日本の核廃棄物最終処分政策について、ベルリンで思う
日本政府は7月28日、原発の使用済み燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分地に関する「科学的特性マップ」というのを発表した。このマップは、最終処分地の候補地探しの前提として、火山や活断層、地下資源の有無などの自然条件から全国を「好ましい」と「好ましくない」に大別したものである。新聞報道によって、全国の約65%が「好ましい」地域とされていると知って驚いた。世界中の原発所有国のほとんどが最終処分場を決められない中で、この65%という数字は、最終処分場を見つける困難さを示すものではない数字のように私には思えた。新聞で色分けされた地図を見ただけではよくわからなかったので、経済産業省資源エネルギー庁の「科学的特性マップ公表用サイト」を読んでみた。「はじめに」にはこう書かれている。
原子力発電に伴って発生する「高レベル放射性廃棄物」は、将来世代に負担を先送りしないよう、現世代の責任で、地下深くの安定した岩盤に埋設する(地層処分する)必要があります。
この地層処分を実現していくためには、地層処分の仕組みや地域の科学的特性について、一人でも多くの方に関心を持っていただき、理解を深めていただくことが必要です。
「科学的特性マップ」は、地層処分を行う場所を選ぶ際にどのような科学的特性を考慮する必要があるのか、それらは日本全国にどのように分布しているか、といったことをわかりやすく示すものです。
日本では2015年4月、従来の政策の見直しを経て高レベル放射性廃棄物の最終処分に新たな基本方針が決定され、現世代の責任で地層処分を前提に取り組みを進めることや国民や地域と協力していくため、地域の科学的特性を国から提示する方針などが決められた。この方針に従って、総合資源エネルギー調査会に設置されたワーキンググループで議論され、その結果まとめられたものが、全国を4色に色分けしたこの「科学的特性マップ」だという。「好ましくない」要件・基準としては、火山や活断層の近傍(15キロ以内)、隆起・侵食が大きい範囲、油田、ガス田、炭田が存在する範囲などがあげられている。そして「好ましくない」特性があると推定される地域の中でも、地下深部の長期的安定性などが疑問視される地域はオレンジ色で、将来の資源採掘の可能性がある地域はシルバーで表示されている。
上記の「好ましくない」要件・基準に該当しない地域は「好ましい」地域ということになるが、それも2分され、「好ましい」特性が確認できる可能性が相対的に高い地域は薄いグリーンで示される。さらに「好ましい」要件・基準として、海岸からの距離が短い範囲があげられ、輸送面でも「好ましい」地域(海岸線から20キロ以内)は濃いグリーンで表示されている。今後は濃いグリーンの地域を中心に全国で対話を重ね、調査を受け入れてくれる地域が出てくれば、法律に基づく3段階の処分地選定調査、すなわち、文献調査(2年程度)、概要調査(4年程度)、精密調査(14年程度)を経た上で最終処分場所(施設建設)の選定が行われるという。その後Q & Aで個々の問題についてさらに詳しい説明がなされているが、新聞報道による「好ましい」地域が全体の約65%、特に好ましい地域が約35%という数字は、この資源エネルギー庁の公表用サイトには見当たらなかった。
このサイトには細かいことがいろいろ書かれてはいるが、私が知りたかった1番基本的なことは書かれていない。例えば、すでに抱える膨大な量の使用済み核燃料が現在実際にどのくらいの量に達しているのか知りたいと思ったが、量に関する具体的な数値は全く書かれていない。再稼働が進めば今後もその量がどんどん増え続けるという事実や高レベル放射性廃棄物が十分安全なレベルに下がるまでに数万年から10万年かかること(2022年に段階的な脱原発を実現させるドイツは100万年を想定している)なども明記されてない。日本の国民はこれらすべてを承知しているという前提に立っての資源エネルギー庁の「科学的特性マップ公表用サイト」なのだろうか。
使用済み核燃料を再処理してプルトニウムやウランを取り出し、再び燃料に使うという核燃料サイクルは、トラブル続きでうまく機能していないが、政府はこの政策を依然として固持し、残った高レベル放射性廃棄物をガラスで固め、地下300メートルより深い地層に運び、坑道を塞いで、あとは何十万年もの間自然に任せる方針だという。経済産業省や原子力発電環境整備機構は、このマップ発表に先立つ説明会で、「廃棄物を地中に埋める地層処分は技術的に確立している」と繰り返し、10万年後のシュミュレーションを示して安全性は十分だと強調したと聞く。10万年後のことは現在の科学的知識では正確にはわからないというのが、本当のはずだ。日本学術会議は2012年、万年単位に及ぶ超長期にわたって地層を確認することは、現在の科学的知識と技術能力では限界があると指摘したという。原発の安全神話が福島原発の事故以後も生き続けていることに愕然とする。
そのほか、世耕経済産業相は「最終処分場を作らない確約を国と結んでいる唯一の県、青森県(核燃料サイクルのための再処理工場を建設中の六ヶ所村がある)と福島原発の事故から復興途上にある福島県は、候補地から除外すると発表したという。さらに、調査を受け入れる自治体には、最初の文献調査で最大20億円、次の概要調査では最大70億円の交付金が入るという。かつて原発を受け入れた自治体は、原子力の安全神話と交付金の魅力につられて受け入れを決定したところが多かったと思われる。原発よりさらに危険な高レベル放射性廃棄物の処分場決定でも、同じ過ちが繰り返されようとしているのではないか。原子力は人間が制御できない危険なものであるとの認識に立って、脱原発を目指す方向で再処分地選択の工程表を考えるべきではないだろうか。今すぐ脱原発を決定しても、すでに恐ろしいほどの量の放射性廃棄物を日本は抱えているのである。
