パッシブハウスに生まれ変わった築40年の高層住宅

やま / 2012年3月18日

緑の町と知られているフライブルグ。そこに建つ築40年の集合住宅が改修され、世界初のパッシブ高層住宅として生まれ変わりました。ドイツ・パッシブハウス研究所が認めるパッシブハウスとは、暖房や給湯などに使う熱エネルギー需要が年間1㎡につき15kWh以下、それは床面積1㎡に対して費やす燃料が年間わずか1.5Lということです。冬の気温が零下15~20度にも下がっても、家の中はどこでも20度が普通ですが、このような環境に立つ高層住宅のエネルギー負荷が年間15kWh/m²と計算されました。しかし現実はどうでしょうか。

改修工事が完了してから約1年、16階の2部屋アパートに夫婦で暮らす、年金生活者のキュンペル(Kümpel)さんはこじんまりとした居間から遠景を見渡し、こう語ります。
「まったく雲の上に住んでいるようです。居間の暖房は入っていますが、寝室はとめてあります。風呂場の暖房はつけたままにしています。(サーモスタットが調節するので)暖房はついたり、消えたり。支払う暖房・給湯費は月に20ユーロ(2000円強)です。信じられないでしょう。息子は去年、暖房費に500ユーロも追加払いしなければならなかったと話していました。それに比べて我々は、年間でわずか240ユーロ!誰も検針に来ません。暖房を入れるのも、入れないのも、こちらの自由。暖房費は月に20ユーロと決まっています。結構なことです。」キュンペルさんのアパートの広さは60㎡で家賃が月360ユーロ、それに維持費として(水道、暖房、管理費)140ユーロが加わり月額500ユーロ(5万円強)となります。ちなみにフライブルグの不動産情報で調べてみると広さ40~80㎡のアパートの家賃は1㎡につき5.5ユーロから13ユーロでした。このパッシブハウスは1㎡につき6ユーロですから、安いほうです。

みどりの改修工事
高さ47mの集合住宅は1968年に完成しました。化石燃料が無限にあると思われたその当時は、断熱材をほとんど取り入れていませんでした。所有会社のフライブルグ都市開発株式会社(FSB、Freiburger Stadtbau)の責任者であるラルフ・クラウスマン氏(Ralf Klausmann)は、築40年の集合住宅を省エネルギー社会に適した建物に変える方法を多年にわたって調べたそうです。取り壊しにかかる費用が6百~7百万ユーロ(約6~7億円)と判ったあと、パッシブハウスへの改修を決めたそうです。2009年8月に改修工事が始まり、鉄筋コンクリート構造以外、全てが取り除かれました。バルコニーが部屋に追加され、広さ7.215㎡の延べ面積が、8.130㎡になりました。アパートの数も49戸増えて、139戸になり、そのうち30戸はバリアフリーで車椅子で快適に使える広さです。高層住宅なので外壁に耐火性の優れた断熱材ロックウールが張り付けられ、その厚さはパッシブハウスの基準の20cmです。手動で自由に開口できる窓は3層ガラスサッシで、夏の直射日光を防ぐ日よけは外部に設置されました。断熱・気密の高い建物ですから、常に新鮮な空気がダクトを通して各部屋に入ってくるのは、パッシブハウスの特徴です。新しく屋上にできた設備室に換気装置と、汚染された空気の熱をリサイクルする熱交換器が絶えず動いています。更に25kwソーラー発電システムが屋上に設置されました。このような手法で年間エネルギー消費量が68kWh/m²から15kWh/m²に下がり、パッシブハウスと認められました。エネルギー消費を全て自給しているわけではありませんが、エネルギー源は地域熱で、これを供給しているbadenova社は早くから再生可能エネルギーに投資している地域エネルギー供給会社です。

ソーラー・エネルギーシステム研究所からのサポート
フラウンホーファー協会ソーラー・エネルギーシステム研究所が最初から立会い、コンセプトを一緒に作り上げました。バルコニーの室内化で建物全体がコンパクトになりました。エアロゲル断熱材を取り入れることにより、熱橋1)は最小限に抑えることができました。完成1年後の調査の結果、削減できたCO2排出量は年間57トン。暖房、給湯、電力負荷など、実際にどれほど改修効果があったのかを更に1年間調査した上で、今後の建物の省エネ対策に役立てるそうです。

改修コスト
20ヶ月かかった改修工事のコストは1340万ユーロ(約13億4千万円)、換気システムの費用だけで75万ユーロ(約7千500万円)でした。補助金として連邦と州から、280万ユーロ(約2億8千万円)、フライブルグ市から190万ユーロ(約1億9千万円)そして連邦経済技術相から100万ユーロ(約1億円)の援助がありましたが、それでもFSBとしては採算がとれなかったそうです。改修工事のあと、家賃はあがりましたが、暖房費など維持費が大幅に減り、住民の支払う家賃は工事前と変わらないそうです。維持費抜きの家賃は10年間上げないとクラウス氏は述べました。

住民生活も“改修“
パッシブ高層住宅はワインガルデン西地区にあり、ここは社会的問題の多い地区と言われています。フライブルグ市は住宅公社と共にこの地域内にある1300戸のアパートを2020年までに改修する計画をしています。この高層住宅は改修計画のスタートをきる例であり、ドイツ中の地方自治体の注目を浴びています。隣にだれが住んでいるかわからない団地生活から共生住宅に変わり、住民たちは自分たちの住むこの建物に「ブギー50」というニックネームを付けました。新しく玄関ロビーが設けられ、初めてコンシェルジェ・サービスが試みられています。一階には青少年センター、町内会の集会所など多数の社会施設や教会関係の施設が設けられています。入居者、管理会社や居住地区協力員が一緒になり住宅自治会が編成されました。ドアアイを玄関ドアに設置すること、植木鉢が飾れるように窓敷居に十分な奥行きを持たせることなど細かいアイデアは、この住宅自治会の提案でした。更に数名の女性たちがコンサルタントになり、パッシブハウスでの快適な暮らし方、省エネ生活の知恵などの説明に回ります。ドイツ語がこなせない外国人居住者にも新しい知識を得てもらおうと、彼らの言葉がわかる女性たちが優先的に募集されました。一回30ユーロのコンサルタント料を所有会社FSBが負担しています。

エネルギー転換は共同体の事業
このパッシブハウスについて調べた際、「エネルギーの安全供給に関する倫理委員会」の報告書の題名が思い浮かびました。科学者、政治家(補助金を決定するのは政治)、経営者、そして住民が一つにならなければ、この住宅のエネルギー転換は実現できなかったのでは、と感じました。

1)熱橋(ヒートブリッジ)とは内部と外部との境界を構成する外壁のような部分を通して熱が移動する際に、人が川に架かる橋を渡るように、熱が最も通りやすいところをいいます。隅部屋や断熱材の欠落個所などで熱流の密度が高くなり、これらの部分の内外表面温度が下がり結露しやすくなります。(楽天BLOG参照)

2 Responses to パッシブハウスに生まれ変わった築40年の高層住宅

  1. みづき says:

    パッシブとは英語のpassiveでしょうか?
    「太陽を受ける」みたいな意味で使われているのでしょうか。
    それとも固有名詞?

    よさそうな家だなあと思いました。
    公団住宅でこういうのがあるといいですよね。

    • やま says:

      パッシブハウスと呼ばれるのは、大半の熱エネルギー需要を太陽から、住居者の体温から、機械器具の廃熱から(このようなエネルギー源をパッシブなエネルギー源と呼ぶそうです)賄うからです。そのために建物の断熱性や気密性を高めることが重要になります。