核戦争が現実味を帯びる中、ベルリンで「かざぐるまデモ」

池永 記代美 / 2022年3月13日

十年一昔というが、 十年以上経っても忘れられない事や、忘れてはいけない事がある。その一つが、2011年3月11日に起きた東日本大震災と、それがもたらした福島第一原子力発電所の事故だ。事故から11年目となった今年も、ベルリンでは3月5日、原発や核兵器に反対する「かざぐるまデモ」が行われた。その直前にロシアがウクライナに侵攻し、核戦争が現実味を帯びるなど、緊張した空気の中でのデモとなった。

コロナ感染状況が良くないこともあり、参加者はあまり多くなかったが、その分演説も落ち着いて聞けて、充実した集会となった。

フクシマの事故を受けて、毎年行われるようになった「かざぐるまデモ」。今年もベルリン在住の日本人たちが立ち上げた「Sayonara Nukes Berlin (SNB)」など3つの団体が主催者となり、温暖化防止を訴える若者たちのグループ「Fridays for Furture (FFF/未来のための金曜日)」など9つの団体が共催者として名を連ねた。デモという名前が付いているが、デモ行進の前後に、主催者や共催者が演説を行う集会が開かれた。毎年、デモにはその年の主張を明らかにするスローガンが付けられるが、今年のスローガンは「原子力は私たちの気候を救えない!」だった。

欧州連合 (EU)は、2050年に二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすることを目標にしている。EU内にはドイツのように脱原発を決めた国もあるが、フランスのように、二酸化炭素排出量を削減するために原子力は欠かせない技術で、これから原発を推進していくという国も多数ある。それらの国の主張を受け入れて、EUの執行機関であるEU委員会はこの1月、原子力は持続可能なグリーンな技術だというお墨付きを与えてしまった。今年のデモは、このようにEU内で顕著になってきた原発推進の動きに抗議するものとしても計画されていた。

「こんな事になるとは、思っていませんでしたから…。」と、SNBの梶川ゆうさんは語ったが、この日デモに集まった150人ほどの人の誰もが同じ思いを抱いていたのではないだろうか。こんな事とは、ウクライナとの国境周辺に部隊を集結させていたロシア軍が、2月24日の早朝ウクライナに侵攻し、戦争が始まってしまった事だ。原発や核兵器に反対してきたデモの参加者たちは、ロシア軍がウクライナ北部にあるチェルノブイリ原発やウクライナ南東部にあるサポリージャ原発を占拠した事に、とりわけ危機感を持っていた。1986年に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発は、現在停止しているが、今でも保安管理作業が必要だ。また、サポリージャ原発は欧州で最大規模といわれており、ウクライナの外相は、「もし爆発事故を起こせば、チェルノブイリの10倍の影響が及ぶ」と、ツイッターで警告した。

当初の予定を変更して急遽演説台に上がった梶川さんは、3月4日、すなわちデモの前日にロシア軍の砲撃によりサポリージャ原発の敷地内で火災が発生したのを受けて、「原発事故の危険が差し迫ったものとなってしまいました。原発の存在自体が、核兵器と同様危険だと、この戦争で私たちはまざまざと見せつけられたのです」と語った。これはSNBが従来から主張してきた事であるが、原発を巻き込んだ戦争が行われている今、説得力のある言葉だった。「核戦争防止国際医師会議 (IPPNW)」のアレックス•ローゼン博士は、「1986年4月26日のチェルノブイリ、2011年3月11日のフクシマに続いて、今年の3月4日が悲劇の日になるところでした。もし事故が起きていれば、それは人類全体にとって大惨事になったでしょう。原発は平時でも危険であり、とても戦時に受け入れられるものではないのです」と、原発の存在そのものの危険性を指摘した。戦争が始まった時、ウクライナにある15基の原発のうち13基が稼働中で、ローゼン博士によると今回の戦争は、原発のある土地で展開されている初めての戦争だという。その上ロシアのプーチン大統領は、核兵器の使用もほのめかしているのだ。

