ウクライナ危機への対応、分かれるドイツの世論
いまだに続くロシアのウクライナへの攻撃は、ドイツに大きな試練をもたらしている。安全保障政策や国防政策、そしてエネルギー政策の突然の見直しを迫られたからだ。その結果、紛争当事者に武器を提供すべきかなど、本来ならば議論を重ねて検討すべき国のあり方の根幹に関わる問題について、次々と新しい方針が打ち出されている。ドイツ市民は、ドイツ政府のこの急激な方針転換を、どう受け止めているのだろうか?
今年に入ってロシア軍によるウクライナ侵攻の可能性が高まっても、ドイツ政府はウクライナ政府の武器提供を求める声には応じず、ドイツの支援はあくまでも人道目的や経済的なものに限ると主張してきた。これは、紛争地域には殺傷力のある武器を提供しないという基本方針がドイツにあったからだ。それに、昨年12月に発足した社会民主党(SPD)、 緑の党、自由民主党 (FDP) からなる連立政権は、抑制的な武器輸出政策をとり、武器輸出の審査や管理を厳しくすることを連立協定の中で謳っていた。
しかし、ロシアが2月24日にウクライナに侵攻した2日後の2月26日、ドイツ政府は、ウクライナ軍を支援するためにドイツ連邦軍が所有する1000機の対戦車兵砲と500機の携行用地対空ミサイルを供与することを決定した。「ロシアのウクライナ侵攻は、第二次世界大戦後築き上げてきた国際秩序全体を脅かすものだ。このような状況においては、ウクライナがプーチンの侵略軍に対して防衛するために支援することが、私たちの義務である。ドイツはウクライナの側に立っている」と、オーラフ•ショルツ首相 (SPD) はこの決定を説明した。
そのショルツ首相は、日曜日であったにも関わらず翌27日に開かれたの連邦議会の緊急審議で、ロシア大統領プーチンの戦争はドイツに「時代の転換」をもたらしたと述べ、1000億ユーロ (約13兆7000億円) の特別基金を設置して連邦軍の装備の近代化や兵員の増強などを行うことや、2024年までに、毎年国内総生産 (GDP) の2%以上を防衛費に充てるようにすることを発表した。後者は、従来北大西洋条約機構 (NATO) が掲げてきた目標だが、ドイツはその目標を達したことはなく、米国のトランプ前政権から強く批判されてきたという経緯がある。それがプーチンの侵略戦争により、一挙に目標の2%を超える水準まで防衛費をあげるというのだから、連邦議会の議場は騒然となった。SPDの軍縮派の議員が呆然としている一方で、この決定を歓迎する議員たちはスタンディングオベーションを贈った。
その後ドイツ政府は、防衛のための武器のみ供与するという新しい方針もさらに変更し、4月26日、ドイツ国内の米軍基地ラムシュタインで行われたNATO緊急国防相会議で、元連邦軍所有の対空砲ゲパルトを50台 ウクライナに提供したいというあるドイツ軍事メーカーの申請を承認する意向だと発表した。ウクライナへのこのような重火器の提供は、4月28日に行われた連邦議会に連立3党と野党であるキリスト教民主同盟•社会同盟(CDU・CSU) が共同提案した動議で、賛成568、反対100、棄権7と圧倒的支持を得て承認された。このように、2ヶ月という短期間でドイツの武器供与に関する方針は、劇的に変化したのだ。
同じような方針転換はエネルギー面でも見られるが、ロシア産の化石燃料に大きく依存してきたドイツは、ロシアの脅威が高まりこの分野での輸入禁止などの制裁の話が西側諸国などで持ち上がってから、常にブレーキ役を果たしてきた。ロシアからのエネルギー源を輸入禁止にすると、エネルギー不足や物価上昇を招き、ドイツ経済が大きな打撃を受ける可能性があるからだ。しかしウクライナや東欧諸国、そしてアメリカの強い批判を受けて、ドイツは100億ユーロ (約1兆3700億円) かけて完成したばかりのロシア•ドイツ間の天然ガス輸送パイプライン「ノルトストリーム2」の承認手続きを、2月22日に凍結した。4月には欧州連合 (EU) が、 8 月中にロシアから石炭の輸入を中止することを決め、近々それに加えて原油の輸入禁止も決定する予定で、ドイツもそれに従うことになる。それまでショルツ首相もアナレーナ•ベアボック外相(緑の党)も、「制裁する側が制裁を受ける側より大きな損害を被るような制裁は意味がない」と、化石燃料の輸入禁止には慎重な態度を見せていたため、それを信じていた人たちは、制裁の負の効果に不安を感じている。
