鳴り物入りの温暖化対策、 効果はいかに?  

池永 記代美 / 2019年10月13日

「私たちの描く将来は、排気ガスのない世界」と訴える「未来のための金曜日」のデモの若者たち

ドイツでは昨年末ごろから、毎週金曜日に生徒たちを中心に、一刻も早く有効な温暖化対策をとるよう求めるデモ、「Fridays for Future (未来のための金曜日)」(略:FFF) が行われている。生徒たちの主張は大人たちの共感も呼び、緑の党の支持率は今年になってからうなぎのぼり、その後も高値安定といったところだ。 先月9月20日には、世界的規模でFFFのデモが行われ、ベルリンだけでも27万もの人々が参加した。これだけ市民たちの温暖化に対する危機感が高まっている中、政府がどのような対策を取るのか注目が集まっていたが、奇しくもこの世界的規模のデモが行われた日に、アンゲラ•メルケル首相率いる連立政権を構成するキリスト教民主同盟 (CDU)、キリスト教社会同盟 (CSU)、社会民主党 (SPD) の幹部は、前日から行われていた「気候閣議」がまとめた温暖化対策の政策パッケージを発表した。

FFFがこのタイミングで世界規模のデモを開いたのは、計画的な行動だった。翌週9月23日からニューヨークで、国連気候行動サミットが開催されることが決まっていたからだ。 このサミットに出席することになっていたメルケル首相 (CDU) が、何らかの “手土産”を持って行きたかったために、ドイツ政府は過去3回にわたって行ってきた気候閣議の内容をまとめ、9月20日に諸政策を決定したと言われている。気候閣議とは、温暖化対策を講じるために、メルケル首相のもとに環境、交通、建設、農業、経済、財務の担当閣僚が集まって行われる特別な閣議だ。国連気候行動サミット直前に政策をまとめあげたのは、少し意地悪な見方かもしれないが、まるで夏休みの最後の日に、慌てて宿題を仕上げる子供のようだ。しかし、この時期に政策パッケージが決定された理由は他にもある。

ドイツは1990年と比較して、2020年には温室効果ガスの排出量を40%削減するという自主目標を掲げていた。ところがそれが達成できないことは、もはや明らかだ。そこでその代わりに、2030年には温室効果ガスの排出量を、1990年に比べて55%削減するという目標を新たに立てた。もしそれも達成できなければ、環境に悪影響を与えるだけでなく、国際社会に対して大恥をかき、国民からは非難を受けるという焦りが、政権内にあったのだ。さらに、欧州連合域内排出権取引制度では対象外の交通、建物、農業の分野で、2020年には二酸化炭素 (CO2) の割合を、2005年と比較して14%削減するという欧州連合(EU)との約束もある。それが守られなければ、他国から排出権を購入しなければならない。要するにドイツ政府としては、これらの目標をどのようにして達成するつもりなのか、具体策を明らかにすることが迫られていたのだ。

今回の政策パッケージの根本にあるのは、課金とインセンティブによって、人々の行動や生活スタイルを環境に優しいものに導くという考え方だ。その中で最も重要な政策が、メルケル首相が「パラディグマの転換」と語った、CO2の課金制度の導入だ(閣議ではあえて税金という言葉を使っていない)。 この制度により、今まではエネルギー業界や製造業に限られていたCO2の有料化が、市民の日常生活にも適用されることになる。私たちは灯油やガソリンを購入するためにお金を払うことは当然だと思っていたが、それを使うことはタダだと思ってきた。しかしこれからは、灯油を使って暖房したり、ガソリン車の運転をしたりしてCO2を排出すれば、そのCO2に対して費用を払うことになるのだ。確かにこれは、意識改革を招く政策と言える。さてそのCO2の価格だが、制度が導入される2021年は1トンにつき10ユーロ (約1179円)、その後徐々に値上がりして、2025年には35ユーロ (約4127 円) になることが決まった。この固定料金制度はいわば過渡的措置で、2026年からは欧州排出権取引制度にならってドイツ国内で排出権取引を行い、CO2の価格は一定の枠内にある限り、市場に委ねるという。排出権取引制度に移行してからは、排出してよいCO2の量を徐々に削減していくことになっており、排出権を獲得するための値段が高くなっていくため、CO2の排出量を減らそうというインセンティブが高まることが期待されている。CO2排出のための料金はこれらの燃料を流通させる事業者が払い、燃料の値上げという形で、最終的には消費者が負担することになる。

