芸術の秋、ベルリンで行われた東日本大震災関連の催し物
ベルリンでは9月後半、東日本大震災と原発事故関連のチャリティーコンサートや講演会が立て続けに催された。まず、9月16日の日曜日、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーによる「相馬子どもオーケストラ」設立支援コンサートが開かれ、その1週間後の23日には福島の代表を迎えて「福島の子どもたちの内部被曝を考える」という講演会が、ベルリンの市民団体主催で開催された。さらに26日の水曜日、フィルハーモニー近くの教会では、東日本大震災で親を失った子どもたちを支援するためのコンサートシリーズがスタートした。これら3つの催しについて、個人的な感想を含めてお伝えする。
1)ベルリンフィルの音楽家たちが協力した「相馬子どもオーケストラ」設立支援コンサートは、毎年開催されるベルリン音楽祭(今年は8月31日から9月18日まで)の一環として、また、IPPNW(核戦争防止国際医師会議、1985年ノーベル平和賞受賞)のコンサートシリーズの一環として、フィルハーモニーの室内楽ホールで開かれた。核戦争防止国際医師会議のドイツ支部は、日本支部とは違って核兵器だけではなく、原発にも反対しており、去年福島原発の事故直後にも大震災の犠牲者のためのチャリティーコンサートをベルリンで開いた。そのときもベルリンフィルのメンバーが全面的に協力したが、今回のコンサートもその延長線で催された。
ベルリンフィルの「12人のチェリストたち」やソロフルーティスト、日本人を父に持つすぐれたチェリスト、石坂団十朗など超一流の音楽家たちが演奏したコンサートは、音楽的にはすばらしいものだった。特にベルリンフィル・アカデミーで勉強した女性一人を含む四重奏団「Le Musiche Quartett」によるドヴォルザークのアメリカ弦楽四重奏曲の演奏は、何とも美しく、多くの聴衆の心をとらえた。私もこの演奏を聴いただけで、この夜のコンサートに来た甲斐があったと思ったほどだった。最後に「12人のチェリストたち」が演奏した「荒城の月」の悲しく美しいメロディーも、感動的だった。
音楽的にはすばらしいコンサートではあったが、ちぐはぐな点も目立った。最初にベルリン在住の声楽家で音楽ジャーナリストの中田千穂子さんが登場、広島で過ごした子供時代の体験から福島で被災した子供たちへの思いをドイツ語で述べた後、広島の詩人、栗原貞子の「折り鶴」などの詩を日本語で朗読した。その後、今度のチャリティーコンサートの目的である「相馬子供オーケストラ」設立について主催者側からドイツ語の説明があると私は期待したのだが、そうした説明はコンサートの終わりまでなかった。ちなみに「相馬子どもオーケストラ」は、ベネズエラで貧しい子どもたちの音楽教育で成果をあげている「エル・システマ」のシステムを取り入れてつくられようとしているという。その「エル・システマ」に影響を与えたのは、日本の鈴木慎一氏があみだした鈴木メソッドだったといわれる。
実はコンサートが始まる1時間前に「相馬子どもオーケストラ」についての説明がロビーで別途行なわれたのだが、その説明を聞くために早くから集まった人は聴衆のほんの一部にすぎなかった。少数派の一人、この説明を聞いたあるドイツ人女性は、相馬から来た市の関係者が津波の被害については述べたが原発事故に1度も触れなかったのを奇異に感じたという。チェルノブイリ原発事故の後ベルリンに設立された放射能汚染を測定するドイツの市民組織Strahlentelexのメンバーであるこの女性はまた「被災した子どもたちを音楽の力で勇気づけようという意図はいいのだが、汚染度の高い相馬市で、そもそも子どもたちを生活させていいのか」と批判していた。
2)「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の元代表で現在は「被害者支援法市民会議」の代表を務める中手聖一さんと広島修道大学教授の独文学者、森島吉美氏を招いての講演会は、ずっしりと重い、中身の濃いものだった。ベルリンの市民団体、アンティ・アトム・ベルリン(Anti Atom Berlin)、ドイツ放射線防護協会(Gesellschaft für Strahlenschutz)、日独平和フォーラムなどの共同主催だったが、ベルリン在住の私たち日本人も多数出席した。
会はまず中手聖一さんの自己紹介と福島の現状報告で始まった。
30年間福島市の障害者団体で働き、1988年に初めてできた脱原発の市民グループに参加して放射能について勉強していたため福島第1原発の事故が起こったとき、放射能の怖さがすぐ分かった。それですぐ行動を起こすことができた。「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」を立ち上げ、福島県内の子どもを避難させるよう政府に呼びかけ、幾つかの大きな成果をあげることができた。しかし、今なお数十万人の子どもが汚染された地域に放置されたままになっている。検査を受けた10万人の子どもたちのうち35%に甲状腺の異常が見られた。調べて行くうちに35%から40%にあがってきている。日本の政府、マスコミは今の状態を私たちに受け入れさせよう、多くのことをあきらめさせようとしているが、私たち被曝者も人間として自分らしく生きる権利を持っている。