ブランデンブルク門から東にのびる目抜き通り、ウンター•デン•リンデンを行進。

「かざぐるまデモ」の集会は、ベルリンの中心に位置するブランデンブルク門の東側にあるパリ広場で行われたのだが、改めて見回してみると、この広場の周辺には、核兵器を保有するアメリカ、フランス、イギリス、ロシアの大使館が集まっている。これらの国は、核兵器を作る技術を向上させるために、原発も国家事業として推進してきた。核兵器保有国にとって原発は必要不可欠で、原発を持つ国は、核兵器を作る潜在能力を有することになる。「原発と核兵器はコインの裏表です。原子力の基盤を断ち切るために、私たちは原発にも、核兵器にも反対していかなくてはならないのです」と、ローゼン博士は呼びかけた。

14歳の時に、フクシマの事故が起きたというブーフマンさん。電力のために人間が犠牲になることを許してはいけないと訴えた。

デモ行進の間、70歳代ぐらいのドイツ人女性に話しかけてみると、今回、初めて「かざぐるまデモ」に参加したそうだ。ウクライナの原発が攻撃されてショックを受けていた時に、新聞でこのデモのことを知り、居ても立っても居られず参加を決めたという。昔は反原発デモによく出かけたが、ドイツの脱原発が順調に進んでいるため、もうデモをする必要は無くなったと思っていたそうだ。話かける機会がなかったが、デモに若い日本人も参加していたのは喜ばしいことだった。ドイツの若い世代として、FFFのメンバーであるヨハンナ•ブーフマンさんと「ドイツ環境•自然保護同盟 (BUND)」の青年組織のヨナタン•ダイスラーさんがスピーチを行った。FFFの中には、脱炭素化社会を目指すために二酸化炭素の排出量が少ないとされる原発を擁護する人もいる、と批判されたことがあった。しかしブーフマンさんは、原発が環境にかける負荷は過小評価されている、10万年も放射能を出し続ける核のゴミを後の世代に押し付けるのは無責任だ、などと原発の問題を明確に指摘した。そして、EUは原子力が持続可能だなどと、嘘をつくべきでないと非難した。また、ガスや石油などを輸出して得た金でロシアが戦争を行い、ウクライナの原発を攻撃した事について、これほど不条理なことはないと怒りを露わにした。

デモ行進で通ったロシア大使館前で見かけた「プーチンのガスより、寒さで震える方がまし」と書かれた抗議ポスター。

デモの帰りに立ち寄ったベルリン中央駅は、ウクライナから避難してきた人たちで溢れかえっていた。すでに250万人がウクライナから脱出しているが、ポーランドを通って、ベルリンにも毎日1万人ほどが逃げてきている。彼らに安心して寝られる場所や食事、医療などを提供するのが喫緊の課題だ。しかし今回の戦争がドイツにもたらしたもっと大きな課題は、エネルギー政策の見直しだ。現在ドイツは天然ガスの55%、石炭の50%、原油の35%をロシアから輸入している。制裁としてロシアからの天然ガスや原油の輸入を禁止すべきという声も西側諸国からで出ている中で、ドイツはできるだけ早く、エネルギー資源の新しい供給先を見つけなければならない。また、脱原発   (2022年)と脱石炭(2038年)を決めたドイツは、しばらくの間はガス火力発電を利用するつもりだった。しかし、今後そのための天然ガスを安定して調達できるか不明瞭になり、エネルギー転換のための工程表も再検討が必要になった。連邦経済エネルギー省と連邦環境省が、3月8日、「原発の稼働期間を延長することはない」という見解を発表したのは暗いニュースばかり続く中で、唯一明るい知らせだった。

デモの主催者たちも予想していなかった事だが、この「かざぐるまデモ」は今回の戦争での原子力の脅威を指摘する、ドイツで最初のデモだったのではないだろうか。フクシマで「想定外の事故」が起きたように、想定していなかった戦争が起きた。そして、原発が攻撃を受けるなど、想像したくもないような事が実際に起きた。これからも世界で、何が起きるかわからない。だからこそ、次世代の人たちに、原子力のない少しでも安全な世界を手渡すのが私たちの責任なのではないだろうか。

関連記事:原発は地球の温暖化に貢献しない (2022年1月30日) / 「EUタクソノミー」 原子力が緑のエネルギー?? (2022年1月16日) / ドイツは原発なしでやっていけるのだろうか (2021年11月7日)

参考記事:2022年3月5日かざぐるまデモの報告 (Sayonara Nukes Berlin) /かざぐるまデモダイジェスト版動画

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