初の「ドイツのための選択肢」の郡長誕生に、衝撃走る

池永 記代美 / 2023年7月4日

6月24日、ロシアのワグネル•グループの創設者がプーチン大統領に謀反を起こし、世界中を驚かせたその翌25日の日曜日の夜、ドイツでは別のニュースがトップに躍り出た。ドイツ東部テューリンゲン州ゾンネベルク郡長選の決選投票で、右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢 (AfD)」の候補者が勝利し、州や郡、市レベルで、同党に所属する初めての首長が誕生したからだ。

ゾンネベルク郡は、人口5万6000人ほどのドイツで2番目に小さな郡だ。郡都のゾンネベルク市は16世紀からおもちゃ作りが盛んで、第一次世界大戦前には世界のおもちゃの20%を生産していたという。しかし、今はドイツ人の間でも、その名はほとんど知られていない。そんなゾンネベルクが全国的に注目されることになったのは、6月11日に行われた郡長選挙で、4人の出馬者のうちAfD候補ローベルト・ゼッセルマン氏(50歳)が46.7%を獲得し、35.7%のキリスト教民主同盟 (CDU) 候補ユルゲン・ケパー氏(57歳)を抑えて首位に立ったからだ。ただし、ゼッセルマン氏は当選に必要な過半数の支持を得られなかったため、上位2人の間で、2週間後の6月25日に決選投票が行われることになった。AfDの党員が自治体の首長を務めたことは今までにもあったが、それはごく小さな村や町の首長で、報酬の出ない名誉職であったり、住民代表により間接的に選ばれたりしたものだった。もしゼッセルマン氏が決選投票に勝てば、直接選挙という民主主義的方法を経てAfDに属する初めての専任の首長が誕生することになる。それも、村や町より規模の大きい、郡や市のレベルで首長の座に着くのだ。

ゼッセルマン氏はゾンネベルク生まれの弁護士で、2019年からテューリンゲン州の州議会議員を務めている。一方のケパー氏は2018年からゾンネベルクの副郡長を務めている。数の上では、1回目の選挙で3位だった社会民主党 (SPD) 候補(得票率13.3%)と、4位だった緑の党と左翼党の共同候補(得票率4.4%)の支持層を取り込めれば、CDU候補ケパー氏の勝利は手堅いはずだった。2019年6月に行われたザクセン州ゲルリッツ市長選、昨年10月のブランデンブルク州コットブス市長選、今年6月のメクレンブルク=フォアポメルン州都シュヴェリン市長選など、最近、AfD候補と他党の候補者の間で、一騎打ちの決選投票が行われることが多くなってきたが、いずれもAfD以外の民主主義政党が結束してAfDの対立候補を支持することで、AfD候補が勝利することを阻止してきた。政策上の共通点がほとんどない自由民主党 (FDP) と左翼党が共闘するなど、ちょっと想像しにくいことだが、ドイツの一部の地域では、AfDに勝つにはそれ以外の選択肢はない、というところまで来ているのだ。

ゾンネベルクの選挙は全国的に注目され、「AfDに勝たせてはならない、CDU候補に投票しよう」という呼びかけが、地元だけでなく全国の政治家などから行われた。2021年9月の連邦議会選挙では、ゾンネベルク郡の属する選挙区では、比例票の26.4%をAfDが獲得し、首位に立ったという実績があった上に(2位はSPDの25.1%)、最近の全ドイツを対象にした世論調査で、AfDはショルツ連邦首相を擁するSPDと同じかそれ以上の支持率を得ていて、まさに追い風が吹いているからだ。6月25日の決選投票では、そうした懸念が現実となり、AfD のゼッセルマン氏が52.8%を獲得、 CDUのケパー氏の47.2%を5パーセントポイント以上引き離して勝利した(投票率59.6%)。SPD、緑の党、FDP、左翼党の支持者はケパー氏に投票したことが想像できるが、第1回目の選挙で投票しなかった人が浮動票としてゼッセルマン氏に流れたことが同氏の勝利に繋がったと考えられる。18時に開票が始まってからずっとリードしていたゼッセルマン氏の勝利が確実になったのは、19時半過ぎだった。AfDの共同代表ティノ・クルパラ氏と共に、同党テューリンゲン支部共同代表ビヨルン・ヘッケ氏がゼッセルマン氏を祝福した。ヘッケ氏はゼッセルマン氏の勝利で「政治的な稲妻が走った」と、その意義を強調した。

それにしても、なぜ今回の選挙では、民主主義政党が団結してもAfDの勝利を防ぐことができなかったのだろうか?AfDは2013年の党設立時にはユーロ危機、その後2015年からは難民危機と、ドイツが危機に面する度に支持率を伸ばしてきた政党だ。そう考えてみると、現在、ドイツはまさに複数の危機の真っ只中にある。まずはロシアのウクライナ侵攻。そしてそれが招いたエネルギー危機と二桁インフレ。また、ウクライナからの避難民も合わせるとドイツは2022年に130万人近くの難民・避難民を受け入れており、難民危機も現在進行形だ。さらには、温暖化の進行による気候危機もある。通常、地方自治体の選挙ではその自治体の抱える問題が争点になるのだが、ゼッセルマン氏は郡長の立場では解決できないはずの国レベルで取り組むべき問題を選挙の争点として掲げ、生活費高騰や高額の温暖化対策、また治安の悪化など、これらの危機が市民生活にもたらす負の面を誇張して人々の不安を煽った。そして現政権の政策は、大都市に住む環境派エリートの考えに支配されたもので、地方に住む弱者のことを全く顧みていないと唱え、ゾンネブルクの人々の不満を票に結びつけたのだ。