いま私には強い意志をもって話したいことがふたつある。ひとつは福島をはじめ汚染地帯に放置されている子どもたちを救わなければならないということで、避難したいと思っている人たちに対して何もしないのは人道問題である。もうひとつはこうした問題は単に福島の問題、日本の問題ではなく、人類全体の問題であるということである。福島の悲劇は2度と繰り返してはならず、そのためには世界中のすべての原発をなくして原発のない世界を実現していかなければならない。放射能の汚染はすでに海洋を通じて世界に広がっていて福島や日本の問題だけではなくなっている。
このような中手さんの日本語での話を森島教授がドイツ語に翻訳して行く。
途中で中手さんの10歳の息子、中手龍一君が登場、最初に驚くほど上手なドイツ語で自分の名前と年を言った後、日本語で書いた作文を読み上げる。3月11日の午後、今までにないほどの地震が起こり、ただごとではないと思ったこと、次の日、原発が爆発、次の日も次の日も悲しいことばかり、3月15日、弟とお母さんと一緒に岡山に疎開、お父さんは福島に残った。岡山には1年いたが、今はお父さんも一諸に北海道で4人で暮らしていることなどが書かれていた。
ドイツ人の参加者からはいろいろな質問や意見が出た。子どもたちの甲状腺検査やその結果、放射能の影響を過小評価する日本の医師たちの反応、チェルノブイリ原発事故当時との比較などについての質問にはドイツ放射線防護協会のプフルークバイル会長が日本の実情を知る専門家の立場から説明に加わった。それによると権威主義的な日本の医学界の中でも、若い母親や子どもたちのために検査に協力する若い医師たちが増えてきているということである。ドイツ人たちの主な質問のひとつは、福島の人たちのために自分たちに何ができるかということだった。中手氏が脱原発を決めたドイツから多くを学びたいと発言したことに対し、ドイツから学ぶものはないといった意見も出た。しかし、「日本の外から情報を送るなどの援助活動も重要で、その情報を受け入れるかどうかは日本の人たちが決めることだが、日独の反原発運動のネットワークを作って行くことが大事だ」という結論に結局は落ち着いた。テーマの重さ、通訳のため長時間になり、疲れたことも事実ではあるが、有意義な講演会だった。
3)最後の親を失った子どもたちを支援するコンサートシリーズは、ベルリン在住の声楽家、柏木博子さんが立ち上げたもので、3.11.以後、沢山のチャリティーコンサートを開くなかで、若いすぐれた日本人音楽家が多数ベルリンに住んでいることを痛感したという。その一方、今年一時帰国した際、今回の大震災で親を亡くした子どもが約1600人、そのうち両親を亡くした子どもが約240人もいることを知って心が痛んだという。子どもたちのなかには兄弟バラバラになってやはり震災の被害を受けた親戚などに預けられているケースも多く、その子たちが一緒に小さなグループで暮らせる「Kinderdorf、子ども村 」の設立に努力している仙台の人たちとも知り合った。「自分もなにかしなければ」という思いに駆られた柏木さんは、津波で親を失った子どもたちを支援する社団法人「希望」(Freundeskreis Tsunami-Waisen KIBOU e.V. )を設立、長期的な支援活動として、ベルリンでのチャリティーコンサート・シリーズを立ち上げた。若い音楽家たちに演奏のチャンスを与えたいという気持もあったという。その企画にベルリンの聖マタイ教会が賛同、他のドイツの団体などもスポンサーを買って出た。
聖マタイ教会で行なわれた第1回のコンサートは、バッハと現代曲がテーマで、ベルリンフィルの若手ビオラ奏者やベルリン在住の日本人フルート奏者(女性)、シンガポール出身のチェンバロ奏者(女性)、日本人コントラバス奏者がすばらしい演奏を聴かせた。ビオラ奏者のマルティン.フォン.デア・ナーマー(Martin von der Nahmer)氏は5歳でヴァイオリンをはじめ、11歳の時にビオラに代わり、今はベルリンフィルのもっとも若いビオラ奏者として活躍中、今回のコンサートではバッハのトリオ曲の他パウル・ヒンデミットのビオラ独奏曲第5番という珍しい曲を弾いて、ヴァイオリンでもチェロでもないビオラの音色を聴衆に印象づけた。10月31日に催される第2回目では、日独の音楽家の他ポーランド生まれの新進気鋭のピアニスト、Piotr Switonがショパンの曲を演奏することになっている。柏木博子さんは、毎回興味深いプログラムを組むことに心を砕く。教会でのコンサートの入場料は20ユーロ、約2000円と安い。第1回のコンサートの聴衆はほとんどがドイツ人で日本人は少なかった。私自身は柏木さんの趣旨に賛成したのと若い人の新鮮な演奏に触れたくて、できたら毎回出かけようと考えている。
3つ目のコンサートシリーズは、一度きりではなく、今後も続いていく
というのが嬉しいですね。
私もどこかで行ってみたいなと思いました。
みずきさん、コメントありがとうございました。確かに1度きりでなく、今後ずっと続いて行くというのがいいと私も思っています。それと震災で親を亡くした日本の子どもたちを支援する一方で国籍を問わず若い音楽家たちに活動の場を与える、音楽的にも意欲的なコンサートを企画するというのは、何重にもすばらしいことではないでしょうか。