外国メディアが問題視する安倍政権のメディア介入

永井 潤子 / 2015年5月3日

自民党の情報通信戦略調査会がNHKとテレビ朝日の幹部を呼びつけ、個別の番組について事情聴取し、その後、同会の川崎会長が「政府はテレビ局に対する許認可権を持つ」と威嚇的な発言をするなど、このところ安倍政権のメディア介入が露骨になってきている。こうしたメディアへの介入が国内だけではなく、外国の特派員にまで及んでいることも最近明らかになった。外国メディアの報道から、いくつかご紹介する。

「日本政府の歴史改ざん、マスメディアにかかる圧力」というタイトルのリポートが、先ごろケルンを本拠地とする全国エリアの公共ラジオ局、「ドイチュラントフンク」で放送された。ドイツ公共放送連盟(ARD)東京特派員のユルゲン・ハーネフェルト記者のリポートである。

 テレビ朝日は、日本の民放テレビ局の中でも規模が大きく、信頼に値するテレビ局で、特に22時からの詳しい報道番組は評価されている。この番組の中で先ごろちょっとしたセンセーショナルなことが起こった。長年のコメンテーターである古賀茂明氏がテレビカメラの前に「I am not Abe」と書かれたパネルを示したのだ。「私は安倍ではない」というのは「私は安倍首相の意向に従わない」というほどの意味だろう。元官僚の古賀氏はこの日が最後の出演だった。彼は辞めさせられたのだ。恐らくあまりにもしばしば安倍首相と異なった意見を述べたからだろう。当然放送局側は、政府からの圧力に屈したのではないと反論した。

 「政治はメディアに絶えず干渉する。テレビ朝日とTBSの、政権に批判的な4つの報道番組の担当者は、毎日こうした圧力と戦わなければならない。安倍政権がこれらのテレビ番組を潰したいと願っていることは、よく知られている」。このように語るのは、武蔵大学のメディア学教授、永田浩三氏である。

この後ハーネフェルト記者は政府からの圧力をかけられているのはテレビ局だけではないとして朝日新聞のバッシングについて詳しく紹介し、安倍首相自身が国会で「『朝日新聞の従軍慰安婦に関する誤報』によって多くの日本人が傷つき、不快な思いをし、世界における日本のイメージが損なわれた」などと語ったこと、この「誤報」によって日本人としての誇りを傷つけられたとして朝日新聞に対し損害賠償を求めている人が2万4千人もいること、800万の部数を誇ってきた同紙の購読者が激減していることなどを伝えている。

安倍首相は朝日新聞が謝罪した昔の誤報問題を利用して「慰安婦」制度そのものをなかったことにしようとしている。これこそが彼のキャンペーンの本来の目的なのだ。東京在住の日本現代史専門家、スヴェン・ザーラー教授は「安倍首相は、戦争での犯罪行為は日本国民の伝統的な美しい歴史に合わないと考えているため、日本の戦争の暗い過去をすべて消し去ろうと試みている」と語る。

 安倍首相はメディアへの干渉を公共放送であるNHKの会長を変えることから始めた。この会長は2014年、会長就任の時「政府が右という時、左とは言えない」と語り、将来のNHKは『日本的』になるという立場を明らかにした。以来NHKのニュースは、天気、スポーツ、犯罪などが中心となり、政治については政府寄りの喜ばしい報道に限られるようになった。そのため訪日したメルケル首相の朝日新聞社での談話の内容は、「局の自主的な判断で」 伝えられなかった。

 メディアだけでなく学校で使われる教科書についても文科省の厳しい検定が行われ、最近も教科書出版会社は安倍首相の歴史修正主義的な立場に適応するよう書き換えを求められた。日本政府はアメリカの出版社に対しても、恥じらいもなく、特に「従軍慰安婦」についての書き換えを要求したという。

 かつてNHKの番組制作者だった永田教授自身、13年前、安倍氏など自民党右派の圧力で番組を大幅に変更させられた経験を持つ。当時政治家たちは番組の担当者ではなく、放送局の上層部に抗議し、政治家たちの意向は局の上層部から番組担当者への圧力という形となった。番組変更を拒否した永田氏は、報道現場から図書室勤務に配置転換になった。

