選挙は終わったが、当分決まりそうにない連邦首相

永井 潤子 / 2021年10月3日

ドイツの民主主義の今後のあり方を決定する選挙として、世界的な注目を集めた連邦議会選挙は、9月26日に終わった。しかし、キリスト教民主同盟(CDU)のメルケル首相の後継首相が決まるまでには、まだかなりの時間がかかりそうだ。選挙で第1党になった社会民主党(SPD)のオラーフ・ショルツ現財務相が、票を伸ばした小党の緑の党と自由民主党(FDP)と連立を組むことを提唱しているが、歴史的な敗北を喫して第2党となったCDUとその姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)の連邦首相候補であるアルミン・ラシェット氏も同様の要求をするという状況が生まれたからだ。

2005年以来16年間政権を維持してきたアンゲラ・メルケル氏が今期で引退を表明していたため、今回の連邦議会選挙は、ドイツ連邦共和国設立以来初めての現役の首相が出馬しない選挙戦になった。その結果、これまで大連立を組んできた二大政党のSPDもCDU・CSUも、過半数を取るには至らず、事前の世論調査で人気の高かったショルツ氏のSPDの得票率が25.7% (+5.3ポイント)で、メルケル首相の属するCDU・CSUの得票率は24.1%(-8.8ポイント)に過ぎなかった。同党は史上最低の得票率という惨めな結果になったにもかかわらず、SPDとの得票率の差が1.6ポイントの僅差だったこともあって、同党の連邦首相候補ラシェット氏が、政策に共通点の多いFDPと連立を組むことを提案して、以来混乱状況が続いているのだ。今回得票率を伸ばしたのは、SPDの他は緑の党の14.8%(+5.7ポイント )とFDPの 11.5%(+0.8ポイント)の2党だった。これまでは2党が連立を組めば過半数に達していたが、今回の選挙結果からは3党が連立を組まないと、過半数に達しないという状況が生まれた。もっとも、これまでのようにSPDとCDU・CSUが大連立を組めば、優に過半数に至るが、両党とも、その気はなく、特にSPDは大連立を続けることに強く反対しているし、また、CDU・CSUにもショルツ首相のもとでのSPDとの大連立を組む意向は全くないと思われるので、現実問題として2党による大連立はあり得ないと思われる。

連立問題について詳しく述べる前に、今回の連邦議会選挙の暫定最終結果の数字を紹介しておく。以下表にする。

投票率は76.6%で、前回2017年の76.2%を少し上回った。ドイツでは旧西ドイツのブラント政権の時に一時投票率が90%を超えるという驚異的な現象が見られた。しかし、その後は下がってしまうのだが、現在も日本に比べると高いと言えるだろう。連邦議会の議席数は、本来は598議席だ。しかし、直接選挙で当選した議員は優先的に必ず議席を確保するため、小選挙区で当選した議員を出した政党の議席数は、その党の得票率に見合った数より多くなることが多い。その上、議席配分は各政党の得票率を正確に反映しなければならないため、小選挙区で当選議員を出さなかった政党の議員数もそれに見合って増やさなければならなくなる。その結果、全体の議席数が定数の598議席を上回る場合がほとんどだ。今回は史上最大の735という議員数になった。これまでの議会はそれまで最大の709議席で、議会の縮小が叫ばれる中で、さらに増加してしまった。

女性議員の比率は35%で、前回の31%よりわずかに増えた。女性議員が最も多いのは緑の党で58%、女性議員の方が男性議員より多い。女性が50%を超えた党は、もう一つ左翼党(54%)がある。SPDの女性議員は42%で、CDU・CSUの23%より、はるかに多い。1番女性議員が少ない政党は、右翼ポピュリズム政党のAfDで、13%だった。ネオナチなどを含むAfDは、前回より得票率を減らしたものの全体としては10.3%を獲得している。特に東部ドイツでは票を伸ばし、ザクセン州やテューリンゲン州では、第1党の地位を確保した。10月3日の統一ドイツ記念日を前にして、東西ドイツ人の意識の差が浮き彫りになった。全体としては、女性が少し増えただけではなく、若い人や移民系の議員が増え、男性から女性になったトランスジェンダーの人も二人当選して、連邦議会は色とりどり、一層多様性のあるものとなった。

さて、735議席に膨れ上がった連邦議会で多数を確保するためには、368議席を超えなければならないが、現実的に見てその可能性があるのは、「信号連立」と「ジャマイカ連立」の二つだけである。ドイツでは政党は色で表現されており、赤(SPD)、緑(緑の党)、黄色(FDP)の「信号連立」の議席数の合計は416議席で、黒(CDU・CSU)、緑、黄色の「ジャマイカ連立」(ジャマイカの国旗の色にちなむ)より10議席多い。当初可能性があるとみられた赤(SPD)、緑(緑の党)、赤(左翼党)の連立は、左翼党が得票率を減らしたため、過半数に達せず、その可能性は消えた。二大政党の大連立は数字上は402議席で過半数を越すが、両党とも大連立を続ける気はないとしている。

この結果からは第1党になったSPDのショルツ氏が首相を務める「信号政権」が誕生するというのが、普通だと思うが、第2党になったラシェット氏が、経済界寄りのFDPの政策が近いのはSPDよりCDU・CSUだとして、有権者に対する責任からも「ジャマイカ政権」樹立に努力すると言い出した。そのため選挙後のテレビでも、勝者であるはずのショルツ氏に関する報道は少なく、ラシェット氏やCSUの党首でバイエルン州首相のマルクス・ゼーダー氏の動き、あるいは「ジャマイカ政権」樹立の是非や可能性、ラシェット氏の連邦首相としての資質などが論じられるという状況になった。

