本当の脱原発を目指すドイツ

池永 記代美 / 2021年3月28日

2011年3月の福島第一原発の事故をきっかけに、ドイツは原発と決別することを決めた。現在まだ6基の原発が稼働しているが、来年の年末までに、全ての原発が停止することになっている。しかし、ドイツ連邦環境•自然保護•原子力安全相のスヴェンニャ•シュルツェ氏は、脱原発だけで脱原子力が果たせるわけではないとし、脱原子力を完結させるための同省の今後の取り組みを発表した。

ドイツの脱原発が決まってからも、ドイツではEUや世界中の原発稼働停止などを求めて、反原発デモが行われている(2016年撮影)

ドイツの首都であるベルリンには、ジャーナリストたちが作る記者会のような組織があり、時の人や、記者たちが関心を持つテーマに関係する人を招いて話しをしてもらう記者会見を開いている。もちろん記者たちは、話を聞くだけでなく、質問攻めにする。東日本大震災から10年目にあたる今年の3月11日、記者たちが招いたのはスヴェンニャ•シュルツェ連邦環境•自然保護•原子力安全相(社会民主党/SPD)だった。その場でシュルツェ氏は、フクシマから10年を機に同省がまとめた「脱原子力を完結させるための12項目−連邦環境省の立場」の内容を報告した。

「地震、津波、そして原発事故の3つの災害は多くの苦しみをもたらしました。その影響は今にも及んでいます。被災した方々に思いを寄せています」と、東日本大震災の被災者に対する見舞いの言葉を述べたシュルツェ氏が、それに続いてはっきり語ったことは、ドイツ国内の原発が稼働停止しても、脱原子力が完結するわけではないということだった。脱原発だけでドイツに住む人々や環境が、原子力がもたらす危険から完全に守られるわけではないからだ。それでは原子力の脅威を最小限に抑えるために、どんな取り組みや対策が必要なのだろうか?この日シュルツェ氏が発表したものは、ドイツ国内、欧州連合(EU)、そして国際社会に関する12項目だったが、その中で重要と思われるものを紹介したい。

ドイツ国内で解決するべき問題として連邦環境•自然保護•原子力安全省(以降、連邦環境省)が最初に指摘したのは、ドイツ北西部に位置するリンゲンの燃料棒製造工場とグローナウのウラン濃縮施設を閉鎖しなければならないということだ(項目1)。それは、海外の原発などで使われる燃料などをドイツにある企業が製造、輸出することは、ドイツの脱原子力の精神と合致しないからだという。ドイツが脱原発を決めた時、この点は見落とされていたのだが、連邦環境省の調査では、この二つの施設の閉鎖は法的に可能だそうだ。しかしシュルツェ氏のSPDと、連立を組むキリスト教民主同盟•キリスト教社会同盟との間で、この問題についてまだ合意が取れていないという。これは次期政権への宿題になりそうだ。その次に連邦環境省が目標として掲げているのは、2022年に脱原発、そして2038年に脱石炭が行われても電力が不足しないように、 風力と太陽光発電による発電がさらに増えなければならないということだ(項目2)。持続可能なエネルギー源として、再生可能エネルギーにしか未来はないとし、天然ガスなどは全く言及されていない。

さらに国内で解決しなければならないこととして、高レベル放射性廃棄物の貯蔵地探しの問題が指摘されている。昨年の9月、文献調査によりドイツ国内の90カ所が候補地として選ばれ、2031年までに最終貯蔵地が決まることになっている。その際環境省が強調するのは、政治が介入してはいけない、100万年間の安全を保障する立地を探すという基準は必ず守らなければならないという点だ(項目3)。かつて西ドイツが、政治的判断で東ドイツとの国境に近いゴアレーベンを中間貯蔵地に選んだことがその背景にある。また、立地の選定に当たっては、できるだけそのプロセスを透明にし、市民が参加できるように行うべきだとしている(項目4)。貯蔵地が決まるまでの道のりは長く、手間も費用もかかるが、いま、本当に安全かどうか定かでない中間貯蔵地の近くに住む人たちに対して、国はこの選定作業を全うする責任があるというのが環境省の見解だ。