 ARDの東京特派員ハーネフェルト記者は、永田教授の次の言葉でリポートを締めくくっている。「それでも当時はこうした干渉は社会で大きな反響を巻き起こしたが、今では抵抗はほとんど見られない。現在の日本のマスメディアの状況は非常に情けないものになっている。彼らの多くは、安倍氏政権に手なづけられている。今の日本人は社会から仲間外れにされる危険があるときには、対立や緊張を避ける傾向にあるが、その傾向は特にメディア関係者の間で強く見られる」。

「批判的なメディアに対する日本の大規模作戦」という見出しの記事をスイスのベルン新聞(Berner Zeitung)に書いたのは、クリストフ・ナイトハート記者である。

安倍政権は目下、メディアに対してものすごい圧力をかけているが、特に安倍政権に批判的で、その歴史修正主義の路線に同調しないリベラルで、クオリティー・ペーパーとみなされている朝日新聞とその系列のテレビ局への攻撃は凄まじい。こうした政権党のキャンペーンは効果をあげており、多くの読者がそれに同調して朝日新聞の購読をやめ、第二のリベラルな毎日新聞までもが、自分自身が批判にさらされるのを恐れてか、あるいは朝日離れした読者を獲得しようという計算からか、朝日新聞批判に回った。

 安倍首相が自由なメディアをいかに評価していないか、彼はそのことをしばしば誇示する。去年12月の選挙当日の夜、安倍首相は民放テレビの生放送で突然イヤホーンを外し、立ち上がって出て行った。記者の質問が気に入らなかったからである。安倍首相は公共放送のNHKテレビでは批判的な質問を恐れる必要はもはやなくなった。忠実な腹心を会長に任命したからで、その籾井会長は、日本軍の慰安所で性奴隷とされた女性たちについて「戦争につきものの普通のこと」と考えているような人物である。日本のヤクザとメディアの研究を専門とする学者、ジェイク・アーデルシュタイン氏は「第二次世界大戦前の1937年以降、日本政府がメディアに今日ほど圧力をかけたことはなかった」と見ている。

ナイトハート記者は、最後に「今の日本は、専制政治への三段飛び、ホップ、ステップ、ジャンプの第二歩目、ステップの段階だ」という古賀茂明氏の説を紹介している。それによると、最初のホップの時期は、メディアが何を報道すべきか、報道してはいけないかについて政府が絶えず干渉する時期、次のステップは、政府の絶えざる干渉に疲れ、メディア自身が自主規制する時期で、その結果、市民は情報を知る権利を奪われる。現在の日本はこれにあたる。最後のジャンプは、国民が専制政治的な政府を自ら選ぶことだという。

日本政府のメディアに対する干渉が国内メディアに対してだけではなく、外国の特派員にまで及んでいることも明らかになった。直接のきっかけは、ドイツの代表的な全国新聞、フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ、Frankfurter Allgemeine Zeitung)の東京特派員、カールステン・ゲルミス記者が先ごろ5年の任期を終わって帰国するにあたり、日本外国特派員協会のウエブサイト上に発表した英語の記事だった。 http://www.fccj.or.jp/number-1-shimbun/item/576-on -my-watch.html,

 私が今去ろうとしている国は、2010年1月に赴任した時の国とは、違う国になってしまった。表面的には同じように見えるが、社会の雰囲気はゆっくりと、しかし、顕著に変化しつつある。その変化は、この1年間に私が書いた記事の上にも影響を及ぼすようになった。日本の指導層の考えと外国メディアが報じることの間のギャップはますます広がってきており、そのために日本で働く外国人ジャーナリストの仕事が困難になることを私は憂慮する。

 フランクフルター・アルゲマイネは、政治的には保守、経済的には市場志向の新聞であるが、それでも安倍首相の歴史修正主義はすでに危険なレベルに達しているという見方に同調する。ドイツであれば、リベラルな民主主義者が侵略戦争に対する責任を拒否するなどということは、到底考えられない。もし、ドイツ国内での日本の人気が下がってきているとしたら、それはドイツ・メディアの日本報道のせいではなく、ドイツが歴史修正主義に対して拒絶反応を持っているためである。

