ハレのシナゴーグ襲撃事件の衝撃

永井 潤子 / 2019年10月27日

ドイツ東部、ザクセン・アンハルト州のザーレ河畔の町ハレ(人口約24万人)は、古い伝統を持つ大学都市で、イギリスで活躍した作曲家、ヘンデルの生まれた町としても知られる。ハレは、近くのザクセン州ライプツィヒとともに、この地域の文化圏を形成するが、そのハレでユダヤ教のシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)襲撃事件が起こった。第二次世界大戦後のドイツで、シナゴーグが直接銃撃されたのは初めてのことで、ドイツ社会に与えた衝撃は計り知れない。

10月9日の正午頃、ハレ市内のシナゴーグの扉が銃撃された。中にはヨム・キプル(贖罪の日、ユダヤ教の最大の祭日の一つ)を祝うユダヤ教徒51人が集まっていた。大部分はドイツ国籍のユダヤ人だったが、中にはアメリカ国籍の人もいたという。武装した犯人は自動小銃で入口の木の扉に向かって何度も発砲し、扉には10カ所に大きな穴が開いたが、幸いなことに扉は閉まったままで、中から厳重に鍵がかけられていた。犯人は通りがかったドイツ人女性を射殺、近くのトルコ料理の店にいたドイツ人の職人も無差別に射殺し、さらに2人に怪我を負わせた。30分ほどの間の出来事だったが、逮捕された犯人は27歳のシュテファン・Bで、ハレ近郊に住むドイツ人だった。彼は事前に反ユダヤ主義的で、人種差別的な考えを記した文書をインターネット上で公表していたほか、自分の銃撃行為も動画投稿サービス「ツィッチ」を利用して同時中継し、ドイツ訛りの英語でコメントしつつ凶行に及んだという。当日借りた車には、大量の弾薬などが積まれており、中には自作した武器も含まれていたという。警察は単独犯だとしているが、犯人はネットの国際的な極右テロ組織の情報によって過激な反ユダヤ主義に染まり、シナゴーグ襲撃によって、ネット上の仲間から英雄視されることを望んだと思われる。

ナチスドイツのユダヤ人迫害から70年以上経って、平和にドイツで暮らすユダヤ系市民に対する襲撃事件が再び起こったこととネットによる新しいタイプの反ユダヤ主義のテロという現実が、ドイツ社会を震撼させた。木の扉がもし壊されていたら、大変な惨劇になっていたと思われる。ハレのシナゴーグの関係者は「入口の扉が開かなかったことは、奇跡に等しい。我々の命を守ってくれた穴だらけの木の扉は、自分たちにとって『聖なるもの』となった」と語るとともに、警察が常時警備しなかったことや危険を通報してから警官の出動まで時間がかかったことを批判した。

ドイツのメルケル首相は、襲撃事件が起こった日の夜、ベルリンのオラニエンブルガーシュトラーセにあるシナゴーグを訪れ、同シナゴーグで行われた追悼・警告の集会に参加した。メルケル首相は襲撃事件を厳しく批判するとともに犠牲者とその家族に哀悼の意を表した。同首相は翌日ニュルンベルクで開催された金属労働組合の大会に出席し、挨拶した際にも「私はドイツの何百万人もの人々と同様ハレでの襲撃事件にショックを受け、心を締め付けられる思いをしている」と語った。

銃撃事件の翌日ドイツのシュタインマイヤー連邦大統領は、ハレのシナゴーグを訪れ、反ユダヤ主義に強く警告するととともに国民に対し、ユダヤ系住民に連帯を示すよう呼びかけた。大統領は、次のように語っている。

このような事件が起こった日は、恥と不名誉の日と言わなければならない。事件を卑怯な襲撃だと批判するだけでは済まされない。国は責任をとって明確な態度を示さなければならない。今少しでも極右過激派や人種差別主義に理解を示す者、憎悪の感情を掻き立て、思想や宗教を異にする人や民主的な組織の代表に対する政治的な暴力を正当化する者は、シナゴーグ襲撃事件の共犯者である。ドイツ社会はユダヤ系住民に対する明確な連帯を示さなければならない。歴史は警告し、現在の状況が我々にそれを要求する。国民の大多数はユダヤ人を支援すると私は確信している。

