ベルリンで実現した映画「主戦場」の上映会

永井 潤子 / 2019年12月20日

11月20日の夜、ベルリンの比較的小さなイベント会場「アウスラント(ドイツ語で外国を意味する)は、19時の上映開始30分ほど前からほぼ満席、若い人たちが多くてムンムンするような熱気に包まれていた。後から来た人たちは階段に座ったり、冷たいコンクリートの床に直接腰を下ろしたりしなければならず、定員オーバーで入れない人も数人出てしまったという。主催者が確認できた入場者の数は86人、快適な環境で見られなかった人が多かったにもかかわらず、難しいテーマの122分もの長い映画「主戦場」をみんな食い入るように見て、その後のミキ・デザキ監督との質疑応答にも熱心に参加した。

日本語のタイトルは「主戦場」で、タイトルだけ見たのでは何がテーマの映画かわからない。しかし、英語のタイトルは、SHUSENJO:The Main Battleground of The Comfort Women Issueで、(「慰安婦」問題に関する主要論戦場)となっている。日系アメリカ人のデザキ監督自身が「慰安婦」問題の何が問題なのかを知りたいと思って、「そういうことはなかった」と主張する否定論者や歴史修正主義者たちの意見をじっくり聞き、それに反論する学者や関係者の意見などを鋭く対立させながら、映画はディベート形式で早いテンポで展開する。「慰安婦」問題の中でも、例えば20万人という数、強制連行があったのか、なかったのか、そして彼女たちは「性奴隷」だったのかなどに焦点を絞って論じられるが、日本や韓国だけではなく、アメリカの動きまで詳しく報じるスケールの大きさが特徴だ。日本での歴史教育の欠如という面にも光が当てられた。若い日本人のほとんどが、「慰安婦」問題を知らないという事実がある。

この上映会を主催したのはベルリンの反原発団体 Sayonara Nukes Berlin の「平和を考える会」と「ベルリン・女の会」だった。デザキ監督は11月6日から12月5日までの1ヶ月間にヨーロッパの8カ国で19回の上映会を開いたが、各地の大学や研究機関の主催が中心で、小さな市民団体が主催したのはベルリンだけだったという。日本語版の上映会の翌日には韓国語版が、ベルリンの韓国系市民団体「コレア・フェアバント」の主催で開かれ、盛会だった。

日本語版の上映当日、会場で行ったアンケート調査に答えた人の3分の1ほどが、英語やドイツ語で答えており、この上映会を知ったのは「大学の先生に聞いて、クラスのみんなさんと一緒に行くことにしました」とそこだけ日本語で書かれている回答用紙もあったから、日本学の学生が多かったことがうかがえる。

まず、20代、30代の若い人たちの感想をご紹介する。

  • I thought it was a very well-presented, and for a very controversial issue. I’m glad to have seen a film covering truthful facts.
  • It made me angry and also made me think that I want to work more with this issue by myself. Very impressive.
  • Sehr interessant und spannend, viel Informationen. Ich war sehr beeindruckt, aber auch geschockt vor einigen Teilen und diese Teile sind beängstigend.(非常に興味深く、緊張感もあり、情報量も多かった。強い印象を受けたが、しかし同時に幾つかの箇所を見て衝撃を受け、また不安にとらわれた)。
  • Der Film hat mir geholfen, vieles über das Problem von ”Comfort Women”zu verstehen. Ich habe ihn deswegen sehr interessant und erklärend gefunden.(この映画は「慰安婦」問題を理解するのに助けになった。大変興味深く、教わることが多かった)。
  • 本当に濃い時間で、あっという間でした。問題の核心にいる人々の、核心を突くインタビューに基づいており、とても信頼性があると感じました。
  • 言葉にできない衝撃でした。今まで知りうることのできるはずの史実、事実が国家によって隠される恐怖は凄まじく、恐ろしいです。本日このような作品に出会えたことを通過点にしたくはありません。
  • 「慰安婦」問題というセンシティブな問題について深く考えるきっかけをくださり、ありがとうございました。
  • 観ることができて本当に良かった。日本人として恥ずかしく、日本人全体で謝りたいと感じた。問題について知っていたけれど、あまりに厚顔無恥な日本人の発言にはゾッとした。膨大な調査、大きな意味を持つ映画を作ってくださったことに感謝したいです。
  • 想像していた以上の詳細な資料と映像で、一度見ただけだと、頭が整理できなかった。もう1度と言わず、何度か今後見に行きます。
  • ベルリンでまさか「主戦場」を観ることができるとは、思いませんでした。愛知トリエンナーレ活動については、私もドイツにいながら展開を追っていました。

 

