかったら、自分の体はどうなるのかと知りたかったからです。丁度その時、病気になり4日間、何も食べることができなくなりました。その際明らかになったのは、私の考えた自己実験はあくまでも肉体的な実験であり、飢餓ではない。なぜならば、実験中でもその後でも、私は何時でも何か食べることができると分かっていたからです。

飢餓を苦しむ人々の大半は女性であると本を読んで感じたのですが。

なぜならば、女性は子どもたちを育てなければいけないからです。多くの地域では女性の食べる量が男性よりも少ないのが習慣となっています。バングラデシュで出会った母親のことを思い出します。何を子どもたちに食べさせて良いか分からず、お腹をすかせた子どもたちに「お母さんは明日のスープを作るから」と言いながら寝かした後、子供たちが安心するように、石しか入っていない鍋を火にかけた母親。この母親に、明日の朝はどうなるのかと私は聞けませんでした。

インドのある「国境無き医師団」を訪ねたとき、痩せ衰えた1才ぐらいの子どもを診療所に抱えてきた母親がいました。原因は栄養不足だと言う医者に対して、子どもには毎日一皿の米を与えていると話しました。子どもが育つには多種多様な食べ物が必要であることを、母親は知らなかったし、どこから十分な食べ物を手に入れれば良いのでしょうか。親が飢餓に苦しんでいると、子どもへ、そして孫へとその悪影響が続きます。社会はこの状態を遠回しに「急性栄養不足」と呼んでいますが、はっきりと「飢餓」と呼ぶべきだと思います。

「飢餓で苦しむ人々は、資本主義社会で不要となった人たち」という意味は?

調査をしていて驚いたことは、世界の人口の約5分の1の人たちが、今まで暮らしていた社会とのつながりを失っていることです。ここ数年間で、技術の進歩や社会情勢の変化により多くの人々は職や住まいを失い都市へと移らなければならない状況に追い込まれています。貧困層が多く住む大都市のスラムには職、住まい、健康管理そして食べ物が十分にありません。ここにいる人たちはまったく不要となった労働力です。資本経済社会すら彼らをどう搾取していいのかわからない、これはまったく資源の浪費といえます。もし企業の経営者が、このように労働力の20%を無駄に休ませていれば、直ぐに首になるでしょう。

飢餓の原因は食べ物の不足ではなく貪欲」という指摘には同感できないのですが。

飢餓の原因を調べてみると豊かな生活を送る私たち消費者にも責任があり、今後、私たちがどのような食生活を送るかが不可欠条件となります。世界の人口からみると私たちは少数者です。もし世界中の人たちが、私たちと同じような食生活を送るならば、2年間で世界は破滅してしまうでしょう。

「どの政治制度も飢餓問題を解決できなかった」と同書に述べていらっしゃいますが。

資本主義をはじめ社会主義も飢餓問題を解決することができませんでした。20世紀最大の飢餓の例を取り上げてみると、1930年代のソ連の社会主義制度下にあったウクライナ。1940年代のナチス・ドイツの占領下にあった東欧諸国。そして1959~1960年に3500万人の人が餓死した中国の共産主義制度などが挙げられます。恐るべきことに、一党独裁制であり、そして“スーパー資本主義”でもある中国だけが今のところ問題解決に成果を上げたと言えます。中国では飢餓における被害者の数は20年前と比べて、およそ1億人減ったそうです。

飢餓をなくせば自然に貧困問題も解決できるでしょうか?

飢餓をなくすためには2つのことを考えなければなりません。ひとつは、食生活に直接影響を与えることです。1日一人当たり500カロリーを2000カロリーに上げることです。国連の推計によるとそのコストは年間300億ドル。全世界の経済力を合わせると300億ドルはなんでもありません。ちなみにアメリカ政府が金融機関へ資本注入した金額は85億ドルでした。二つ目は飢餓の原因である貧困、不平等な分配をなくすことです。この場合政治的な解決策が必要で、前者と比べると一段と複雑だと思います。

飢餓を理由として政治的暴力は弁護できるでしょうか?

飢餓は政治的暴力です。2~3年前に潘基文国連事務総長が発表した統計によると、毎年飢餓が原因で死亡する子どもの人数は300万人、毎日8000人の子どもたちが先進国ではなんでもない病気で亡くなっているのです。食べるものがないので免疫力がないからです。こんな不平等なことはありません。私たちにできることは何でしょう。まず初めにこの問題をはっきりと認識することです。他人の問題ではなく、私たちの問題だと自覚することです。食べるものがない人が存在しているということは、ある人がその人に暴力を加えているということに相当します。もし私たちが真剣に考え、本気で行動していけば、この問題はいつかは解決できるでしょう。

この本のテーマのひとつとしてサミュエル・ベケットの言葉がありますが。

Ever tried. Ever failed. No matter. Try again. Fail again. Fail better.(サミュエル・ベケット、1906)
挑んでみた。失敗した。構わない。また挑め。また失敗しろ。今度はもっと上手く失敗しろ。

私たちは成果主義の社会から脱却しなければいけないと思います。私たちは今、複雑な社会の転換期にいます。新しいパラダイムが生まれているとはまだ気づいていません。世界がいつかは平等な社会に転換していくとは思っていても、多くの人ははっきりと意識していないようです。私は本を書くことにより、社会転換の必要性を知らせたいと思っています。どんなに小さな行動でも、いつかは役に立つと信じているからです。

ドイツ語版の『飢餓』の表紙にはこのような文章が書かれています。
Wie zum Teufel können wir weiterleben, obwohl wir wissen, dass diese Dinge geschehen?
このような事が生じていることを知りながら、これからいったいどのように生きていけばよいのだろう?

 

関連リンク
DLFのウェブサイトに掲載されているインタビュー(ドイツ語)

著書の紹介(日本語)
http://www.newspanishbooks.jp/book-jp/el-hambre

世界の食糧事情(日本語)
http://www.hungerfree.net/hunger/food_world.html

ペーター・B・シューマン、Peter B. Schuman
http://www.iai.spk-berlin.de/en/friends-of-the-iai.html

写真参照
Silvia Rodríguezhttps://twitter.com/Silvia_Rod_

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