今回の政策パッケージでは、なかなか進まない電気自動車の普及のために助成金が出されることが決まった。

CO2削減が遅れている交通分野では、ほかにも多くの政策が決定した。例えば、自家用車に限ってだが、価格が4万ユーロ (約472万円) 以下の電気自動車を購入する場合、数千ユーロの助成金がもらえるという制度だ。これにより、現在10万台しかない電気自動車の台数を、 2030年までに 700万台から1千万台に増やすのが目標だ。しかし電気自動車には、バッテリーを充電するためのステーションが必要だ。そこでどのガソリンスタンドにも、電気自動車用充電ステーションの設置を義務付けるなどして、その数を現在の2万1千から100万に増やすという。他には、長距離鉄道の運賃にかかる消費税を、2020年中に19%から軽減税率の7%に引き下げる (近距離運賃はすでに軽減税が適用されている)、CO2の排出量が多い飛行機の利用に関しては、一回の短距離フライトにかかる航空税を現在の7.38ユーロ (約870円)から、いずれ41.49ユーロ(約 4893円)に値上げしていく方針だ。

同じくCO2削減ではあまり成果をあげていない建物の分野に関しても、石油暖房から他の暖房機器に交換した場合、助成金がもらえる制度を設けるという。そして2026年からは、石油による暖房は禁止となる。冬が寒いにもかかわらず、築100年以上の暖房効率の悪い建物が多いため、ドイツでは暖房で多くのCO2が排出されてきたわけだが、暖房効率を上げるための改修工事を行った場合、その費用の一部を3年に渡って、税金の控除対象にすることも可能になる。

CO2の料金が発生することで、市民には新たな負担がかかるわけだが、それを軽減するための政策も含まれている。例えば遠距離通勤をしている人の多くが自家用車を利用しており、ガソリン代の負担が増えるため、21km以上の通勤路に対する税金の控除額が5セント(約6円)上がることになった。また、再生可能エネルギーにかかる賦課金を下げることで、電気料金もわずかだが下がることになった。さらには光熱費が上がるので、住宅手当の受給者に対しては、その金額を10%あげることにもなった。政策パッケージは2023 年末までに総額540億ユーロ (約6 兆3674億円) の支出を見込む大規模なものだが、CO2の料金徴収などにより、新たに債務が発生することはないという。

今回の決定で目新しいことは、毎年、交通、建設などの各分野がCO2削減の目標値を達成できているかコントロールを行い、場合によっては、政策を軌道修正していくというモニタリング制度を設けた点だ。これはメルケル首相の連立相手 SPDが強く要求したことだ。 スヴェンニャ•シュルツェ環境相 (SPD) を中心に、環境政策で連立相手に妥協し、これ以上有権者の支持を失うのは御免だという強い気持ちが働いたに違いない。 また今回の決定は終着点ではなく、新しい気候政策の始まりであるとして、今後も気候閣議は必要に応じて開催されるそうだ。

気候閣議の成果を発表する記者会見。政治家たちは、FFFのデモで、改めて問題の重要性を認識したと、若者たちに感謝の意を表した。

9月20日に行われた政策パッケージ 発表の記者会見には、メルケル首相、オーラフ•ショルツ副首相兼財務相 (SPD)、与党であるCDU、CSU、SPDの党首および議員団長が出席した。そこに並びきれなかったからか、気候閣議に参加した閣僚たちは 、記者席の最前列で会見の様子を見守った。気候閣議は19時間、徹夜で行われただけあって、誰もが疲れた表情を隠せなかったが、やっと妥協案を作り上げたという安堵感も漂っていたように見えた。「温暖化政策を巡って合意できなければ、連立政権から降りる」という強硬な姿勢を、SPDがちらつかせていたからだ。