AfD以外の全ての政党が、CDU候補ケパー氏に投票するよう呼びかけたことが、かえって裏目に出たという見方もある。有権者に判断能力がないかのような印象を与えた可能性があるからだ。選挙の自由がなかった東ドイツ時代を体験した有権者が、この呼びかけに反発しても不思議はない。また、マスコミが騒いでまるでゾンネベルクが極右の街のように描かれ、その結果、AfDに投票することへの抵抗感がかえってなくなったのではないかという意見もある。ドレスデン工科大学のハンス・フォアレンダー政治学教授は、「東ドイツ地域では保守的、右翼ポピュリズム的、右翼国家主義的、さらには民族主義的考え方が強いが、そこに今は、現政権への不満が加わり、それがAfDの勝利につながった」と分析している。

ゾンネベルク郡のあるテューリンゲン州の首相ボードー・ラメロー氏(左翼党)はこの選挙結果について、「ゾンネベルクの人たちは、投票により意思表示をした。いろいろな今の状況が気に入らないと、ドイツ全国にシグナルを送ったのだ。それをきちんと受け止めなければならない」と、謙虚な姿勢を見せた。一方、緑の党の全国共同代表リカルダ・ラング氏は、「大きな衝撃を受けた。これは全ての民主主義政党に対する警告だ。民主主義を守るために、民主主義政党は団結しなければならない」と、AfD以外の政党にこれからの共闘を呼びかけた。現在、連邦レベルで野党のCDU党幹事長マリオ・チャヤ氏は、「連邦政府の政治が、社会を分断している。社会の合意を得られていない政策が多すぎる。今回、連邦政府への抗議のためにAfDに投票した有権者を、中道政党は呼び戻さなければならない」と、連邦政府を批判しながらも、最大野党CDUにも今回のAfD勝利の責任の一部があることを認めた。緑の党テューリンゲン支部共同代表のアン=ゾフィー・ボーム氏は、「現政権に不満だからと言って、極右政党を選んでよいわけでない」と、有権者の行動に疑問を呈した。ユダヤ中央評議会のヨーゼフ・シュスター会長は、「今回の選挙結果は堤防の決壊に等しい。そんなに多くの人が、AfDを選んだことは私を不安にさせる」と述べた。

AfDのことを今まで私たちは、右翼ポピュリズム政党と呼んできたが、そろそろ極右政党と肩書きを改めるべきかもしれない。なぜなら、連邦憲法擁護庁は、2021年3月から連邦レベルのAfDを、「極右の疑いあり」と位置づけ、観察の対象にしているからだ。その根拠は、党の主張が、基本法が定める人権尊重や民主主義の原則に反している疑いがあること。また、テューリンゲン支部共同代表ヘッケ氏が率いていた党内の国粋主義的派閥は解散したが、実際には今でも党内で大きな影響力を持っていること。そして、他の極右組織と強いつながりがあることなどだ。ある移民系のサッカー・ドイツ代表選手について、「選手として優秀でも、隣人にしたくない」といった人種差別的発言や、「ヒトラーやナチのことは1000年の輝かしいドイツの歴史にとって鳥の糞ほどの意味しかない」と、ナチ犯罪を矮小化する発言など、AfD党員は数々の過激発言を行っている。旧東独地域であったブランデンブルク州、テューリンゲン州、ザクセン・アンハルト州、ザクセン州では、AfDの州支部が「極右政党」と認定されているし、ヒトラーを擁護し、有色人種を差別する発言を繰り返すヘッケ氏個人も2020年から「極右」として観察の対象になっている。

では、AfD初の郡長の誕生は、今後の政治にどのような影響を与えるのだろうか?郡長自身が持つ政治的影響力は小さいが、今回の勝利はドイツ全国に及ぶ象徴的意味を持つことは確実だろう。今回の勝利をきっかけに、AfDが「普通の政党」とみなされ、有権者は同党に票を投じることに後ろめたさを覚えなくなり、同党と協力関係を結ぶ党が出てくることも予想される。実は短期間だが、すでに州レベルでCDUとFDPがAfDの協力を受け入れたこともあったのだ。自分が党首になればAfDから支持者の50%を取り戻すと豪語していたCDU党首フリードリッヒ・メルツ氏だが、今回のAfD勝利を受けて自己批判することなく、「AfDの躍進の責任は、過激な温暖化対策で社会を分断した緑の党にあり、今後、自分は緑の党をメインの敵として闘う」と、かなり的外れな発言をしていることが気になる。CDUと緑の党は6つの州で連立を組んでいることを無視した発言である上に、今、緑の党を批判することは、AfDの援護射撃になる可能性があるからだ。

来年秋には、AfDがすでに地盤を固めたといってよいドイツ東部のブランデンブルク州、テューリンゲン州、ザクセン州で州議会選挙が行われるため、CDUがAfDとどのような距離を取るかは非常に重要なポイントとなる。また、AfDは2025年に行われる連邦議会選挙で初めて首相候補を立てるとも宣言している。AfDのこれ以上の躍進を防ぐために、連立与党は政権内での対立をなくし、国民の信頼を回復すること、そして国民にその政策をもっとわかりやすい言葉で説明することが必要だ。そして野党のCDUや左翼党は、現政権にかわるまともな選択肢があることを有権者に示さなければならない。それと同時に有権者も、AfDのもつ危険性を正確に理解し、適切な投票行動をとる責任がある。排外主義のAfDがのさばれば、外国からの投資や観光客が減るといった問題だけでは済まないはずだ。AfDが本当に長期的に国民のためになる政策を実行できるのか、きちんと判断することが必要だ。来年選挙を控えているザクセン州の首相ミヒャエル・クレッチュマー氏は、「この国では、タガが外れ始めた」と今の危機感を表現した。「そんなはずではなかった」と思った時はすでに手遅れだったという体験を、ドイツの人々はナチ時代にしているはずだ。

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