「2019年という年にドイツ人がシナゴーグで流血の惨事を起こそうとしたという事実、これには一見したより深い問題が潜んでいると思わざるを得ない。我々一人一人が、胸に手を当てて自分自身に問わなければならない。我々の国に暮らすユダヤ人に対する攻撃がしばしば起こっているときに、そのことから目を逸らしたことはなかったか、あるいは“市民としての勇気”について語ることはあっても、勇気ある行動に出なかったのではないかと、自らの態度を問わなければならない」こう書いたのは、南ドイツ、パッサウで発行されている新聞「パッサウアー・ノイエ・プレッセ」だ。

ベルリン市内西部にあるシナゴーグの前は、常時警察によって警備されている。

ハレで発行されている新聞「ミッテルドイチェ・ツァイトゥング」は、次のように主張する。「治安当局は今後ユダヤ人社会を守るために組織的で効力のある対策として何が必要かを明確にしていかなければならない。ハレの襲撃事件の後の政治的議論が、24時間にわたってシナゴーグの前にパトカーを置くことに矮小化されてはならない。ハレの卑怯な襲撃の後では、社会的な結論が出されるべきで、その目標はシナゴーグの警戒が必要ではなくなる社会を築くことである」。

ドイツ連邦議会でもハレのシナゴーグ襲撃事件をめぐって激しい議論が行われるなど、襲撃事件の衝撃の余波はその後も続いている。連邦議会の討議では、各政党の代表が、右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の政治家によるネオナチ的な人種差別発言が、社会における反ユダヤ主義の雰囲気を助長しているという批判をあいついで行った。しかし当のAfDの代表は、AfD  のせいではなく、2015年以降大勢の難民の入国を認めた影響であると反論した。

各地でハレの襲撃事件に抗議するデモやユダヤ系住民に連帯を示す「人間の鎖」による意思表示行動などが続いている中、ミュンヘンで発行されている全国新聞「南ドイツ新聞」が10月24日の紙面の一面トップに衝撃的な記事を載せた。見出しは「4人に1人のドイツ人が反ユダ主義的な考えを持つ」というものだった。

これは世界ユダヤ人会議(100ヶ国以上のユダヤ人組織が加盟)が1300人のドイツ人を対象に2ヶ月半前に(つまりハレの襲撃事件の前に)行ったアンケート調査の結果で、最近反ユダヤ主義的な傾向が予想以上に高まっていることが確認されたという。この調査によると、ドイツ人全体の27%が、そして年収10万ユーロ(約1200万円)以上の収入がある、裕福な“エリート層”の18%が、反ユダヤ的考え方をしているという。「ユダヤ人はホロコーストの被害について未だに話したがる」という意見の人が、ドイツ人の41%を占めるという。現在のドイツでの反ユダヤ主義の台頭と右翼過激派政党の成功は関係があると見なしている人は、ドイツ人全体では65%、“エリート層”では76%に達しているという。今回特に”エリート層”での反ユダヤ主義が増大する傾向が見られたといい、彼らの28%が「ユダヤ人たちは経済上の力を持ちすぎる」と考え、26%が「国際政治の上でもユダヤ人は強大な力を持っている」と見ている。

ドイツにおける反ユダヤ主義が高まる一方で、それに対抗しようという努力が見られるのは救いだ。この調査で “エリート層”の3分の2が、反ユダヤ主義に対する抗議文に署名したことがあると答え、ドイツ人全体の3分の1も、反ユダヤ主義に抗議するデモに参加したことがあると答えている。回答者の3分の1は「ドイツでのユダヤ系市民の置かれた状況は良くない」と認めてはいるが、「ユダヤ人とユダヤ関連施設への攻撃に憂慮する」と答えた人は44%に過ぎなかった。「ホロコーストのような悲劇がドイツで再び起こる」と見る人が4人に1人いたことも衝撃的だったが、他のヨーロッパ諸国でそう見る人は38%と、さらに多い。

こうしたアンケート調査の結果を明らかにした世界ユダヤ人会議のローランド・S・ローダー会長は、「ドイツ社会全体が、反ユダヤ主義と真剣に闘うときに来ている。ドイツは非寛容と憎悪が支配する世界を防ぐよう努力する歴史的義務を負っている」と警鐘を鳴らした。ローダー会長は、翌25日、ハレのシナゴーグを訪れた。

ハレのテロ事件の後の連邦議会での討議の模様を詳細に伝えた連邦議会の新聞「ダス・パーラメント」の社説は、「事態は深刻である。非常に深刻である」という言葉で終わっている。

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