脱原子力に向けての12項目を紹介するシュルツェ環境相。原子力発電に将来はないことを、何度も強調した。

欧州レベルでは、核エネルギーに批判的な国々との連携を深め、脱原発を決めていない国も考えを改めるよう働きかけるという(項目5)。原発は経済的にも採算が取れず、確かに排出する二酸化酸素の量は少ないが、本当の意味でクリーンなエネルギーではなく、常に残余リスクを孕んでいるからだ。フランスが今年2月に原発の稼働延長を明らかにしたことでアクチュアルな問題になったが、ドイツは環境省だけでなくドイツ連邦政府として、原発の稼働期間延長を否定している(項目6)。国家エネルギー主権の原則を尊重するが、老朽化した原発の安全装備の強化は部分的にしかできず、絶対の安全は確保できないというのがその理由だ。そして、ある国の原発の稼働期間が延長されるような場合、隣接する国やその地域の住民がその決定のプロセスに関与できる仕組みを作るべきだとも主張している。その意味で、ドイツがEUの議長国を務めていた昨年12 月に、原発稼働延長の場合、国境を越えた環境影響評価がどのような条件の下で実施されなければならないか、拘束力のあるガイドラインが採用されたことを評価している。

連邦環境省は、EU の助成金が新たな原発の建設や原発推進に使われるべきではないとの立場も鮮明にした(項目7)。温暖化対策に原発は欠かせないという声もあるが、現在イギリスやフランスで建設されている原発はいずれも完成が予定より大幅にずれ込み、少しも温暖化対策に役立っていない事実を見れば、これは当然のことだろう。ところで、エネルギー政策では全く異なる道を歩んでいるドイツとフランスだが、両国は共同で原子力委員会を設置している。こうした委員会をドイツは、ベルギー 、オランダ、チェコ、スイスとの間にもそれぞれ設けており、ドイツの人々が持つ不安や疑問が解決されるまで、意見交換を深めていく意向だという(項目8)。

たとえドイツの原発が全て停止しても 、連邦環境省は最高の安全基準が国際レベルで維持されるよう提唱し続けるという(項目10)。放射能に国境がない限り、自分の国の原発の安全を守るだけでは意味がないことはチェルノブイリの事故が証明した。そしてそのためにも、ドイツ国内での原子力研究は高い水準を保ち続けることが目標だという(項目12)。とりわけ、新世代の小型原子炉(SMR)は核のゴミをほとんど出さず、安全で安上がりだという最近広まっている“神話”を論破して行くには、十分な理論武装が必要というわけだ。

この日のシュルツェ氏の話で大変印象に残ったことがある。それは「ドイツの最後の原子力発電所が閉鎖されることで、来年は歴史的な目標を達成することができます。このことで、大きな社会的紛争を解決し、ドイツの原子力リスクを大幅に減らすことができますが、これは脱原発とエネルギー転換のために活動してきた多くの市民のおかげです」と、感謝の言葉を述べたことだ。これらの市民は、ドイツの脱原発だけでは世界は安全にならない。ドイツ国内のウラン濃縮施設の閉鎖や、隣接する国、ひいては世界レベルでの脱原発も訴えてきたのだが、少なくとも連邦環境省も同じ考えだということを知ることができたのは、嬉しかった。小型原子炉に注目が集まり、「原発ルネッサンス」という言葉がよく聞かれるようになったが、それもきっぱり拒否しているのも清々しい。これらの項目が全てうまく実施されるかどうかわからないが、秋に行われる連邦議会選挙で、反原発、反原子力を掲げ続けてきた緑の党が政権に加わる可能性は高い。ドイツがこれからも脱原子力の道を歩んで行くことは間違いなさそうだ。

 

 

 

 

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