コロナ鎖国の日本

池永 記代美 / 2020年7月5日

世界の中には今もコロナが猛威を振るっている地域があるが、幸いなことに欧州では コロナはかなり下火になってきた。夏のバカンスシーズンが始まったこともあり、一部の国を除いて、欧州連合(EU) 域内の移動の自由が復活した。EU理事会も、日本など域外の15カ国からの渡航者の入国制限を解除するよう勧告を出した。ところがこうした人の移動の自由化の流れを無視して、日本が外国人の入国を拒んでいることが、ドイツではちょっと話題になっている。

毎日コロナに関わる情報があまりにも多いため、日本がコロナ対策の一環として外国人の入国を拒んでいることを私が知ったのは、恥ずかしながら6月に入ってからのことだった。コロナの水際対策として、日本が入国拒否対象地域に指定した地域に出国した人は、日本に再入国させないとしているのだが、この規則は外国人のみに適用され、日本国籍を持つ人は再入国できるのだ。入国拒否の対象者には、在留資格を持つ留学生や就労中の人だけでなく、6月8日付の朝日新聞の社説「コロナ水際対策で、『外国人』差別の理不尽」によると、 10年以上日本に住み、日本で税金も払ってきた「永住者」や日本人の配偶者だが外国籍を持つ人も含まれるという。いったん日本を出れば戻れなくなるので、母国で行われる母親の葬儀に出るのを断念した人もいるそうだ。ただしこの措置はあまりにも非情だと批判が出たためか、6月12日に改正され、「外国に居住する重篤な状態にある親族を見舞うためまたは死亡した親族の葬儀に参列するために出国する必要があった」( 出入国在留管理庁出入国管理部審判課 )場合の再入国は、認められるようになった。

ドイツがコロナ対策として外国からの入国を制限していた間も、フランスやオーストリアなど隣接する国から通勤してくる人は、どこの国籍を持っている人であってもドイツへの出入りが認められていた。また、ドイツの長期滞在資格を持つ人も、国籍やどの地域に滞在していたかに関わりなく、ドイツに入国できた。つまり、もし私が日本に行かねばならず、その後ドイツに戻ろうとした時、ドイツは私が外国人だからと入国拒否はせず、ドイツの長期滞在資格を持つ者として、入国させてくれたはずだ。欧州諸国間の国境が閉鎖されていた間も、その国の滞在資格を持つ人は、たいてい入国できることになっていたので、それが当たり前だと思っていたのだが、日本ではその当たり前が通用しないということだ。

日本人である私だってコロナウイルスを日本に持ち込む可能性があるのに、日本国籍を持っていない人は、たとえ日本の滞在資格を所有していても入国させないというのは、理屈として通らない。はっきり言えば、これは差別だ。広島大学の教員カロリン•フンクさんは、日本のこの対策について日本のメディアに問われ、「日本の制限の問題は、国籍で制限していることです。でもウイルスは国籍に関係なくついて来ます」と批判している。フンクさん自身は日本が入国制限を発動する直前に日本に入国したからよかったものの、多くの海外からの研究者や留学生が、日本に来られなくて困っているそうだ。

日本が外国人に対して入国拒否を行っている問題は、ドイツのメディアも注目した。6月9日、在日ドイツ商工会議所 (AHK) が「外国人に対して適切な形で国境を開放することを、日本政府に要請する」と発表したからだ。 この要請の背景には、AHKが加盟企業に対して行ったアンケートで、78%もの企業が「日本の入国拒否はビジネスの障害になる」と回答したことがある。ドイツの経済紙「ハンデルスブラット」 (6月10日付)によると、中国や韓国はドイツからのビジネスマンを受け入れているそうだ。この問題について、5月末に行われたEUと日本の首脳ビデオ会談でも、EU側が指摘したという。ドイツ南部のミュンヘンで発行されている「南ドイツ新聞」(6月16日付)は、AHK専務理事のマークゥス・シュールマン 氏が「日本はコロナ対策がうまく行ったのに、ここで外国人がウイルスを持ち込むことを心配している。その気持ちは理解できる」としながらも、「世界は回り続けている。グローバル化の中で、コロナと生きる方法を考えねばならない」と述べていると伝えた。日本への入国禁止が今後も続くようであれば、ドイツ企業の東アジアにおける拠点という日本の役割について、見直す必要があるともいう。

南ドイツ新聞の記事。AHK によると入国制限に関する日本の担当者との話し合いはいつも友好的に行われるが、何も変わらないそうだ。

日本に在住する外国人でさえ日本への再入国ができない状態なのだから、外国から新たに日本に入国するのは、さらに困難な状況だそうだ。横浜にある東京横浜独逸学園も、夏休み後に始まる新学期に合わせて新しく赴任して来るはずの教師が入国できるかわからず、困っているそうだ。こうした状況に対して、前述の 南ドイツ新聞は、「滞在権も持っており、税金も払っているのに外国人だからということで入国できない。外国人に対してこんなに厳しい措置をとっているのは、G7の中では、日本だけだ」と日本の水際対策を批判している。ちなみにこの記事の見出しは、”Japan bleibt zu”、すなわち「日本は鎖国中」だ。

鎖国の悪影響は、実際に出ている。最初に書いたようにEUは6月30日に、翌7月1日から入国制限を解除する15の国のリストを発表した。それはアルジェリア、オーストラリア、カナダ、ジョージア、日本、モンテネグロ、モロッコ、ニュージーランド、ルワンダ、セルビア、韓国、タイ、チュニジア、ウルグアイ、中国だ。 これらの国を選ぶ際に基準にしたのは、日々の新しい感染者の数がEUの数値に近いかそれ以下であること、検査や感染者の追跡がきちんとできていること、感染に関わる正しい情報を公開していることなどだ。しかしこのリストは勧告であって拘束力はなく、どの国からの渡航者を受け入れるかは、EU加盟国それぞれが独自に決めてよいことになっている。この勧告を受けてドイツ政府は7月2日に、 ドイツが入国制限を解除する国を閣議で決定したのだが、それはオーストラリア、カナダ、ジョージア、モンテネグロ、ニュージーランド、 タイ、チュニジア、ウルグアイの8カ国だった。日本に対しては韓国、中国とともに、ドイツからの渡航者の入国制限を解除すれば、ドイツもそれぞれの国からの入国制限を解除するという条件をつけられたのだ。これは相手国が自国を扱うのと同じように、自国は相手国を扱うという外交上の慣習、相互主義に基づく判断だ。ちなみに、ドイツの入国制限解除の対象は、その国から来る人の入国制限がなくなるという意味で、その人物の国籍は関係ない。

日本より感染状況のよくないドイツから、観光客などが無制限に入国したら再び感染が広まると日本政府が不安を抱くのは、もっともだ。しかし少なくとも、日本に生活の拠点を持っている外国籍の人たちが、1日でも早く自由に日本を出たり入ったりできるようにして欲しい。職場に戻れない、家族と離れ離れになったままだという人を見捨てるのは、人権上の大きな問題だと思う。

 

 

 

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