40代、50代からも様々な意見が寄せられた。

  • 単純に面白かった。興味を持った普通の人が調べていった感じが良かった(私の興味とも一致したので)。なぜこれが上映できないのか、理解できない。これが危険視されること自体、幼稚に感じます。
  • 慰安婦のドキュメントは、時に苦しくて、最後まで見られないものがありますが(これはこれで大切ですが)、この映画は誰でも最後まで見やすくできていて、ぜひ多くの日本人に見て欲しいと思いました。最後に、こんな戦争をしたいですか?っていうところが、特に素晴らしいと思いました。日本人の子供たちは、教科書問題もあり、戦争の惨めさについて学ぶ機会がありません。さらに、時に(学校で)人権がないような扱いを日常的にされている彼らが、ブラック企業に勤めて、さらに上級日本人に食いつぶされています。私はただのお母さんです。それでも何かできることがあれば。教えてください。デザキ監督にはぜひ、学校の異常さをテーマにドキュメントを作って欲しいです。

 

ベルリンで「主戦場」の上映会を開きたいと言い出したのは、実は筆者だった。今年5月に日本に一時帰国した際、長年の友人から「忙しいかもしれないけれど、この映画だけは絶対見て帰ってね」と言われたのが、そもそものきっかけだった。言われる通り見たところ、「日本人の監督には絶対作れない映画だ」と感動した。30年以上前から元「慰安婦」の女性たちの支援活動を続けている「ベルリン・女の会」の仲間たちに是非この映画を見せたいと思って、ベルリンに戻ってからデザキ監督と連絡を取ったのだった。しかし、会場探しなど思うように動けず、ギブアップしそうになったところ、Sayonara Nukes Berlinのヘルド・ロッコさんと梶川ゆうさんが、引き継いでくれた。彼女たちの努力のおかげで、多くの困難を乗り越えて入場無料の上映会を実現することができたことに心から感謝している。また、女の会のメンバーの資金的協力がなくては、上映会は実現できなかった。

私個人としては、長年にわたって「慰安婦」問題と取り組み、過酷な運命に翻弄された女性たちを支援してきた「ベルリン・女の会」のメンバーが、30代のデザキ監督の作った映画について、どんな感想を持ったかが最も聞きたいところだった。

60代の女性は次のように言う。

  • 私は映画で取り上げられたファクトについては「意外性がなかった」と思いました。でもそれは「あちら側の人の意見について」の私の感想です。というのも、あちら側ではどんな人たちがどんなことを言っているかは、今までの情報でだいたい知っていたからです。ただそれを映画という手法のおかげで、彼らの口からナマの言葉を聞けたのは、とても良かったと思いました。「40過ぎたら自分の顔に責任を持て」、という言葉がありますが(本当は「男は40過ぎたら、自分の顔に責任持て」だそうで、女は責任取れないと思われているのかもしれません)、あちら側の人たちの顔の醜さは、心の醜さを反映していると確信できたからです。
  • 自分にとっては、終わりの方に出てきたケネディ日砂恵さんと元日本軍兵士の松本栄好さんの発言が特に印象に残りました。ケネディさんははじめ、歴史修正主義者の意見を信じ、自分でも積極的にジャーナリストにお金を払ってそういう主張の記事を書かせていたけれど、途中からその主張に疑問を持つようになったと正直に話していましたね。元兵士の男性は「昔は女性に権利なんかなかったんですよ」と戦争中の体験に基づいて戦争に反対する発言をしています。この二人の発言がこの映画に血を通わせていたという感がありました。それともう一つ感じたのは、学者たちが数名出てきて、それぞれの主張を語りましたが、保守派として「慰安婦」問題で発言してきた有名な秦郁彦氏が登場しなかったのは、なぜだろうかと思いました。彼の発言も紹介していれば、右翼の側から「偏向している」と攻撃される理由の一つがなくなったのではないかという気がしました。

 

70代のある女性からは次のような意見が寄せられた。

  • 映画を見終わった瞬間の私の気持ちは、「そうか、そうだったのか。日本は敗戦を迎え民主国家として再出発したと思っていたのだが、本質的には戦前の日本の延長だったのだ」ということでした。映画はとてもよくできていて、誠実な研究者の研究の結果を頭から無視する、歴史修正主義者たちの意見を丁寧に取り上げていますが、それは見ざる、聴かざる者が、勝手に思い込みを語る感じでした。日本は戦争に勝っただの、国家は謝らないだの、日本人はそういうことはしないだの、とても正気とは思えない馬鹿げた意見を憚りもなく堂々と公の場で述べる雰囲気が今の日本にはあるのだなと怖くもなりました。彼らの意見が史実に基づいていないことは、映画の中ですぐに証明されるのですが、彼らには馬耳東風。こういう連中が日本をまた戦争のできる国に仕立て上げたいのだとよく分かりました。「主戦場」は「慰安婦」をめぐる問題が主題ではなくて、連綿として続く日本的イデオロギーの反社会性、反倫理性、反人間性に目を向けさせるのではなかったかと思います。

