無観客東京オリンピックに対するドイツの反応
「馬になった方がいいと思える瞬間があるものである。例えば、オリンピックに参加する選手たちが、東京の羽田空港に到着して、コロナのPCRテストその他入国に必要な様々な手続きを終えて宿泊地行きのバスに乗れるまでに何時間も要した時など、そう思えるのではないだろうか」、こういう書き出しの記事を、7月15日の「南ドイツ新聞」のスポーツ欄に見つけた。
興味を惹かれて読んでみると、馬術競技のコーチたちが羽田空港で入国の手続きを終えるまで7時間半もかかったのに、競技参加の馬2頭は、1頭2万2000ユーロ(約286万円)の料金で特別機に乗って到着した後、すぐに冷房の効いた輸送車に乗せられ、厩舎に向かったと書かれていた。手続きが終わるまでに13時間もかかった人もいるといい、確かにその人は馬になった方がいいと思ったかもしれない。この記事によると、2頭の馬が運ばれたこの特別機には、一人だけ人間が同乗することを許されており、馬と共に日本にやって来たのは、ドイツの誇る馬術選手のイザベル・ヴェアトさんだった。彼女はこれまで約30年の選手活動の間に何度もオリンピックに参加しており、金メダルや銀メダルも獲得している。そのヴェアトさんは「オリンピックを前にして喜びはあるが、そこにはかすかな不安も混じる。私たちは、東京で実際に何が起こるか、知らないのです。言って見れば不確実な旅なのです」などと語っていた。
日本政府が7月8日、首都東京での4度目のコロナ緊急事態宣言の発令を決定した後橋本聖子東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長は、東京と3県での競技を無観客で行うと発表し、「我々には他に選択肢がなかった」と語った。最初ドイツでは全競技が無観客で行われると伝えられたため、ドイツの選手たちの失望は大きかった。外国人観客を認めないことは3月に決定しており、せめて地元の観客を入れて欲しいという希望を持っていた人が多かったためだ。砲丸投げの女性世界記録保持者、クリスティーナ・シュヴァニッツさんは「観客無しはまったく残念!選手たちが励ましあって気分を盛り上げられるかどうか」などと語った。しかし、ドイツ・オリンピック選手団のスポークスマンは、「観客無しは、非常に、非常に、残念だが、そうした決定を下さざるを得なかったのは、仕方がなかったと思う」と語って、理解を示した。選手団団長のマックス・ハルティング氏は「やむを得ない決定だったとは思うが、観客の応援のないオリンピックは、これまでとはまったく違うオリンピックになる」とも述べた。女性走り幅跳びの世界記録保持者マライカ・ミハンボさんは「ファンの応援がないのは残念だが、選手たちはベストを尽くす。スポーツ精神は失われない。観客なしでも開催されることはありがたい」などと話している。
「観客無しのオリンピック、ありがとう東京!」というタイトルの解説を載せたのは、7月8日付の南ドイツ・アウグスブルグで発行されている日刊新聞「アウグスブルガー・アルゲマイネ」だ。ミラン・ザコ記者は次のように書いている。
サッカー欧州選手権と違って、オリンピック関係者は唯一考えられる解決策を選んだ。すなわち、夏季オリンピックは観客無しで行うという決定を下したのだ。見え透いた嘘に賞を与えるとしたら、その候補者に真っ先に上がるのは、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長だ。この期に及んでも元フェンシング選手の彼は様々な言い訳をしている。しかし、オリンピックを開催しないと、多額の収入がIOCに入らなくなるのは、事実なのだ。日本の菅首相は、夏季オリンピックは観客無しで開催すると発表した。日本でコロナ感染者が増加しているという現実に対して、唯一考えられる反応だった。集中治療室でコロナ患者が死亡しているのに、そのすぐそば、何百メートルか離れたところで、人々が歓声を上げるなどということは考えられないことだった。サッカー欧州選手権のスタジアムの風景はあまりにも衝撃的だった。何ヶ月もの間、人々はマスクをし、人との間に距離を取り、人とは会ってはいけないと思い込まされてきた。それなのに、準決勝戦や決勝戦の行われたロンドンのウェンブリースタジアムでは数万人のファンが、(マスクもなしに)喜びに酔いしれたり、抱き合ったりしていた。決勝戦の前にすでに、勝利者はコロナウイルスであることが明らかになっていた。こうしたヨーロッパの状況とは違う決定をした東京にありがとうと言いたい。
こうした好意的な見方はしかし、稀である。
無観客の決定が下されることを予想して「オリンピックの意義は失われた」と厳しい見方をしているのは、フランクフルトで発行されている全国紙「フランクフルター・アルゲマイネ」の7月7日のエヴィ・シメオニ記者の記事だ。
7月23日の東京オリンピック大会開会式で、本当に選手たちがオリンピック委員会の役員や政治家、スポンサーたちだけしかいないスタジアムを行進することになったら、不毛のオリンピックは完璧になる。ファンのいない開会式は、テレビ・オリンピックに過ぎない。東京でのコロナ感染者の増大に伴って2週間前に決められた観客の数は半減され、さらに減らされる。公道での聖火リレーでも、観衆はお呼びではなく、マラソン大会などでも同様だ。これではオリンピックが日本で開催されたことにはならない。開催されなかったのと同じである。東京オリンピックが近づくにつれ、“傲慢な人たち”が自分たちにはパンデミックを超える力があると信じた結果が、ますます明らかになってきた。サッカー欧州選手権の関係者も同罪だが、大規模なスポーツ・イベントの意義について疑問が生じている。サッカー欧州選手権での満員のスタジアム風景には、ぞっとさせられた。オリンピックなど大規模スポーツ・イベントの関係者が将来様々な計画を立てたとしても、今回人々が感じた内面的空虚さは残り、今後影響を及ぼすことになるだろう。
