「計算された挑発」-安倍首相の靖国神社参拝についてのドイツのメディアの反応
ドイツのクリスマスの祝日は12月24日、イブの午後から26日までの2日半だが、クリスマス2日目の26日の早朝からドイツのラジオ、テレビは安倍首相の靖国参拝をニュースで盛んに取り上げた。クリスマスでドイツ国内のニュースが少ないこともあって、ほとんどがトップニュースだった。ドイツと日本の時差は8時間、日本の方が早いため、午前中の安倍首相の参拝直後から東京のドイツ人記者たちが伝えたことになる。翌日の新聞の多くもdpa通信などの配信記事をまとめた事実の報道から、署名入りの解説的記事まで、多くは写真入りで掲載された。
「日本の首相、神社訪問で中国を挑発」という見出しで記事を書いたのはベルリンで発行されている全国新聞「ディー・ヴェルト(Die Welt)」のジョニー・エアリング記者だ。同記者は「よりによって中華人民共和国の建国の父である毛沢東初代国家主席の生誕120周年のお祝いの日に、安倍首相が靖国神社に参拝したことが中国人の神経を逆撫でした」と指摘している。エアリング記者は「安倍首相が激しい論議を呼んでいる靖国神社に参拝した2時間前、北京の天安門広場で習近平国家主席ら中国共産党の最高指導者7人が、毛沢東の霊廟にお参りし、水晶の棺の前で伝統に則って三拝した。革命家の毛沢東は1883年12月26日に生まれている。まさにその記念すべき日に東条英機元首相らA級戦犯が合祀されている靖国神社に安倍首相が参拝したことを、中国政府はタイミングを合わせた完全な挑発だと受け取り、激怒した」と書き始め、中国政府の激しい反発の声を伝えている。「我々は日本の首相の行動を最も厳しい形で批判する。彼の行為はアジア諸国の人々の感情をひどく傷つけるものであり、中国政府は絶対に受け入れることができない。今後の日中両国の外交関係に重大な影響を与えざるを得ない」(中国外務省スポークスマン)。
エアリング記者はドイツ人読者のために、中国と韓国の国民は靖国神社を日本の軍国主義、中国やアジアへの侵略戦争のシンボルと見なしていること、日本の首相の靖国神社参拝を日本が侵略戦争の過去とアジア各地での戦争犯罪行為の罪を認める用意がないことを示すものだと受け取っていること、閣僚や国会議員の靖国参拝は時々あったが、首相の参拝は2006年8月の小泉元首相の参拝以来なかったことなどを説明し、安倍首相の今回の参拝で日中関係は氷河期に入ったと結論づけている。
「計算された挑発」というのが12月27日付の南ドイツ新聞のクリストフ・ナイトハート記者の記事の見出しだ。「日本の安倍首相は、中国や韓国との和解に関心がないのではないか、主要政策として掲げる経済回復政策は実は優先順位が低いのではないか、人々の抱くこういったすべての疑問を今回一気に晴らした。彼は昨日、約250万人の兵士がまつられ、A級戦犯も合祀されている靖国神社を訪れたのだ。安倍首相は2006年以来靖国神社に参拝した最初の首相となった。この参拝は東シナ海の島をめぐる中国との緊張関係が一段と高まった時に行われた」。こう書き出したナイトハート記者は、中国外務省のスポークスマンの「恥知らずな行為」という発言やアメリカ国務省が安倍首相を公然と批判したことなどを伝えた。もちろん安倍首相が参拝の後発表した「靖国神社を参拝したのは恒久平和を祈念するためで、中国や韓国の国民の感情を傷付ける気持ちはなかった。両国との関係は重要だ」という談話の内容も報道している。
ナイトハート記者は20世紀前半、第二次世界大戦が始まるずっと前から日本が中国の一部と韓国を植民地化し、中国人を相手に化学兵器や生物兵器の人体実験をしたこと、何万人ものアジアの若い女性たちを戦時性暴力の犠牲者にしたこと、罪のない多数の民衆を理由もなく殺害したことなどをあげ、こうした歴史的な理由から中国や韓国政府は日本の政治家たち(特に首相)の靖国神社参拝を日本政府の形式的な謝罪の言葉が真剣かどうかをテストするいわば政治的リトマス試験紙とみなすようになったと説明する。「日本政府は確かに何度か持って回った言い方で間接的な謝罪の言葉を述べてはいるが、それは心からのものではないと受け取られている。こうした近隣諸国の感情を考慮して最近の日本の首相は靖国神社参拝を避けてきた。日本の天皇も1978年以降は参拝していない。今回も安倍首相の参拝は個人としての私的な参拝だと日本の外相は強調している。しかし、そうした抑制的な態度は尖閣諸島をめぐる紛争以来必要なくなったと首相関係筋は考えているようだ」とも書かれている。