 

長年ベルリンで暮らすある70代の男性も次のような感想を述べた。

  • 素晴らしい作品でした。非常に奥行きも広さも十分に考えられた上で、緻密に作られていたと思います。初めての本格的な作品では普通は考えられないレベルの高さです。初めの企画段階からあそこまで考えたのか、ある程度映像が集まってから、編集の段階で積み上げたのか、知りたいですね。やはり右側の人たちにうまくインタビューしていたのが、よかった。偏見と無知をさらけ出させたのは傑作です。それと元「慰安婦」の方への思いやりや、エンパシーの完全な欠如がよくわかりました。歴史の無知・無理解も含めて。韓国における映像、米国における映像も作品の幅を広げさせて、問題がよく分かるようにしていたと思います。日本の権力者たちは元「慰安婦」の方々が亡くなるのを待っていると思います。その時間稼ぎに対して、どうしたらいいか、監督と話したかったですね。

 

最後に85歳の私自身の感想を書くことにする。

  • 私も「慰安婦」問題は、ずっと追ってきたつもりだったが、40年以上ドイツに暮らしているため最近の日本の実情には疎く、ケント・ギルバートなどというアメリカ人が日本のテレビの人気タレントだということや彼が日本会議などの右翼の主張の代弁をしていることなど全く知らなかった。そういうことを含め、アメリカでの日系人の動き、元サンフランシスコ市議や元グレンデール市長の発言などが、私には特に目新しかった。今回は東京で見たのに次いで2度目だったが、1度目に見たときに見落としていたことを一つ発見した。最後の方に出てきた日本会議の論客、加瀬英明氏が「日本が戦争に勝ったから…」と言っているのを今回聞いて耳を疑った。最初にこの映画を見たとき、加瀬氏が「慰安婦」問題に関して「自分は他の人の著書など一切読まないのです」というようなことを言ったのに驚いて、この発言は聞き落としてしまったのだろう。上映後、デザキ監督に「加瀬氏はあんなことを本気で言っているのでしょうか」とお聞きしたところ、「本気で言っていると思います。彼は日本がアジア諸国を欧米の植民地主義から解放したと思っていますから」という答えが返ってきた。こういう人物が日本を代表する外交評論家とみなされていることに衝撃を受けた。「慰安婦」問題が主要テーマのこの映画は、韓国の元「慰安婦」の女性が韓国の外交官に対して、「自分たちの頭越しに日韓合意を結んだ」と非難し、体を震わせて罵る場面で始まるが、そのあとはディベートのやりとりが続き、終わりの方でまた、被害者の女性を登場させているに過ぎない。これは映画が情緒的に流れるのを防ぐという監督の意図だそうで、それはそれで納得がいく。しかし、登場するのは韓国人被害者だけである。事実を知らない人は「慰安婦」問題は日韓だけの問題だと思う人がいないだろうかという懸念も抱いた。「日本軍に性奴隷を強いられた女性たちは、朝鮮半島の人たちだけではなく、中国、フィリピン、シンガポール、マレーシア、インドネシア、オランダなど13ヶ国にまたがっていることを忘れないでほしい」と監督にはお願いした。「主戦場」は情報量が多く、一度見ただけでは学者たちの主張をきちんと理解することはほとんど不可能である。そのため私も何度も見たいと思った。本当はDVDを買って納得のいくまで繰り返して聞きたいと思うのだが、監督によると、訴訟が終わるまではDVDを作れないという。現在デザキ監督はケント・ギルバートなど5人のインタビュー相手から訴えられている。今回の上映会を通じて私たちはスラップ訴訟の意味するところも学んだ。スラップ訴訟とは「提訴することによって被告を恫喝することを目的とした訴訟」で、裁判先進国アメリカのカリフォルニア州などでは「反社会的な行為」として禁止されているという。日本ではその概念はようやく知られたばかりだ。それどころか日本では訴えられたというだけで、被告は犯罪人扱い、そうした監督の作った映画は上映すべきではないといった反応を呼び起こす。司法の中立が危ぶまれる日本で、訴訟に立ち向かうデザキ監督の困難が予想される。ご健闘をお祈りするとともに連帯の意を表明したい。

 

デザキ監督をベルリンに招いて「主戦場」の上映会を実現できた2019年11月20日は、筆者にとって忘れがたい、記憶に残る日となった。特に20代から80代までの、生きてきた時代も違えば、人生体験も国籍も異なる人たちが映画を見るという共通の体験をし、その映画に触発されていろいろ考え、様々な行動を起こし始めていることに、深く感動している。それと同時にこの映画が、日本では訴訟を理由にいったん上映中止になりかけた事実を危惧せずにはいられない。

なお、上映会についてはSayonara Nukes Berlin のブログでも紹介されている。

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