そんな中でキャスティング・ボートを握る小党の緑の党とFDPの首脳部4人が連立交渉の予備交渉に先立って、お互いの政策の共通点や相違点を確認するための内輪の話し合いを早々と行ったことが驚きを持って受けとられた。地球温暖化防止や環境問題を中心に据える緑の党と経済界寄りのFDPほど、政策のかけ離れた政党はないとこれまで考えられてきた。また、前回2017年の長引いた連立交渉が失敗したのも、FDPのクリスティアン・リントナー党首がメルケル首相のもとでの緑の党とのジャマイカ連立政権の交渉を決裂させたのが原因で、そのあと窮余の策として大連立政権が成立したという経緯もある。そのリントナー党首は、前回の轍を踏まないように、まず緑の党の代表と話し合うことを開票直後のテレビ座談会で提案して、それに緑の党の連邦首相候補アナレーナ・ベアボック共同党首が直ちに応じて実現したのだった。開票から2日目の9月28日の火曜日の夜、場所も時間も明らかにされず、FDPからはリントナー党首とフォルカー・ヴィッシッヒ幹事長、緑の党からはベーアボック共同党首とローベルト・ハーベック共同党首の4人が会って、信頼関係醸成のために話し合った。その話し合いの内容については、一切公表しないことを双方が約束したそうで、真夜中過ぎに4人がスマートホーンで自撮りした写真を発表したが、その写真は言葉よりはるかに強烈に会合の雰囲気を表していると話題になった。そこに写っていたのは、比較的若い男性3人と若い女性一人の4人が、それぞれ強い意志を表しながらも、まるで昔ながらの友人のように、くつろいでいる姿だった。緑の党とFDPは、10月1日の金曜日に拡大したメンバーで2回目の話し合いを行った。小党の首脳部は共同作戦を練ることによって、大政党との連立交渉を有利に導こうとしているようで、こういうことも初めてだ。これに続いて、SPDやCDU・CSUもまず緑の党やFDPとそれぞれ別個に話し合いをすることになっている。当分、連立交渉に時間がかかりそうである。

私自身はドイツ国籍を持たないので選挙権はないが、40年以上暮らすドイツの政治に無関心ではいられない。16年間続いたメルケル政権で、社会に倦怠感や閉塞感も見られるようになったドイツには、この辺りで新しい転換が必要だと感じていた。また、気候変動対策は待った無し、これまでと同じ生活、政治を続けたのでは気候温暖化はストップできないと考えているので、SPDと緑の党の得票がもっと伸びることを期待していた。当初望みなしと考えられていたSPDの支持率がショルツ氏の人気に牽引されて、上がってきていたため、緑の党と連立を組むSPD政権の樹立を期待していた。しかし、その期待は虚しかった。SPDを中心とした安定した政権基盤が築かれる代わりに、混乱状態が生まれてしまった。こうした状況が生まれた責任の一端はメルケル首相にもあると私は考える。世論調査でショルツ氏の優勢が続きそうだと見たメルケル首相は、選挙戦の終盤になって、精力的にラシェット氏の応援を開始した。その時にメルケル首相が強調したのは「ショルツ氏を首班とするSPD政権に左翼党が参加することは何としても阻止しなければならない」ということだった。メルケル首相がラシェット氏の選挙運動に積極的に参加して以来、低迷していたラシェット氏の追い上げが勢いを増し、ショルツ氏との差はぐんぐん縮まって行った。選挙結果は直前のアンケート調査通り、両陣営の差は僅差になった。メルケル首相は、左翼党の政権参加阻止には成功したものの、残されたのは、現在のような不安定な状況だった。CDUとCSUは姉妹政党ではあるものの別の政党であり、党首のラシェット氏とゼーダー氏は、もともとライバル関係にある。「ジャマイカ連立」というのは、実質的には3党の連立ではなく、4党の連立ということになり、さらに意見の統一は困難なものになると思われる。

緑の党とFDPの首脳部は、まだ「信号連立」か「ジャマイカ連立」かの選択を明らかにしていないが、緑の党の拡大交渉委員の一人であるカトリン・ゲーリング=エッカート連邦議会議員団共同代表は、新聞とのインタビューで「現在のCDU・CSUには連立交渉をする能力があるとは思われない、ましてや政権担当の能力もない。両同盟は、メルケル政権以後の準備を全くしてこなかったようだ」と語って、「ジャマイカ連立」にはっきり反対の意向を明らかにした。また、CDU・CSU支持者の中にも、ラシェット氏は潔く敗北を認めて党首を辞任し、両同盟は野党として再出発するべきだという意見が強くなっている。

なお、10月1日に発表されたドイツ公共第二テレビ(ZDF)の最新の「ポリット・バロメーター」によると、アンケートに答えた59%がSPDを中心とする「信号連立」に賛成で、「ジャマイカ連立」に賛成の人は24%に過ぎなかった。また、連邦首相としてショルツ氏を望ましいとする人は76%にのぼり、ラシェット氏を望む人は、わずかに13%だった。さらにラシェット氏はCDU党首を辞任するべきだと考える人は63%で、CDU・CSU支持者の間でも、62%が辞任すべきだと答えている。1日前の9月30日に発表されたドイツ公共第一テレビ(ARD)の「ドイチュラント・トレンド(ドイツの傾向)」でも似たような結果になっている。ARDのアンケートに答えた人の55%が「信号連立」に賛成で、ショルツ氏を連邦首相に望む人は62%、ラシェット氏を望む人は16%に過ぎなかった。

 

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