フクシマから12年、ドイツ脱原発まであと1ヶ月 。 ベルリンで反原発「かざぐるまデモ」

池永 記代美 / 2023年3月16日

東日本大震災による福島第一原発の事故が起きて12年目にあたる 3月11日、ベルリンで 今年も「かざぐるまデモ」が行われた。フクシマ以降、このデモは毎年行われ、脱原発や核反対を訴えてきたが、今年のデモでは喜びと怒りが交錯した。ドイツでは4月15日に最後の3つの原子炉が停止するのに対して、日本政府は原発への回帰を決定したからだ。

デモ行進に先駆けてベルリンの象徴であるブランデンブルク門前の広場で行われた集会で、主催団体の一つ「Sayonara Nukes Berlin」のメンバー、ヘルト比呂子さんがスピーチを行った。「Sayonara Nukes Berlin」は、フクシマの事故をきっかけにベルリン在住の日本人たちが中心になり立ち上げたグループで、「かざぐるまデモ」の名付け親であると同時に、原発や自然エネルギーに関する勉強会を開くなどの取り組みを行っている。ヘルトさんは、フクシマという悲惨な経験をしたにも関わらず、日本政府は原発をやめるどころか、その稼働期間を延長することを決めたことや、この春から夏の間に、原発に溜まる放射性物質で汚染された水の海洋放出が始まることを報告した。この海洋放出については、地元の漁業協同組合からは風評被害が起きるとして強い反対があり、韓国、中国などからも、健康に悪い影響が出るのではないかという強い懸念が寄せられている。

「かざぐるまデモ」の主催は3団体、さらに11 もの団体が共催し、多様な人が集まる集会となった。

このスピーチにあったように日本政府は2月10日の閣議で、原発を60年以上稼働させることを可能にし、現在止まっている原発の再稼働を推進し、廃炉が決まった原発の敷地内に新しい原発を作ることを具体化していくことを決めた。フクシマ以降今まで、新しい原発を建設するという話はなかった。そのため、全ての原子炉がいずれ停止し、脱原発が「自然」に達成されるはずだったのだから、これは脱•脱原発宣言でもある。

こうした日本の原発回帰についてベルリンの日刊紙「ターゲスシュピーゲル」は、「フクシマから12年、日本は大きな方針転換を決定した。ロシアのウクライナ侵攻が招いたエネルギー危機を受けて、国民の過半数が原子力の利用を支持している 」という内容の上智大学教授スヴェン•ザーラー氏の寄稿文を掲載した。また、フクシマを体験した日本がなぜ原発に固執するのか、というドイツ人の疑問に答えるかのように、週刊誌「フォークス」は、「原発産業は日本にとって重要な輸出産業である。2050年にカーボンニュートラルを達成するには原発による電力供給が欠かせない。資源の乏しい日本はエネルギー源を輸入に頼らざるを得ず、原発をやめるともっとエネルギー代が高くなってしまう」というベルリン自由大学の日本学教授シュテフェン•ハインリッヒ氏の分析を紹介した。

小児科医であるローゼンさんは、フクシマのせいで生まれ故郷から引き離され、被曝者とレッテルを貼られた子供たちがたくさんいると、フクシマの子供達に思いを寄せた。

「核戦争防止国際医師会議 (IPPNW)」 のメンバー、アレックス•ローゼンさんは集会で、こうした日本の状況を念頭に、「幸いにもドイツは脱原発を決めました。今日から5週間後の4月15日に、いま稼働している3つの原子炉が停止し、ドイツでの原子力発電の歴史は幕を閉じるのです」とスピーチした。その時、集会の参加者たちの間から拍手が起きた。その場には子供から白髪の人まで、様々な年齢層の市民が集まっていたが、ドイツで長い間反原発運動に取り組んできた人が少なからずいたはずだ。この拍手は、彼らの闘いを讃える拍手でもあったように思う。そしてローゼンさんは、「経済大国でありながら脱原発を果たす、そういうドイツを自分は誇りに思っています。成功体験としてドイツの例を世界に示していきましょう」と呼びかけた。

前半の集会を終えて、デモに移った。反原発をテーマにした元気な替え歌が次々とスピーカーから大きな音で流れ、それに合わせてベルリンの中心部を歩いたために、デモの参加者は150人から200人ほどだったが、かなり注目を浴びたと言える。冷たい風がよく吹いたため、手に持ったかざぐるまも、勢いよく、クルクルと回った。参加者の一人、カール•アマンスベルガーさんは、現在稼働している3基の原発の一つでバイエルン州にあるイザール2原発の近くで生まれ育ち、1970年代後半から、反原発運動に参加してきたという。今はベルリンに住んでいて、「かざぐるまデモ」にはほぼ毎年参加しているとのことだったが、ドイツで原発がなくなっても、原発の問題がなくなるわけではないから、これからも運動は続けていくつもりだと語っていた。

原発?「ムカつく」とバイエルン地方の方言で書いた手作りのプラカートを持ってデモに参加したアマンスベルガーさん。

ブランデンブルク門前に戻って行われた後半の集会では、環境団体「GREENPEACE」が作った自然エ ネルギーの供給会社「Green Planet Energy」のメンバーが、ドイツの脱原発はイデオロギー的決定だという批判があるが、そんなことはないと、いくつかの数字を挙げた。例えば、ドイツの消費電力に占める 原発による電力の割合は、昨年は6%しかなく、原発による発電が停止しても、電力不足や電気代の高騰には繋がらないという。また、ロシアからの天然ガス輸入が止まったために、ドイツではガス不足が心配されたが、ドイツでは天然ガスの多くが暖房に使われており、熱を作らない原発は天然ガスの1%しか補充することができないという。

フクシマ、ヒロシマ、ナガサキと核の被害を受けた地名を書いた横断幕。新しい地名がここに加わらないことを願う。

昨年2月24日にロシアがウクライナに侵攻した直後に行われた 「かざぐるまデモ」では、人類史上初めて原発のある国(ウクライナ)が戦場になったことへの漠然とした不安があったが、その不安が的中したことが今年の「かざぐるまデモ」に暗い影を投げかけた。 ウクライナで行われている戦争で、同国東南部にあるサポリージャ原発が実際に攻撃の標的になり、また、原子炉の冷却などに必要な外部電源が一時的に失われるという危険な状態も度々起きたからだ。直接原発が攻撃されなくても、こうした停電やサイバーアタックも、大きな原発事故を起こす要因となり、原発が存在することで生じるリスクは以前より大きくなっていることを、今年の集会でスピーチを行った人の多くが指摘した。

それを考えれば、ドイツ西部のリンゲンには原発で使う燃料棒の生産工場があり、同じく西部グローナウにはウラン濃縮プラントがある。また、アメリカの所有する核兵器がドイツ西部のビュッヘル空軍基地に配備されており、ドイツ国内にもまだ核の危険が存在していることになる。もちろんフランス、ベルギーなど隣国にある原発が事故を起こせば、放射性物質は国境を超えて拡散されるのだ。「Sayonara Nukes Berlin」は今年のデモの呼びかけ文で、原子力の危険には国境はなく、それが軍事用であれ民生用であれ、もたらす被害は同じだと警告している。この日、デモに参加した人たちは、そのことを改めて確認したのではないだろうか。世界中で原発や核兵器をなくしていくために、私たちはこれからも努力していかなければならない。ドイツの脱原発はそのための、小さな一歩である。

こういうデモ参加者も。ドイツで脱原発が実現しても反原発運動は終わらない。4月15日、リンゲンの燃料棒製造工場の前でデモが計画されているという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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