記者会見で最初に発言したメルケル首相は、FFFの運動を広めたスェーデンのグレタ•トゥンベリさんの言葉、「科学のもとに結束しよう」を引用し、物理学者としては賛同するが、自分は首相でもあり「実現可能なことを行うのが政治です」と少し言い訳がましく語った。そして、若者たちは辛抱できないかもしれないが、「国民がついて行ける政策にする ことが重要だ」と強調した。ショルツ氏も、諸政策の社会的側面、すなわち低所得者層に過度の負担をかけないことを重視したと述べた。温暖化対策で国民の反感を買えば、右翼ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢 (AfD)」をさらに勢いづける危険があること、また隣国フランスでは昨年、ガソリン代の値上げに反対して「黄色いベスト運動」が燎原の火のように広がったことなどを意識した政策決定だったことが、この発言から伺えた。

「ドイツの温暖化対策が前進する大きなチャンス 」、「自分は今回の決定を非常に気に入っている」など、記者会見に同席していた与党の幹部たちは、揃って今回の気候閣議の決定を自画自賛した。ところが、その記者会見がまだ終わらないうちから、各方面から批判の声が上がった。批判が集中したのは、CO2の価格が低すぎるという点だ。例えば、メルケル首相のアドバイザーを務めるポツダム気候影響研究所 (PIK) 所長のオットマー•エーデンホーファー氏は、落胆を隠しきれず、今回の閣議で決定されたことがまとめられた文書を、「勇気に欠けた文書」と名付けた。そして「これらの政策だけでは2030年の目標は達成できない。CO2の価格は50ユーロ(約5896円)から始めないと意味がなく、2030年には130ユーロ (約1万5327円)になっているべきだ」と批判し、今回の政策で主要なポイントになるはずのCO2の課金制度が、アリバイにしかなっていない、こんなにCO2が安いと産業界も安心して、技術革新に取り組まないと、その問題点を指摘した。ドイツ•グリーンピースの事務局長マルティン•カイザー氏も、現在CO2は排出権取引の市場で 23 ユーロ(約2712円)するのに、10ユーロという値段をつけたのでは、CO2を減らそうという動機は生まれないだろうと指摘した。CO2の排出を有料にしただけでは、排出量は減らない、排出量を制限することが必要だという批判の声も強かった。FFFのデモの参加者の間からは、「これでは気候キャビネット(閣議)ではなく、気候カバレット(風刺寸劇)だ」という辛辣な声もあがった。

石油産業連盟の試算によると、CO2 の価格が10ユーロだとすればガソリンは1リットルにつき3セント(約3.5円)、CO2の価格が35ユーロになった時点で10.5セント(約12.4円)値上がりすることになるという。環境意識の高い人は、すでにCO2をできるだけ排出しないよう、日頃から気をつけている。これからは、今まで環境にあまり関心を持ってこなかった人たちへの働きかけが重要になるのだが、大きなSUV(多目的スポーツ車)を乗り回している人たちにとって、この程度のガソリの値上げが、果たしてどれだけ行動や意識の改革につながるだろうか、という点では私も同じ疑問を抱いている。

気候保護の重要性を訴えるため、政府は専用ポッドキャストを始めた。できるだけ自転車に乗り、地元産の野菜や果物を買うようにしていると話すシュルツェ環境相。

このように批判が噴出したにもかかわらず、気候閣議が開かれて約3週間後の10月9日、この政策パッケージは閣議で承認された。これから関連するいくつもの法律が作られたり、改正されたりして、連邦議会 (下院)と連邦参議院 (上院)で審議されることになる。それに対して、緑の党の女性共同代表アナレーナ•ベアボック氏は、州政府の代表で構成される連邦参議院では同党の影響力が行使できることもあり、関連法案をブロックするか、厳格化を試みると、今から宣言している。政府に圧力をかけるために、若者たちを中心に、これからもFFFのデモは行われるだろうし、専門家や環境団体、メディアも持論を展開するだろう。温暖化政策をめぐる国をあげての熱い議論は、まだまだ続きそうだ。しかし肝心なのは、言葉ではなく行動だ。シュルツェ環境相は政策パッケージが閣議で承認されたことを受けて、「これからは、全ての省が気候保護省です。環境相が、『お願いだから』と頼みこまないと何もしない時代は、もう終わりました」と語った。私たち市民の一人一人も、気候保護相になったつもりで責任ある行動を取らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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