前置きが長くなったが、今回のウクライナ危機におけるドイツの武器供与や制裁について、ドイツ市民がどのように受け止めているのか、世論調査の結果をいくつか紹介したい。
ドイツ公共第二テレビ (ZDF) が定期的に行っている「ポリット・バロメーター」の最新版(調査期間4月26日〜28日) で4月29日に発表されたものによると、ウクライナに重火器を供与することに「賛成」する人は56%、「反対」する人は19%、「わからない」とした人が25%だった。3月11日に発表された調査 (調査期間3月8日〜10日) では、「賛成」31%、「反対」63%、「わからない」が6%だったので、賛成する人が大幅に増えたことがわかる。その背景には、ウクライナの首都キエフ近郊ブチャで起きたウクライナ市民虐殺に代表されるように、ロシア軍が残忍な戦争犯罪を犯していることなども影響しているだろう。しかし同じ質問項目に対して、数日後の5月3日に発表された民放RTLに属するニュースチャンネルn-tvの調査(調査期間4月29日〜5月2日 )では、ウクライナに重火器を供与することに賛成する人は46%で、過半数の50%に満たない。つまりドイツ政府の新方針は、市民の間では連邦議会内ように明確な支持を受けていないことがわかる。
市民が重火器の提供に躊躇する理由は、両調査の別の質問項目への回答からも伺うことができる。それは、「ウクライナへの重火器の供与により、ロシアの攻撃が他国にも拡大する恐れがあると思うか」という質問で、「拡大する恐れがある」とする人がZDF調査では59%、n-tvの調査でもほぼそれに等しい57%、「拡大の恐れがない」とする人がZDF調査では36%、n-tvの調査では34%で、拡大すると懸念する人の方が明らかに多いのだ。第三国が重火器をウクライナに提供すれば、それは間接的にその国も戦争に加わっているとみなされる危険がある。その国がNATO加盟国であれば、ロシアとNATOの戦争になり、そうなれば第三次世界大戦、それも核兵器が使用される可能性を孕んだ悲惨な戦争になるかもしれないと、恐れているのだ。
ZDFの調査と矛盾するようだが、n-tvの調査結果の変化を見ると、「重火器の供与に賛成」という人は4月始めには55%だったのに上記の5月3日発表の調査では46%に減少、「反対」する人は33%から44%に増えている。このような結果が出たのは、ウクライナ軍がロシア軍に抵抗すればするほど戦争が長引き泥沼化し、ウクライナ市民や両国の兵士が犠牲になるという見方をする人もいるからだ。武器供与の是非についての判断は非常に難しく、市民の間でも意見が分かれているのだ。この戦争がどういう形で終了するかについては、「どちらかが勝つことで終わる」と考えている人が24%、「外交的交渉で終わらせることができる」と考えている人が70%いる。
次に制裁についての調査を紹介する。これは 報道週刊誌「デア•シュピーゲル」が調査機関Civeyに 委託し、4月28日に発表したもので(調査期間4月14日〜25日)、ロシアからのエネルギーの輸入禁止という制裁がもたらす個人への負の影響を、ドイツ人がどこまで受け入れるかを示す興味深いものだ。
例えば、「ドイツのロシアへのエネルギー制裁を可能にするために、日常生活の中で何かを諦める用意があるか」という質問に対し、「喜んで諦める」と回答した人は32%、「諦めても良い」は17%、「わからない」は7%、「できるだけ諦めたくない」は10%、「諦める用意はない」は34%だった。制裁のために生活の質を落としてもいいという人は、半数ほどしかいない。さらに具体的に、ロシアへの制裁と引き換えに「1年間にどれだけの個人的損害を受け入れる用意があるか」という質問に対しては、500ユーロ (約6万8500円) までという人が過半数を占めている。しかし、本当にロシア産のガスや石油の輸入禁止措置が取られれば、それによるマイナスの影響はもっと大きくなる可能性が大きいと思われる。そうなってもドイツの人々は制裁を支持し続けるだろうか。