7月9日、「日本は無観客開催以外に選択肢があった」というタイトルで、日本の態度を厳しく批判したのは、ドイツ公共第一テレビ(ARD)東京支局のトルステン・イフランド記者である。
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長は、東京オリンピックが歴史上初めての“無人”オリンピックになると発表した時、「我々には他に選択肢がなかった」と意気消沈した調子で語った。世界最大のスポーツ行事であるオリンピックに外国人はもとより、日本人の観客も最初は最大一万人と言われていたのが半分になり、結局誰一人参加できないことになった。しかし、主催者にとって本当に他の選択肢はなかったのだろうか? 組織関係者たちはコロナ禍でのオリンピック開催にあたって、特に選手たちが安全に活動できるような枠組み作りのために全力を尽くしたと言えるのだろうか?私にはそうは思われない。無観客でのオリンピック開催は、IOCの役員その他の重要人物のせいでも、スポンサーのせいでもなく、ひとえに開催国自身のコロナ対策の完全なミスマネージメントによるものである。
ウイルスはいわば自然の暴力であって、日本もそれに対して、どうすることもできないのは確かである。しかし、パンデミックが猛威をふるいだしてから1年半後の今も日本が、そして大規模なスポーツ・イベントの開催を予定していたにもかかわらず、自国の国民を守るためのしっかりしたプランを持たないというのは、怠慢以外の何物でもない。その付けをアスリートたちが支払わなければならないのだ。
このように日本政府を批判したイフランド記者は、日本のコロナ規制の現実も指摘する。
コロナ規制ではレストランは20時に閉店し、19時以降はアルコール類の販売は禁止されているが、実際には渋谷などの繁華街のバーやレストランは客でいっぱい、カラオケや多人数での会食、勤務後の飲み会で酔いしれることも、なんでもありというのが実情である。週末に彼女と一緒に満員の地下鉄に乗って、野球の試合を見に行くことも、問題なくできる。誰も取り締まったりはしない。もちろん日本人もコロナ疲れしていて、他のことをしたいという気持ちはよく分かる。しかし、その結果、まさにオリンピック開催の時期に感染者増大の次の波が起こった。その責任は他の誰でもない、日本人自身にある。
多くの日本人たちはオリンピックに関心がない。そしてコロナ感染が増大するのは、外国人のせいだと思いたがっている人が多い。日本にやってくる外国人、オリンピック参加のスポーツ選手たち、ジャーナリストたち、彼らのせいでコロナ感染者が増えると思っている。コロナに対する不安は分かるが、自分自身の態度を批判的に見るのも、時には悪くないだろう。
日本の菅首相はこれで日本政府のコロナ対策のミスマネージメントから国民の目をそらすことが出来る。オリンピックの無観客を決めて、国民をコロナから守ったのは、菅首相ということになるからだ。この事実は総選挙を前にして、彼にとって好材料となるはずだ。
こう書いたイフランド記者は、オリンピック開催によって、もし感染者が急増したとしても、それは結局のところ開催国、日本の責任だという厳しい見方をしている。
この他取材記者の自由が制限されることを批判する記事など、さまざまな記事があるが、実際に無観客オリンピックが開催されると、さらに批判的な論調が増えるのではないかと恐れる。開催する以上、なるべく滞りなく終わって欲しいと心から願う。しかし、日本人の多くが今回のオリンピックを歓迎できない理由は、コロナのせいだけではなく、そもそも「Fukushima is under control」という安倍前首相の嘘によってオリンピックが誘致されたことを許せないからだと思うのだが、どうだろうか。オリンピック終了後、“東京変異株”などが生まれないことを切に祈る。
本文なかなか的を得た捕えかたで纏めてありますねぇ、流石です…。
しかし、安倍前総理は次から次へと「嘘」の発言を繰り返して、日本国民を欺く政策を演じ、菅さんにバトンタッチをしてしまいましたが、菅総理は現状の日本を纏めていくパワーが大きく欠如しています。支持率も内閣崩壊寸前に陥っていると思いますね。オリンピック開催も変な理屈をこねまわしながら、テープカットを迎えてしまいそうです。入国選手団やIOC事務方の中から、日々、陽性者が惹起、このスタンスで開幕してしまいますと、遂には「東京変異株」が生まれてくるような感じで恐怖感に巻き込まれてしまいそうです。
コメントありがとうございました。今回は批判的な論調を多く取り上げる形になりましたが、オリンピックが近づくにつれ、テレビなどで日本という国を紹介する番組が増えています。日本の様々な面を紹介する番組が増えることは、結構なことだと思います。
ARD イフランド記者だけでなく、海外からのジャーナリストは2020年オリンピック・東京大会のために何年も前から日本は準備をしていたり、2021年開催に関しての動きなど、全体を把握してると思いますが、他国を批判的にとらえるのが西ヨーロッパのマスコミなので今回のアウグスブルガー・アルゲマイネのミラン・サコ氏の社説には、どちらかというと驚きと嬉しさが混じりましたし、このようにとらえる人もいるんだと思った次第です。
2020東京五輪は本日閉会式が行われました。 オリンピック史上最高額となる開催費用の国の将来へ付け回す借金、国民の6割以上が喜べないオリンピック、詐欺とも思える”復興五輪”の呼び名、そしてコロナデルタ株感染の予想以上の拡大!! マイナスの面ばかりが目立つ五輪開催でした。安倍元首相と自民党のレガシー作りはできても、日本の子供たちの楽しい思い出にできたかははなはだ疑問です。 コロナ下での強硬開催、日本人にとって忘れることができないオリンピックになったのは間違いありませんが。。。