 このように書いたゲルミス記者は、東京に赴任した2010年当時は、民主党の政権で、以来鳩山、菅、野田の3政権をカバーしたが、民主党政権では全く事情は違っていたと詳述する。

例えば外国人ジャーナリストは当時の岡田克也副総理に意見交換のため頻繁に招待され、首相官邸では毎週ミーティングが開かれ、当面の問題についての議論が歓迎された。我々は問題によっては日本政府の立場について批判的な意見を述べることを躊躇しなかったが、その場合にも当時の政府関係者は、彼らの考えを理解させようと努力を続けた。

 変化は2012年12月の選挙直後から始まった。新しい首相はフェイスブックのような新しいメディアには関心を示したが、新内閣には情報公開を評価する気配は見られなかった。麻生太郎財務相は外国人ジャーナリストと1度も話し合おうとしなかったし、莫大な日本の財政赤字についての質問にも答えようとはしなかった。外国人特派員が政府代表に聞きたいと思っていたテーマは、エネルギー政策、アベノミクスのリスク、憲法改正、若い世代のチャンス、地方の人口減少など、たくさんあった。しかし、これらの問題について外国メディアの取材を快く引き受けてくれた政府代表はほとんどいなかった。そして今では首相の提唱する「素晴らしい 新構想」に反対する者は誰であれ「反日」と呼ばれるようになった。        、

5年前には想像もできなかった新しいことは、日本の外務省からの攻撃だった。その攻撃は記者への直接的なものだけではなく、ドイツの編集スタッフにまで及んだ。安倍政権の歴史修正主義についての私の批判的な記事が掲載された後、フランクフルト在住の日本総領事が本紙の編集部を訪れ、上司に「東京」からの抗議文を手渡した。総領事は「中国がこの記事を反日プロパガンダに利用している」と苦情を述べた。90分にわたる冷ややかな会見の後、編集者は総領事に「この記事のどこが間違っているか教えて欲しい」と求めたが、それに対する返事はなく、その外交官は「金が絡んでいると疑わざるを得ない」と言ったという。これは私と編集者と本誌全体に対する侮辱である。彼はさらに私の記事の切り抜きを取り出しながら、「私が親中国のプロパガンダ記事を書くのは、中国へのビザ申請を許可してもらうためではないか」とも言ったという。私が? 北京のために金で雇われたスパイ? 私は中国に行ったこともなければ、ビザを申請したこともない。後日、私が中国から資金を受け取っているという総領事のコメントに対して公式に抗議した時言われたのは、それは「誤解」だということだった。

 外国特派員の同僚たちから、自民党は外国人ジャーナリストには資料を提供しないとか、外国訪問の多さを誇る現首相が、東京の外国特派員協会で私たちを相手にスピーチするための短い訪問は謝絶すると聞いても、私はもう驚かなくなった。ただ、現政権が外国メディアに対してだけでなく、自国民に対しても秘密主義的であるのを私は悲しく思う。安倍政権は、民主主義においては、政府の政策を国民と国際社会に対して説明することがどれだけ重要であるかを理解していない。

 日本外国特派員協会の役員も勤めたゲルミス記者は、「5年を過ごした日本に対する愛着と好意は依然として揺るぎないものである」と述べ、メッセージを次のように結んでいる。

離日にあたって私が望むのは、外国人ジャーナリストが日本で自由に取材できることで、それ以上に重要なのは日本国民が、自分の考えを自由に語り続けることができることである。抑圧や無知からは社会的調和は生まれない。真に開かれた健全な民主主義こそ、私が5年間暮らしたこの国にふさわしい目標であると私は信じている。

 注:ゲルミス記者のこの記事は、ネット上に発表された哲学者、内田樹氏の日本語訳によって広まった。http://blog.tatsuru.com/2015/04/10_1343.php このサイトで引用したものは、じゅんの訳による。

 

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