今回の安倍首相の靖国神社参拝のマイナスの影響は予想できないほど大きいと同記者は見る。「安倍首相は中国や韓国との関係は重要だと談話のなかで述べているが、輸出国日本にとって生死に関わる重要な問題、近隣諸国との貿易関係にも現在すでに影響が出ている。しかも、それだけではなく、将来の貿易関係に関わる交渉も頓挫している。中国、韓国、日本3国の間の自由貿易協定交渉が数年前から行われているが、中国、韓国両国は超右翼の安倍首相との交渉を拒んでいる」。こうした状況を十分認識している安倍首相が、なぜこの時期を選んで敢えて靖国神社に参拝したか、同記者はその理由を探ろうとする。「安倍首相の言葉を信じるとするならば、日本の首相はその右翼ナショナリズムの思想や戦前の軍国的な日本を取り戻そうとする姿勢と、中国や韓国との経済関係を大事に思う気持ちが両立すると考えているようである。それに対する東京の観測筋の見方は3通りある。まず第1に彼はナイーブ、無思慮だという見方である。第2が安倍首相は狂信的なナショナリズムにとらわれていて、外交的、経済的計算を度外視しているという説。第3は冷酷な打算家という見方である。中国や韓国との関係は今冷えきっているので、首相就任1周年を記念して靖国神社に参拝したところで、両国との関係はこれ以上悪くはならないだろうと考えたというのだ。これに対して日本国内では靖国神社を参拝することによって、自分の思想に近い国内の右翼過激派や選挙の勝利の基盤となった右翼的な支持者たちに選挙での公約を果たすことが出来ると計算したという見方である」。こういう言葉でナイトハート記者の記事は終わっている。
なお、同じ日の南ドイツ新聞には「国より進んでいる天皇」というタイトルの80歳を迎えた象徴としての現天皇の人柄や活動についての同記者の記事も掲載されている。同記者は日本の現行憲法を世界に稀な優れた憲法と評価している事も付記しておく。
「歴史的な重荷」というペーター・シュトゥルム記者の社説を一面に掲載しているのは、フランクフルトで発行されている、どちらかというと保守的な全国新聞、フランクフルター・アルゲマイネ(Frankfurter Allgemeine、 FAZ)紙である。「戦死者を追悼すること、それ自体はもちろん悪いことではない。しかし、それでもなお、日本の首相がたとえ私人としてではあれ、今なぜ当てつけがましく靖国神社を訪問したかの意味を問わなければならない。安倍首相は靖国参拝が引き起こす結果、特に中国や韓国の反応について十分認識していたであろうことは疑いない」。社説はこう書き始められている。同記者は安倍首相がなぜこういう行動に出たのかに対する答えを、彼の個人的な「歴史的な重荷」に見いだすのだ。「安倍首相は歴史的な問題について家庭的な重荷を抱えている。彼の祖父は戦後戦犯として裁判にかけられた。その後無罪となったが、孫の安倍晋三はこの祖父に対する不当な扱いを償わなければならないと今日まで信じているようだ。その上、彼のこうした態度によって国内の、あるいは党内の国家主義的な右翼勢力の間で彼自身が人気を得るという利益がある。しかしこうした安倍の姿勢は、憂慮のきっかけを与える。“彼”の率いる日本は、基本的な人権といった普遍的な価値とは別の道を歩もうとしている。しかも、それは他の国の呪いの言葉を呼び起こし、それが再び自分の身に降りかかってくる。同じ力で仕返しをされるのだ。従ってこの地域の緊張緩和は当分期待できない」。
「こういう意気消沈するような事態を招いたのは日本にだけ責任があるのではないが、日本は何らかの緊張緩和へのジェスチャーを示すことができる筈である。例えば1970年代に合祀されたA級戦犯の合祀をやめるとか、事態改善の道はあるのではないか」とシュトゥルム記者は主張する。同記者は中国が日本の侵略的な過去に関して日本国内の右傾化を批判するのは当然だとする一方で、中国側にも注文を付ける。「日本が今、東アジアにおける戦後の秩序を壊そうとしているという中国の非難はあたらないし、奇妙な主張である。日本が危険な道を歩み始めているのは確かだが、それは今に始まったことではない。それに戦後の秩序を覆そうと周辺諸国を脅かしているのは中国も同様である。中国海軍の船が東シナ海や南シナ海を絶えずパトロールしているのはなぜなのか? 中国が日本を激しい言葉で批判した同じ日、中国は大きな犯罪を犯した毛沢東元国家主席を崇拝する行事を催した。自国の過去の歴史と誠実に向き合わなければならないのは、中国も同じである」。 FAZの社説は、日中両国へ真摯な態度で自国の歴史と向き合うよう求める言葉で締めくくられている。
