連邦議会議長怒る - TTIP(EU版TTP)の不透明性
10月上旬、日本がTPP協定について大筋で合意に至るというニュースが流れてから数日後の10月10日、ベルリンでは主催者発表25万人(警察発表15万人)という、福島原発事故後の脱原発を求めるデモの規模を超える大規模デモが行われた。そして10月下旬、連邦議会議長の重要な発言が飛び出した。
EUとアメリカの間のTPPとでも言える「環大西洋自由貿易パートナーシップ(TTIP、Transatlantic Trade and Investment Partnership)」については、ドイツでも賛成と反対の意見がある。「TTIPは経済を成長させ、雇用を促進する」という賛成派の声は、日本におけるTTPの議論においても共通しているようだ。ドイツにおける反対派の意見を集約すると、「この協定は従来の古典的な自由貿易に関する協定ではない。EUとアメリカの間には関税はほとんどないからだ。TTIPが目指すのはいわゆる非関税障壁の解体である。非関税障壁とは、消費者保護であり、生産品表示義務であり、データ保護であり、被雇用者の権利である。TTIPは効力を発した時点で危険になる。アメリカの大企業主導は、彼らの利益が減るようなことがあれば、EU諸国を告発し、判決は裁判官ではなく、企業が選んだ経済専門の弁護士によって下される」ということになる。これは「カンパクト(campact)」という市民運動がまとめたもので、彼らの主張の最後に、「この協定の交渉は透明性も、議論も、民主的に選ばれた議会の参加もなしに行われている。議会は、交渉の最後になって、協定全体に対してイエスかノーしか言えない」と述べている。
ベルリンで行われた上述の10月10日の大規模デモの背景には、アメリカ政府というよりは、利潤の追求を使命とする大企業によって、市民たちが勝ち取ってきた権利が危険に晒されているという気持ちがあったと見るのは穿ちすぎかもしれない。しかし、この大規模デモが政治を動かした。ドイツ連邦議会の議長であるノルベルト・ラマート氏が重大な発言をしたのである。同議長は、連邦議員がTTIPの交渉過程に関する資料にアクセスできないことをかねてから問題視し、この点について9月にはブリュッセルでジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長と話し合っていた。しかし、交渉過程の資料は、ベルリンにあるアメリカ大使館に置かれ、連邦政府の代表者、つまり連邦経済・エネルギー省がアメリカ大使館に登録した省の職員しかアクセスできないというのが現状である。
これに対して、ラマート議長は10月下旬、「成立の課程を連邦議会が追うことも、別のオプションを通して影響を与えることもできないようなEUとアメリカとの間の貿易協定(=TTIP)を批准することは考えられない」と発言したのである。市民運動団体カンパクトが指摘した交渉の非透明性に対して、連邦議長が呼応したことになる。
さて、日本のTTPが合意した翌日、安倍首相が記者会見を行ったことは官邸のホームページを見てわかった。「新しい『アジア・太平洋の世紀』、いよいよ、その幕開けです。日本とアメリカがリードして、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった価値を共有する国々と共に、このアジア・太平洋に、自由と繁栄の海を築き上げる。TPP協定について、昨日、大筋合意に至りました」という高らかな冒頭発言に続いて、TTPがいかに日本に有用であるかを述べ、「先人たちの血のにじむような努力によって現在の繁栄がある。今を生きる私たちもまた、力の限りを尽くして、日本を更に成長させ、子や孫の世代へと引き渡していく大きな責任があります。その責任を果たすため、国民の皆さんと共に、今日、ここから新たな一歩を踏み出したい。TPPへの参加について、国民の皆様の御理解と御支援をお願いする次第であります」という言葉で首相の発言は終わる。
記者会見の質疑応答の最後に、時事通信社の記者が「野党内には、今回のTPP交渉の経緯や情報開示を求める声がございまして、早期の国会審議を求める意見があります」としたうえで、総理として臨時国会を開く予定はあるのか、野党の声にどのように対応するのかを質問した。この質問に対する安倍首相の回答については、ぜひ官邸ホームページをご覧になっていただきたいが、簡単に言えば総理は全く答えていないのだ。
正直、私自身TPPについて不勉強で、よくわかっていないところがあったが、ドイツ連邦議会のラマート議長の発言と市民運動団体カンパクトのサイトから、「交渉の過程について、議員ですらアクセスできないほど秘密裡に行われている」ことだけは理解した。そんなに秘密にしなければならない理由は何なのだろう。カンパクトが言うように、「協定が効力を発した時点で、危険になる」から、交渉中のことは秘密にするのだろうか。また、TPPとTTIPの交渉が比較できるものかどうかも私にはわからない。ただ、市民の代表である議員が交渉の内容について知ることができないというのであれば、議会の議長が警告の声を発するのは当然だと思う。日本の衆議院議長あるいは参議院議長は、議会や議員が軽視されることに声を発しないのだろうか。