EU、2035年からゼロ•エミッション以外の新車販売禁止

池永 記代美 / 2022年11月9日

欧州連合は、 乗用車と小型商用車の新車の二酸化炭素排出量を2035年までに ゼロに減らし、いわゆるゼロ•エミッションの車しか販売できなくすることを決めた。これにより2035年以降、 乗用車と小型商用車に関しては、ハイブリッド車も含めて、ガソリンやディーゼルを使って走る新車の販売が実質的に禁止されることになる。

欧州連合 (EU) の執行機関である欧州委員会は2021年7月、EU圏内の2030年の温室効果ガス排出量を1990年比にして55%削減するという政策パッケージ「Fit for 55」を公表した。そしてその一部として、乗用車と小型商用車(バン)の新車のエミッションを2035年までにゼロにするよう、二酸化炭素(CO2) 排出基準に関する規則を改正することを提案した。それを受けて、EUの立法機関である欧州議会と欧州理事会が話し合いを行ってきたのだが、10月27日に、欧州委員会の提案に基本的に合意することが発表された。「Fit for 55」のパッケージの中でこれは最初に合意した案件となり、欧州委員会副委員長兼環境委員のフランス•ティメルマンス氏は、「この合意は産業と消費者に対して明確なシグナルとなる。(略)ヨーロッパはエミッション•ゼロでの移動を可能にするための道をまっしぐらに進んでいる」と、その意義を強調した。

EU圏では、乗用車とバンのCO2排出量は、産業や建物、一般家庭など全てのCO2排出量の 14.5%を占める。今回のEUの決定は、CO2の排出量を減らし、気候変動の速度を少しでも遅らせるのが狙いだが、EU市民の健康のためにもなるはずだ。環境問題に詳しいサラ•セルダス欧州議会議員によると、車の排気ガスがもたらす空気汚染は、癌の原因の10%を占めるという。また、将来は電気自動車(EV) が主体となるという方針が明確に出されたことで、自動車メーカーは今後の投資計画などに伴うリスクを減らすことができそうだ。EUは圏内の自動車メーカーがEV化への切り替えを素早く行い、将来国際市場で指導的立場に立つことを望んでいる。

乗用車とバンのこれからのCO2削減目標©️ Europäische Union

今回の合意では中間目標として、2030年までにCO2排出量を2021年比で乗用車では55%、バンでは50%減らすことが決まった。また、 製造から廃棄処分されるまで、一台の自動車が「一生」にどのぐらいCO2を排出するかを調査する方法を、欧州委員会が2025年までに提示することも決定した。さらに欧州委員会は、2025年末までに第1回目、その後は2年ごとに、 進捗評価を行うことになった。その際、技術開発の状況だけでなく、雇用者や消費者への影響も調査され、その結果いかんで、規則の見直しを行う余地も残されることになった。前述のセルダス議員は、自動車産業はEUの 6.6%の雇用を担っており、EV化が大量解雇をもたらせば、気候保護のための政策が人々の支持を得られなくなる可能性があるとして、この項目が合意に加わったことを評価している。

今回の合意の中で一番議論を呼んでいるのが、欧州委員会が2035年以降CO2を排出しない燃料を使った自動車を販売して良いかどうか、提案することになったことだ。CO2を排出しない燃料とは、具体的には再生可能エネルギーを使って製造された合成燃料を指す。実はこの項目は、ドイツ連立政権の一角を担い、経済界寄りの自由民主党(FDP) が強く要望していたもので、それを受けてドイツがゴリ押しして合意に含めたと言われている。そのため FDPに所属するフォルカー•ヴィッシング連邦交通•デジタル相は、「気候保護のためには脱炭素化に貢献する全ての技術を活用すべきだ」と、この項目が合意に含まれたことに大変満足している。ただし、合成燃料の使用が乗用車やバンにも認められることになるのか、救急車や消防車など特殊な用途の車だけが対象になるのか、まだ定かではない。

今回の決定に関して忘れてはならないことは、ゼロ•エミッションの対象になるのは新車だけということだ。中古車の販売は認められているし、2035年以前に販売された車が、突然路上から消えるわけではなく、それからも走りながら CO2を排出し続けるのだ。欧州議会の保守系議員たちの間からは、新車を買えないため古い車がたくさん走っているキューバの首都ハバナのように、欧州の道路でも古い車が走り続ける「ハバナ効果」が起きるのではないか、という声が上がっている。

ベルリン中心部のこの通りには150台ほどの車が路上駐車されているが、充電ステーションは1基しかなく、2台のEVしか充電できない。

自動車メーカーからは、EV化を進めるのであれば、充電インフラの整備や、再生成可能エネルギーや原材料の安定供給が保証されなければならないという注文が出ている。充電インフラの問題は、ベルリンで生活する者として、一番不安に思うことでもある。なぜなら、ベルリンには3万7363台のEVが登録されており、最近、新規登録される車の5台に1台はEVと、その人気は高まっているが、公共の場には1849の充電ステーションしかないという(ベルリンの日刊紙「Der Tagesspiegel」2022年6月30日付けからの引用)。そのためEVを購入できるのは、専用のガレージや庭があり、いつでも自由に充電 できる人など、ごく一部の人に限られているのだ。もしベルリンで登録されている車が全てEVであるとすれば、ベルリン市内に43万5000から80万2000の充電ステーションが必要になると、再生可能エネルギー関連の研究を行なっているある研究所は予測している。集合住宅の密集するベルリンの中心部にも、たくさんの充電ステーションを作ることは可能なのだろうか?

11月6日、エジプトのシャルム•エル•シェイクで始まった第27回国連気候変動会議、いわゆるCOP27で、アントニオ•グテーレス国連事務総長は、「人類はガスペダルを踏みながら、 気候地獄に向かって高速道路を走っている」と今の状況を描写し、地球と人類を救うために協力しながら今すぐ行動を取るよう強く呼びかけた。そんな事態の中で、今回のEUの決定は焼け石に水かもしれないと悲観的になることもあるが、小さな一歩であっても、前進であることには間違いない。

 

Comments are closed.