2017年8月25日の朝日新聞の声欄に掲載された「原発断った地域に最終処分場?」という投書に、私の目は釘付けになった。三重県に住む78歳の主婦の方の投書で、ご自分の住む地域が「核のごみ」の最終処分場として「好ましい」とされたことにぞっとして、何万年にもわたる負の遺産を子孫に残したくないと考えられたという。
三重県はかつて芦浜原発が計画されたが、県民の猛反対で、当時の北川正恭知事が断った歴史がある。見返りの交付金はなくとも県民は安心して暮らしてきた。この期に及んで「核のトイレ」にはなりたくない。交付金を受け取って原発を受け入れた地域の人々はその原発から出る「ごみ」の処分についてどう思っておられるのだろうか。国が責任を持つとでも話ができているのだろうか。自分の地域で出た「核のごみ」は自分の地域で処分すべしとの覚悟がないのなら、原発を断っていただきたかったと思う。
この主婦の方は、洗濯は手洗い、掃除はほうきと雑巾でするなど極力電気を使わないように生活しているそうである。「原発頼みの生活から脱却すべきではないか」という言葉で終わるこの投書に、私は全面的に共感した。
実はドイツでも今年3月、これまでの方針を見直し、全国的な規模で地質学的な調査を行い、高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地を2031年までに見つけるという工程表が連邦議会に提出され、この工程表に基づく新しい方針が圧倒的多数で承認された。長年政治家たちの間で激しく意見が対立して来た核廃棄物処分問題で、最後まで原発を支持してきた保守のキリスト教民主・社会同盟をはじめ、社会民主党、それに長年原発反対運動の先頭に立って来た緑の党まで、左翼党をのぞく政党間で合意が生まれたのは、10年前には考えられないことだった。2011年の福島原発事故の結果、それまで原発賛成派だったメルケル首相が、段階的な脱原発に大きく舵を切ったことが重要な転換点となった。今回の合意を「歴史的な合意である」と評価したメディアもあった。
ドイツでは1977年2月、当時の西ドイツのシュミット首相と北部、ニーダーザクセン州のアルブレヒト州首相が、旧東ドイツとの境界線に近いエルベ河畔のゴーアレーベンの岩塩坑を「核廃棄物処理センター」と決めて以来、ゴーアレーベンは原発反対派の激しい抵抗運動を象徴する場所となってきた。地質学的な適性が重視されたというより、政治的な配慮が優先した決定と見なされたためでもある。以来40年にわたって高レベル放射性廃棄物の最終処分場候補地はゴーアレーベンだけという状況が続いてきたが、今回の合意は、これを白紙撤回し、ドイツ全土について岩塩坑だけでなく、花崗岩や粘土層を含めて専門機関による地質学的な調査を行い、何段階かの厳密な調査の後、2031年までに候補地を絞り込んでいくというものである。最終的には連邦議会と連邦参議院が決定することになるようだが、地質的な調査を重視するということと並んでどの段階でも地域の住民にすべての情報を公開し、対話をしていくという方針が重要視されている。その際ゴーアレーベンが除外されるのではなく、他の候補地と同等の扱いを受けることになる。
もっとも、今から14年後の2031年までに最終候補地を見つけるという目標を工程表通り実現できるかどうかについては疑問視する政治家も多く、早くて2050年ぐらいになるのではないかと予測する人も少なくない。緑の党の核問題担当、コッティング・ウール議員も、2031年までに最終処分場を見つけるという目標には現実味がないと疑問を呈している。
連邦議会の合意について報じた南ドイツ新聞には、ドイツ全土の地図が載り、岩塩、花崗岩、粘土層のある地域が色分けされている。それによると、岩塩層はドイツ北部と東北部、花崗岩は南ドイツ・バイエルン州東部とザクセン州南東部、粘土層は西北部と東北部、それにバイエルン州の南西部にも少し存在する。調査の結果、地質的に適性のある土地が一応明らかになっても、さらなる「精密検査」で不都合な点が発見されるという技術的な困難さに加えて、地元の住民の反対や裁判といった政治的に難しい問題が起こることも当然予想できる。連邦議会で合意が生まれたことを喜ぶヘンドリックス環境相は「核のゴミ問題は原発を導入した現世代の責任で、ドイツ国内で解決しなければならない。各地域の利害関係を超えて高レベル放射性廃棄物の最終処分場を見つけることができるかどうかは、我が国の民主主義のテストケースになる」と語っている。
脱原発の市民運動家たちからは、今回の合意と法改正について「工程表通りに探せるかどうかの具体案が示されていない」、「地層処分以外の将来の技術的な可能性が考慮に入れられていない」などと批判されている。しかし、少なくともドイツの原発はすでに廃炉になったものを含めて 37基しかないこと、段階的な脱原発の工程表にしたがって、後5年後の2022年には脱原発が実現すること、放射性廃棄物の「在庫調べ」が行われ、大まかな全体量が公表されていることなど、日本との違いは歴然としている。
日本政府も原発関係者も高レベル放射性廃棄物のリスクと「安全になるまでの想像を絶するほどの長さに」ついて、隠すことなく公表し、それに基づき国民を巻き込んだ大きな議論が起こることを期待したい。
「トイレのないマンション」と言われる核のゴミ処理問題は、人類の負った十字架で、その解決は本来一刻の猶予も許されない問題ではないだろうか。