ロシアの化石燃料の輸入を禁止する制裁に賛成する人に、制裁による影響を緩和するためにすぐ取れる対策としてどれを受け入れる用意があるか尋ねた結果は、以下の通りだ。
続いて、同じくロシアの化石燃料の輸入を禁止する制裁に賛成する人に、制裁による影響を緩和するために、中•長期的にどのような対策を実施する用意があるか尋ねた結果を紹介する。あまり苦にならない ことならやっても良いが、 エネルギーを節約するために生活スタイルを本格的に変える努力をしようという人は、それほど多くないと言えそうだ。ドイツ政府は、制裁による影響は決して小さくないだろうと市民に心の準備をするよう警告しているが、市民はまだあまり危機感を持っていないようだ。
ウクライナへの重火器を含めた武器の供与はもう決定したが、実はそのことを巡ってドイツでは議論がさらに白熱化している。4月29日には、フェミニストの雑誌「エマ」に、同誌発行人アリス•シュヴァルツァーらが中心となって28人の芸術家や文化人が、ロシアのウクライナ侵攻は厳しく非難するが、ウクライナへの武器供与はすぐ停止するようショルツ首相への公開書簡を発表したことで、それにさらに拍車がかかった。ドイツは武器を提供するよりも、一刻も早く停戦を導くよう努力すべきだ、ドイツが戦争に加担することで、第三次世界大戦や核戦争になる恐れがあるし、これ以上ウクライナの都市を破壊させたり市民を苦しめたりすることはできないと、書簡には書かれている。
それに対して 今度は57人の文化人や元政治家が、ショルツ首相宛ての別の公開書簡を5月4日付の週刊紙「ディ•ツァイト」で発表し、これからもウクライナへ武器の供与を続けて欲しいと訴えた。彼らは、今後ウクライナが有利な交渉につくためには、ウクライナの防衛力を高め、ロシアの戦闘能力を弱めないといけない。そのためには継続的な武器の提供と、ロシアの戦費を枯渇させるための厳しい制裁が必要だと主張している。そして国際法に違反し、戦争犯罪を冒したものに勝たせるわけにはいかない。ロシアが恐れているのは、NATO拡大ではなく、近隣諸国で民主化の動きが活発になることであり、ロシアの脅しに屈すれば、ロシアはさらに攻撃的になるだろうと書いている。
こうした論争も念頭に置いたと思われるテレビ演説を、ショルツ首相はドイツの第二次世界大戦敗北記念日の5月8日に行った。今までドイツの敗戦記念日に首相がテレビで演説したことは、ほとんどないはずだ。 しかし、「ヨーロッパで再び戦争が起きている事実を直面することなく、ヨーロッパでの第二次世界大戦の終結を想起できない」と、今年の5月8日は今までとは異なる特別な日だとショルツ首相は位置付けた。そして、ロシアのプーチン大統領がウクライナへの侵略戦争をナチ・ドイツとの戦いと 同一視していることは歴史の改竄だと指摘することが、ドイツの義務だと語った。さらに、ウクライナを支援しなければ、暴力の前で敗北し、侵略者に力を与えることになる、だからこそウクライナに対する重火器も含めた武器の提供が必要で、それはドイツの歴史的責任でもあると、ドイツ政府の決定を説明した。
いつもより分かりやすい明確な言葉を用いたショルツ首相の演説は説得力があったと、ドイツメディアは評価している。重火器の提供の是非についての議論では、双方とも一刻も早く停戦が訪れることを願っており、そのためにどれが最善の方法かが議論されているわけだが、それは今、まだ誰にもわからない。相手が、もはや理性的判断ができなくなっているとしか思えないプーチンであることを思うと、戦争がどのような形で、いつ終わるかも全くわからず、暗澹たる思いにならざるを得ない。
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