コロナ•ワクチンの接種がスタート
「1番目は101歳の女性!」。 クリスマス二日目の祝日である12月26日、 ドイツで初めてのコロナ•ワクチンが101歳の女性に投与されたというニュースが大々的に流れた。 コロナ禍で苦しんだ2020年だったが、ドイツでもワクチンの接種が始まったというこのニュースのおかげで、もうじきコロナが克服できるのではないかという希望とともに、新しい年を迎えることができた。
ドイツを含む欧州連合 (EU) を構成する27カ国は、それぞれの国ではなく、EUとしてコロナ•ワクチンの承認や購入をすることを決めていた。EUで第1号のワクチンとして承認されたのは、ドイツのバイオテクノロジー企業バイオンテックとアメリカの大手製薬会社ファイザーが開発したBNT162b2だ。このワクチンの承認は昨年の大晦日ごろになると思われていたが、欧州医薬品庁 (EMA) が 12月21日に承認したのを受けて、EUの執行機関である欧州委員会もその日の夜、同ワクチンを承認した。承認が早まったのは、アメリカやイギリスでこのワクチンの接種がもう始まっているのに、「ワクチンの開発をしたバイオンテックの本社があるドイツはいつまで待たなければならないのか」というドイツの世論が影響したという説もある。その真偽は不明だが、EUは年明けを待たず、 12月27日に加盟国で一斉に予防接種を開始することにした。
それだけに、12月26日にドイツでワクチンの接種が行われたというニュース に驚いた人が多かった。最初の接種を受けた101歳のエディット•クヴォイツァラさんは、ドイツ東部のハルバーシュタットという町の老人ホームに住んでいるが、そのホームの経営者は、一日も無駄にしたくなかったと、特別に許可を得て一日早く接種を始めた理由を語った。老人ホームや介護施設での集団感染が原因で亡くなる人が多いことを思えば、当然のことかもしれない。看護師だったクヴォイツァラさん自身は、「もう十分長生きしたから、予防接種はしなくていい」と息子さんに語っていたそうだが、「ホームで集団感染が発生したら息子に会えなくなる」と考えを改め、予防接種を受けたそうだ。
その翌日の12月27日、ワクチン接種が正式に始まった。ドイツでは保健行政は州の管轄であるため、国の代表が出席したり予防接種を受けたりするような国家的なイベントは行われなかった。その代わりに各州で、州首相や保健相が立ち会い、ワクチン接種の開始を告げる式典めいたものが行われた。ベルリンで最初にワクチンの接種を受けたのは、これまた 101歳のゲルトルート•ハーゼさんという老人ホームに住む女性だった。フランスに住むハーゼさんの娘さんが偶然その様子をテレビのニュースで見て、驚いて電話してきたと、ハーゼさんは嬉しそうにホームの職員に語ったそうだ。ハーゼさんの接種の場に立ち会ったベルリン州保健相ディレーク•カライチ氏は、「予防注射によってコロナから高齢者を守ることができる」と、ホッとした表情を見せた。
ドイツ政府は予防接種を最優先で受けるグループとして、高齢者や持病を持つ人、医療関係者、老人ホームや介護施設の入居者と決めていた。しかし、それだけの人に一度に接種するためのワクチンがまだ供給されていないため、老人ホームや介護施設の入居者を最初の接種対象に選んだ州が多かった。コロナに感染した場合、重症化したり死亡したりする率が高いからだ。そうした施設に出向いて接種を行うために、ベルリンでは60の移動接種チームが編成され、昨年秋に閉鎖されたばかりのテーゲル空港の建物がその拠点として使われている。医師、薬剤師、それに連邦軍の兵士2名が一つのチームを組むのだが、兵士は車の運転をしたり、接種に関するデータの記録を取ったりするのが務めだという。
このような移動チームと並行して、全国各地にワクチン接種センターも約440ヶ所設けられた。BNT162b2というワクチンはマイナス70度で保管しなければならないが、普通の病院や診療所は超低温の冷凍庫を持っていない。それに少しでも早く集団免疫を獲得するためには、早いペースで多くの人にワクチンの投与をしなければならない。こうした問題を解決するのが、 1日に1000人以上の接種を行えるような大規模な接種センターというわけだ。センターにはコロナ禍のために休業を強いられている見本市会場やイベントホールが使われている。センターを稼働させるには建物だけでなくスタッフも必要だ。医師、薬剤師、電気関係の設備をケアする技術者、受付や案内係などが 地元医師会や赤十字などの様々な組織を通じて集められた。
昨年の12月26日以来、今までに104万8160回分のワクチンの接種が行われたが(1月15日現在)、この間に接種にまつわる様々な問題が生じた。例えばドイツ南部のある地域に最初に届けられたワクチンは、輸送中の温度管理が適切に行われていなかったことが判明して使用が見送られ、その地域では12月27日に接種を始めることができなかった。また、ベルリンのワクチン接種センターでは予定していた人数の人が会場に来なかったため、使えなくなったワクチンを処分するという事態も発生した。その一方で、ワクチンがあればもっと多くの人に接種ができるのに、供給量が少ないと不満を漏らす地域もあった。接種の申し込みのホットラインに電話がつながるまでに、1時間以上にわたって何十回もかけ直さなければならなかったという人もいた。こうした混乱が予防接種を呼びかける政府のキャンペーンへの反感や、ワクチンそのものに対する不信感を招く可能性もある。ワクチンが開発されればコロナは撲滅できると思っていたが、そんな甘いものではないことがよくわかった。
ドイツが供給を受けたワクチンが少なすぎたという声は、EUによる共同購入ではなくドイツは独自でワクチンを購入すべきだったとい批判につながった。しかしドイツ政府は、EUが協力してパンデミックと闘うことが必要で、ワクチンの共同購入もその一つだと主張する。ワクチン•ナショナリズムという言葉があるが、確かに経済力のあるドイツがワクチンを買い占めれば、ほかの加盟国から反感を買うだけだろう。それに 欧州の中心に位置するドイツと近隣諸国の間は、人と物資の流れで繋がっている。ドイツだけが集団免疫を獲得しようというのは意味がない。島国の日本とは違うこんな苦労が、ドイツにはあるのだ。ワクチン不足に対しては、バイオンテック社がワクチンの増産ができるよう、ドイツ政府が支援することになった。またバイアル(管瓶)一本のワクチンを、今までのように5回ではなく6回に分けて使って良いという許可もEMAから降りた。すでに新年早々の1月6日に、アメリカのモデルナ社のワクチンもEUでの承認を受け、ワクチン不足は徐々に解消されつつある。
ワクチンの種類が増え、ワクチン接種センターが本格的に稼働すれば、接種のペースはますます早まるはずだ。しかし、今度は別の議論が起こりつつある。医療関係者や介護士の中に、現時点ではまだワクチン接種を望まないという人が多いため、このような特定の職種の人は予防接種を受けるべきだと主張する人が出てきたのだ。だが接種は強制されてはならないし、接種を拒否した人への差別が起きてもいけない。逆に、すでに接種を受けた人は映画館や飲食店を利用できるようにすべきだ、自由に旅行できるようにすべきだ、 という声もあるが、そのように接種を受けた人が優遇されるのも問題だ。また、ワクチンの投与を受けた人はウイルスを人に移さないということはまだ証明されていないため、マスク着用やソーシャル・ディスタンスなどの規則を、これからも守らなければならない。ドイツで希望者全員がワクチンの接種を受けることができるのは、早くても夏頃と言われている。それまでコロナとの闘いはまだまだ続くのだ。