もう一つドイツの全国向けラジオ放送、ケルンにあるドイチュラントフンクの番組で取り上げられたドイツ以外の新聞論調を簡単にご紹介する。このラジオ局は1日に何回もドイツ内外の新聞論調を放送しているが、2013年12月26日の午後、12時50分からの放送では、靖国参拝問題を取り上げられていた。ドイツのお隣の国ポーランドのワルシャワで発行されている全国紙「ガゼッタ・ヴェボルチャ(Gazeta Wyborcza、選挙新聞の意)」は「安倍首相は最近何年間の近隣諸国との緊張緩和政策を転換しようとしている」と見る。「安倍はナショナリストである。そして日本の“誇り”を取り戻し、戦争犯罪について謝罪し続けることに終止符を打ちたいと考えている。安倍首相は日本を自衛力以上の力を持つ強力な軍隊を持つ国にしようとしている。安倍首相はなぜそうするのか? 多分彼は自国内で高い人気があり、中国や韓国との関係はもともと悪く、これ以上悪化することはないと思われるため、今なら彼の考えを実行に移すことができると考えたに違いない」。ワルシャワの新聞、ガゼッタ・ヴェボルチャはこのような見方を示している。
「安倍首相は彼の靖国参拝が中国や韓国を侮辱することになるのを知っていた。安倍にとってはそれでもかまわなかった。何ものも彼の超右翼的な政治の道を防ぐことはできなかった」、こう書きだしているのは北京で発行されているチャイナ・デーリー(China Daily(中国日報))だ。「安倍首相は日本の平和憲法を変え、日本を軍事大国につくり直すことを目指している。安倍首相は今回の行動で中国と韓国との対話の扉を閉じてしまった。国際社会や中国は、日本との関係を将来どのようなものにするか、考え直さなければならない」。
イギリスのザ・テレグラフ(The Telegraph)紙は次のように論評している。「新しい挑発は、最も望ましくないものだったが、まさに最悪の挑発を安倍首相は行った。日本の近隣諸国は今回の日本の首相の行動で、日本では戦争の過去が完全には終わっていないことが証明されたと受け取った。それもまったく不当とは言いがたい。しかし、すべての関係国は対立するよりも協力する方がずっと多くを得られることを考えるべきである」。
最後にEU(欧州連合)が安倍首相の靖国神社参拝を受けて発表した声明の日本語訳を紹介しておく。
キャサリン・アシュトン欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長は本日以下のような声明を発表した。
「上級代表は、日本の安倍首相が12月26日に東京の靖国神社に参拝したことに留意した。この行為は、周辺地域の緊張緩和や日本の近隣諸国、特に中国と韓国との関係の改善に貢献するものではない。同地域の国々はこの数ヶ月来、平和と安定に向けた各々の決意を再確認してきた。欧州連合(EU)は一貫して、これらの決意を基礎として、論争に慎重な外交で対応し、緊張を高めうる行動を慎むことの必要性を強調してきた。 EUは、関係各国に対し、近隣国と同地域の信用を高め、緊張を緩和し、長期的安定を確保する前向きかつ建設的な関係を築くよう促したい」(駐日欧州連合代表部発表の日本語訳)。
キャサリン・アシュトン欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表の原文(英語)
安倍首相の靖国神社参拝についての質問です。第二次大戦で同じ敗戦国のドイツは、戦死した兵士の追悼をどのように行っているのですか? 侵略者としてのドイツ軍兵士の参拝は許されるのでしょうか。日本も同じく敗戦国です。侵略戦争を行った日本の兵士の参拝はどのようにすればよいと考えますか。個人的に行うのでしょうか、それとも国家が行うにでしょうか、公益法人的な組織が行うのでしょうか、宗教を介在しない方法がよいのでしょうか…..。日本の歴史認識ですが、中国や韓国は敗戦国としての、また、侵略国としての歴史認識が正当だと考えていると思うのです。戦後70年近くなろうとしていて、日本は国連(戦勝国)に資金供与を行ってきました。それでも、敗戦国としてこれからもその立場でいなければならないのでしょうか。その辺りの考え方をドイツの方々はどのように考えているのでしょうか。稚拙な質問ですみません。同じ敗戦国の考え方行動が知りたく、メールしてみました。以上
亀田倖昌さま
コメント見逃していてすみません。ベルリンの中心部にあるかつての王宮の衛兵所、ノイエ・ヴァッヘが現在では戦争とナチズムの圧政の犠牲者を追悼するドイツの中央記念碑となっています。ドイツの記念碑は戦没兵士だけではなく、戦争の犠牲となったドイツの一般市民や外国人でナチの犠牲になった人たちすべてを追悼していることが特徴です。有名な彫刻家、ケーテ・コルヴィッツの死んだ息子を抱え、悲しみに暮れる母親の像の作品は戦争の悲惨さを訴えています。外の壁にはドイツ語だけでなく、英語、ロシア語、ポーランド語、そして日本語でも、中央記念碑の主旨が説明されています。